ブリコルールの日々

キャッチし、発信するアンテナ。ANTENNE アンテーヌ 芦屋・宝塚・三田よりのレアで@な情報発信基地より

長崎巡礼の旅 2日目

2013-11-20 07:46:20 | 

早朝、海を眺めつつ、露天風呂で手足を伸ばしていたら、雹(ひょう)が降ってきた。 

朝食を終えたころ、空には青空が広がってきている。

 

 

 

 

前日と違い、今日の天候は大丈夫だろうと思っていた。

が、見事に裏切られた。

 

バスで、キリシタンを祀った枯松神社へ移動。

このころには、波乱の予兆。

 

 

言葉少なに、険しい道を登る。巡礼部では、部員に強い脚力が要求される。

 

 

途中の山中で、10mはあろうかの巨大な岩に遭遇。この岩の上で信者が集まり、讃美歌を唄ったそうだ。

 

 

 

このころから、空かより冷たい雫が落ち始める。

 

 

右側の木の根元にある石に、十字架が彫ってあり、普段は伏せておき、信者がお参りする際に起こして、手を合わせていたという・・・信仰を感じさせないための苦渋の術として。

 

 

 

この後、移動して、見事なレンガ造りの聖堂、黒崎教会へ。白壁・漆喰の下はレンガ造りである。

 

 

 

 

神父のお話の後、川上牧師のご先導のもと、みんなで讃美歌を合唱。

 

 

 

 

さらにバス移動。

海に張り出した遠藤周作記念館へ。

 

 

若かりしころ、遠藤周作さんの作品は、たくさん読ませていただいたのです。

 

エッセイの中に、地元、西宮の夙川や仁川などがでてきます。灘中(当時はいまほどの名声はなかった)時代、父から東大卒の優秀な兄と比較、「親戚中の恥」だと言われながらも、母だけが「あなたは、たくさん小説をよく読んでいるから、小説家に向いている」と薦められた。それが、生きる支えになったと・・。

キリスト教をベースにしたテーマの作品には、人間への深い思索と信じることの意味を考えさせられました。

 

遠藤氏の生前のエピソード: 

親友の三浦朱門氏に、「君なら、踏み絵を踏まずに通せるか?」と尋ね、もし踏まずに押し通すと答えたら、絶交してやろうと思って答えを待っていたと。

三浦氏は「少しは耐えるがすぐに踏むだろう」と答え、かろうじて友達を続けた。

 

とあります。ご自身は、間違いなく踏むだろうとの前提のもとで。

人の痛みのわかる、正直な作風と狐狸庵シリーズのようなユーモア溢れる作風との二面性を楽しく読ませていただいた記憶を、展示を拝見しながら、なつかしく思い出しました。

 

 

 

 

 

 

昼食でいただいた、下妻さん、ご推薦のパスタが美味しかった。

ドロ神父が伝えたパスタの麺が、やや平打ちでモチモチ。土産に買って帰りました。

 

 

 

様々な産業を興し、信者に貢献されたドロ様のお墓は通過。

 

 

このあと、伝説の日本人伝道師バスチャンが隠れ住んでいたというバスチャン屋敷跡へ。

ここからタクシーに分乗。細い道のため、バスは入れない。

ここへも、細い山道を進む。

 

 

 

 

屋敷とはいえ、祠のような小さな小屋。こんなところで暮らしていたのかと。隠れ住む孤独はいかほどのものだろう。

 

さらに移動。大野教会下から徒歩。細い坂道が続く。

 

 

 

瓦が、白と黒に積み分けられた屋根が見えた。

 

 

2階に上がり、修道女の方のお話を聞く。

大野教会の歴史、信仰の尊さ、フランス人、ドロ神父の功績などをお話になるその真摯な瞳に、心打たれる。

 

 

 

 

 

 

そこから出津(しつ)教会へ。

ここでも、海を臨む坂道が続いていた。

 

 

 

ドロ神父の発案で、漆喰に赤土を混ぜ、積まれた石造り。

 

 

祈りと、讃美歌を合唱。その途端、雲の切れ間から光が・・。

一同、顔を見合わせる一幕もあり。

そのたたずまいに創作意欲を掻き立てられた光嶋さんが、ペンを取り出しドローイングを始める。

 

 

海上に光の柱。

神の手がさし向けられしご来光。

 

 

道路沿いから、バスにピックアップしていただき、出津文化村を出発し、一路空港。そして、神戸。

 

 

途中、再び大きな虹が見える。

何度、虹を仰ぎ見ただろう。

 

 

空港に近付くにつれ、天気が回復。

 

 

巡礼の旅では、各地でたびたび不思議な現象に出会う。

 

 

長崎という海に囲まれし島国の風土。

山が迫る平野部の少ない地域では、農業に頼れない。

産業といえば三菱による造船。市長よりも、三菱の社長のほうが権威をもつという土地柄。

漁師か、造船か、出稼ぎか。執着すべきものがなく、他県へ出て行く人も多いとは、長崎出身の湯川さんより。

 

精霊流しを含め、弔うべきときに、十分に弔うことが出来ずいたことへの想いが長崎の民にはあるとは、下妻さん。

「迫害」、「苦悩」、「沈黙」が根底にあり、その反動で過剰なまでに盛り上がる祭りがあるとは、内田先生のお言葉。

 

長年の歴史的背景、その地域のもつ特異性、生死を賭けて「信じること」の恐ろしいまでの二面性など様々な思考が頭を駆け巡る旅でした。

 

釈先生、内田先生、勉強になりました。このたびの企画運営・岡本様はじめ東京書籍みなさま、ご参加なされたすべてのみなさまに御礼申し上げます。

 

ありがとうございました。

 

 

 

 

◆最後に、長崎出身で、コーディネイターの下妻さんをご紹介され、リベルタ学舎の運営に頑張っておられる湯川かなさんのFacebookでのコメントを:

 

「長崎」「旅」「スペイン・ポルトガル」「海民」そして「貧しさ」「よるべなさ」、一方の「過剰さ」…。切実に胸に迫るキーワードを次々につきつけられ、思わず「沈黙」(←当社比)。自分の物語を再構成する旅でした。みなさまありがとうございました!

現地ガイドをしてくれた下妻みどりさんの、溺れない、でも、やむにやまれぬ長崎愛の深さに、あらためて感動。「選んだ長崎じゃなかばってんさ、長崎のなんかに呼ばれてしまったけん、しょんなかたい~」というかんじかな。よかお話でした。よかおなご。

もうひとりのよく知る、「長崎」的なものば濃密に背負って生きとるおかんにも、空港でちょっぴり会う。カステラの差し入れありがとね。人生、親から、差し入れてもらってばっかりだ。女手ひとつでこどもを育てたばーちゃんの働いとった伊王島の夜、本土ば見ながら、錯綜する思いに景色がかすむ。

それにしても、行きの飛行機の中から、帰りに空港へ向かうバスまで、いったいいくつの虹を見たことやら。賛美歌を歌うと晴れ間がさし、露天風呂に入ると雹が降り、見上げれば満月、あるいはご来光。すごすぎました。この2日間、みなさんと一緒で、本当によかった。よかった。