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感想です。

映画『ベルリン天使の詩』(1987)/天使が人間の歴史を見守っている

2022-01-31 | 映画

原題 Der Himmel über Berlin(独語)ベルリンの空 /Les Ailes du désir(仏語)欲望の翼/Wings of Desire(英語)欲望の翼
製作国 西ドイツ フランス
製作年 1987年
公開 1988/4/23(日本)
上映時間 128分
監督 ヴィム・ヴェンダース
脚本 ヴィム・ヴェンダース、ペーター・ハントケ
レイティング 一般映画


出演 ブルーノ・ガンツ、ソルヴェーグ・ドマルタン、オットー・ザンダー、クルト・ポウワ、ピーター・フォーク、ラジョス・ユヴァーチ

見所 ①モノクロの映像が美しい。舞台はベルリンの街を”壁”が分断していた頃で、2年後1989年11月に壁は崩壊する。
②天使たちが人々の心の声に耳を傾け、静かにモノローグが続く。セリフひとつひとつが詩的なのにリアルである。
③コロンボで有名なピーター・フォークが本人役で出演している。
④図書館の雰囲気が好きな人にお勧めしたい。人間の歴史が書き留められている図書館に天使たちが集まっている。場所はベルリン国立図書館。
⑤歴史と平和。悲しみ喜び。限りある命と愛を感じる物語。

私の評価 ★★★☆☆3.0点
お家観賞 2回目
25年ぶりに観賞。年をとることを実感するようになった今、90歳代の老人ホメロスの心の声が身に沁みた。

※【以下ネタばれあり】




中年男性が天使

天使といえば、たいていかわいらしい子どもを想像する。この映画では黒の厚いロングコートをきた中年男である。天使の姿は子どもたちには見えるのだが大人は見えない。人々の心の声に耳を傾ける天使は、孤独に悩む人や、自殺しようとする人に寄り添うが助けられない。大きな力があるわけではないのである。天使は人間の歴史の傍観者と言える。ドイツベルリンの地で起きた戦争を見てきた。物に触れず、重さも寒さも味も感じられない天使だが、人々の痛みは理解している。

悩む人々のそばに
口には出さないけれど、人はそれぞれ悩みがあり頭の中で繰り返し考えている。同じ事を繰り返し考えるのはよくないといわれる。それでも人は考えてしまう。誰にも言えないから心で天使に話しかける。この映画のように天使が寄り添ってくれていると思えば少し安堵する。もっとも辛いのは孤独だからである。

中年男性のファンタジー

人は悲しみ苦しみ喜び愛情、様々な思いを持つ。そして死ぬ。限りあるからかけがえがなくせつない。ひとりの天使ががブランコ乗りの若い女性に恋をし、人間になる決心をする。感じない世界から感じる世界へ踏み入る。コーヒーカップの温かさを感じられる幸せはとても大きい。

天使の記録、老人の記憶

人々を観察し記録を取り続ける天使は死なない。冷戦時代のポツダム広場を歩く老人は、今日にも死を迎えるかもしれない。老人にはナチスドイツのいたベルリンを記憶がある。今は平和に暮らしているがこれまで自分が見てきたものに思いをはせる。例えば戦争のはじまり、”突然隣人が親切でなくなる“ のを経験した。老人は語るべき物語を持つ者である。人々は経験してきたことを言葉にして語り継ごうとする。写真や本として残そうとする。語り部が年をとり消えても本は記録して残る。記憶が記録なるのである。天使の集まる図書館は人類の歴史の語り部といえる。

平穏な日々の物語をどうしたら描けるのだろうか。

傷ついた人の思い生き残った人の思いを文字することで、過去の出来事を残しても風化は免れない。
人は勇者の物語を好む。特別の物語かのように読む。平和こそ当たり前ではなのに。どうすれば語り継げるのだろうか。語る者がいなくなれば忘れてしまうのか。人々は戦争や殺しあいを忌み嫌いながら、戦いで正義が勝つ物語を読み続ける。なぜだろう。

