原題 Aos olhos de Ernesto ポルトガル語
英語題 THROUGH ERNESTO'S EYES(エルネストの瞳を通じて)
製作国 ブラジル
製作年 2019年
上映時間 123分
監督 アナ・ルイーザ・アゼヴェード
脚本 アナ・ルイーザ・アゼヴェード、ジョージ・フルタード
出演 ホルヘ・ボラーニ(エレネスト)、ガブリエラ・ポエステル(ビア)、ホルヘ・デリア(ハピエル)、ジュルオ・アンドラーヂ(ラミロ)
私の評価 ★★★★☆ 4.0点
(映画館観賞)
※【以下ネタバレあり】
老いると失うものが増えていく。
連れ合いに先立たれる。友人がひとりまたひとりと逝ってしまう。さらに死によって失うだけではなく、目が見えなくなる。耳が聞こえなくなる。足が悪くなる。階段を上れない。高いところのものが取れない。いろんな事ができなくなる。失っていく中にとどまるしかないのかと思うと、とてもせつない。主人公の老人は視力を失いかけていた。
ひとり息子から一緒に暮らそうと言われるが承諾しない。
78歳で目が見えなくても、住み慣れた家でなら1人で暮らしていける。隣には同世代の友人ハビエルが夫婦で暮らしていて、なにかとエルネストを気にかけてくれているからどうにかなっているようだ。
ある日、出身地ウルグアイの友人の妻ルシアから、友人が亡くなったと手紙が届く。エルネストは拡大鏡で見ようとするけれど、読めなくて肩を落とす。身をつまされる思いがしたのは、私の父は自分でできないと諦めるところがあったから、心が苦しくなった。年をとったから、諦めなければいけないのだろうか。
一通の手紙から物事が動いていく。
手紙を読んでくれる人を探す。偶然ビアという23歳の娘に出会う。ビアは目ざとく善良ではなかった。しかし根っから悪い子ではなく、エルネストは年の功で何枚も上手。息子が雇ってくれた家政婦さんや年金を受け取りに行く銀行(?)の職員の人が、訝しげにビアを見るのと同じように、私も何かしでかすんじゃないかと見守った。
手紙の代読代筆を頼まれたビアは、文通相手ルシアとの仲を取り持とうとする。タイプライター、本、レコード、ダンスなどエルネストの世代の人が慣れ親しんできたものに、本や言葉に憧れを持っているビアは興味がある。一方エルネストは、ビアの助言でぶあいそうな手紙を親しみのある言葉に変えたり、スマホでとったメッセージ動画を孫に送ったりする。互いに持っている知識(力)を交換し合って、よい関係を築き上げる。
人間関係は難しい。同じことを言っても親子や親友だと素直に聞けなかったりする。エルネストはビアの言うことには耳を傾けるし、馬が合ったのだろう。頑固に誰も入れなかった書斎にビアが出入りするようにまでになる。ビアの存在が直接エルネストを動かしているのだが、底流に文通をはじめた女性ルシアとの物語が流れているのがすてきだ。
私もいずれ老人ひとり暮らしになるので考えさせられた。
「赤の他人を信じちゃいけない」家政婦さんにビアのことを注意されてエルネストは答える。「それだともう誰も信じられなくなる」赤の他人を信じないと、暮らしが成り立たなくなる。人とつながって生きるには信じるしかないし、信じたいと思う。
エルネストは家政婦さんを首にしてしまった。家政婦さんが来なくなったら困るんじゃないかと心配したのに、ビアと一緒に食べようと食事の支度をしたり、しっかりしはじめた。
エルネスト、ビアの同居はつかの間の幸福。
お互い思惑があり、寄りかからない微妙な関係を上手く描いていた。ビアは代筆で雇われているのであって、エルネストが倒れても面倒見ないだろう。だからハビエルも息子も(私も)みんな心配する。単に老人と若い子の心温まる交流では終われないから。
おもしろいのはビアに連れられ、若者たちが路上で行うポエトリースラム(詩のバトル)にエルネストが飛び入り参加することだ。言葉の力を信じるのは今も昔も同じ。胸が熱くなった。断絶しているように見える世代間でも共通点はあるのだと思える。
老境を迎えたときの決心。
長年のけんか友だちのおじいさんとおじいさんの友情がいい。ハビエルが妻を失い、「妻が助けを求めたのに(耳が悪いから)聞こえなかったんだ」と悔やむのを「助けを求めたかわからないじゃないか」と慰める。年をとればいつ何が起こってもおかしくない。ハビエルは子供と暮らすためにブエノスアイレスへ引っ越す決意をする。エルネストは引とめるが、耳の悪い老人と目の悪い老人がお互いの面倒を見られるわけもなく、別れを受け入れる。「再び会おう」とふたりが抱き合う姿が切ない。今生の別れもしれないとお互い分かっているに違いない。
会いたい人に会えないままになるかもしれない。
エルネストは40年以上前にウルグアイから、ブラジルの南部ボルトアレグレに亡命してきた。私には聞き分けられなかったが、映画ではポルトガル語とスペイン語が使われている。ブラジルの公用語はポルトガル語。友人ハビエルはアルゼンチンのブエノスアイレスの出身だから、エルネストとハビエルはスペイン語で話す。手紙もスペイン語。
ビアに頼んだ最後の手紙は最も愛する息子へ
「私の老いをおまえの肩に背負わしたくない」それを読んだ息子の姿を見たとき私は一番泣いた。今の私は息子の立場なのだ。私の父は何も言わずに死んでしまい、わだかまりを抱えたままだから。
誰のそばでどこでどう生きたいか、死にたいか。エルネストはかつて同じ時間を過ごし、同じ記憶を持つルシアの元へいくと言う。帰らない(帰れない)と決めていた故郷を終のすみかと選ぶのも不思議だ。人生どうなるか分からない。
ビアには自分を大切にしてほしい。
「いつまで居てもいいから」とビアを家に残したのは少し心配だけれど、今まで手に入れられなかった安心できる家、憧れの本やエルネストからの信頼が、ビアを助けてくれると思う。
こんなふうにハッピーエンドにはいかないだろうけど。
先日、私の母が80歳代のいとこに「もう会いに行けなくなった」と話していた。この映画を観て、歳を取るとはどういうことか、心に止めておくといつか役に立つと思う。
まあまあな暮らしだからこれでいいと諦めるのではなく、最善の生き方を求める。年をとってもよりよい生き方を求めていいのだと思う。新しい運動靴で、うきうきするような老後が理想だ。