境界線を超える

個人が旗を揚げ、自らの境界線を主張する。みなで国家の旗を揚げる。境界線を作る。かつての境界線であったベルリンの壁は崩され東西ドイツは統一された。人間は境界線を必ず作る。境界線が悪いとは思わない。乗り越えられない壁ではなく安心して行き交いのできるものであって欲しい。
天使は人との間の壁を越えて恋人に巡り会えた。ベルリンの壁も撮影2年後に壊された。様々な壁も乗り越えられるのかもしれないと希望を感じる映画である。
壁を乗り越えた東ドイツの市民は5000人、国境警備兵の銃撃や河を泳ぎきれず溺死などで200人が犠牲になったとされる。祈りを捧げたい。

老人の声「乗船完了」

天国に行く準備ができたと言っているように聞こえた。いずれ誰もが向かう。

「かつて天使だったすべての人に、特に(小津)安二郎とフランソア(・トリフォー)とアンドレア(・タルコフスキー)に捧ぐ」とのテロップで締められる。

OGPイメージ

ベルリン・天使の詩 : 作品情報 - 映画.com

ベルリン・天使の詩の作品情報。上映スケジュール、映画レビュー、予告動画。像の上からモノクロのベルリンの街を見降ろす天使ダミエルの耳には人々の...

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ベルリンの壁
 ベルリン市内に存在した東ドイツ西ドイツを分断する壁。冷戦下の1961年にベルリン市内に突如現れて1989年まで存在した。
戦勝記念塔 映画の中で天使が腰掛ける女神像。19世紀半ばにデンマークとプロイセン王国(現ドイツ)が戦ったデンマーク戦争の勝利を顕彰するモニュメント。ティーアガルテンの中央にそびえる。黄金の勝利の女神ヴィクトリアは高さ8.3メートル、塔全体では高さ67メートルの塔である。


映画『ミッドサマー』/かわいいと思って観たらとんでもなかった

2022-01-26 | 映画

原題 Midsommar(スウェーデン語)/夏至
ジャンル ドラマ、ホラー、スリラー
製作国 アメリカ、スウェーデン
製作年 2019
公開 2020/2/21(日本)
上映時間 174分
監督・脚本 アリ・アスター
撮影監督 パヴェラ・ポゴジェルスキ
プロダクションデザイン ヘンリック・スヴェンソン
編集 ルシアン・ジョンストン
衣装デザイン アンドレア・フレッシュ
音楽 ボビー・クルリック
言語 英語、スウェーデン語
レイティング R15+

出演 フローレンス・ビュー(ダニー)、ジャック・レイナー(クリスチャン)、ウィル・ポールター(マーク)、ウィリアム・ジャクソン・ハーパー(ジョシュ)、ヴィルヘルム・ブロングレン(ペレ)、アーチ・マデグウイ(サイモン)、エローラ・トルキア(コニー)、ビョルン・アンドレセン(ダン)

あらすじ アメリカの大学生たちがに留学生に誘われ、故郷のコミュニティ(ホルガ村)で開催される90年に1度の祝祭に参加する。訪れた地では陽光があふれ、色とりどりの花が咲き、素朴で可憐な人々が手を繋いで踊っていた。楽園のように思えたがなにかおかしい・・・・・・。

私の評価 ★★★☆☆3.0点
お家観賞

パッケージはお花。クマのぬいぐるみに「わあかわいい」と和んでいたら、血に気付いてぎょっとするような映画だった。グロテスクが苦手な人は観ない方がいい。

観賞後しばらく気持ち悪さが抜けず、調子が悪くなったけれど、お花の衣装はとっても素敵だったので一見の価値あり。トラウマになる人がいそうなのでお勧めはしない。

※以下ネタばれあり


ポスターがかわいい。衣装がかわいい。

緑の大地青い空、日の沈まない夜、白に刺繍の衣装、色とりどりの花の装飾。訪れてみたくなるほど魅力的なのになのに、気分が悪くなる。のどかな映像と不穏な空気ギャップは嫌いではないのだが、そこまで見せなくてもいいのにと思うほどのショッキングでグロテスクな場面に吐き気をもよおした。

メンタルが参っているダニーと恋人クリスチャン

物語の発端は冬のニューヨークで起きる悲劇。もともと不安定な主人公ダニーは家族全員を亡くし、恋人クリスチャンに依存し続ける。クリスチャンはメンタルの弱いダニーと別れたいのだけど言い出せない。つまるところ恋人との決別を描いている話なのだが、残酷極まりない別れ方だった。「まあ別れがひどいのはしかたないね」と思ったり、「風習だからねえ」と受け入れそうになり、自分の常識が揺らぐ。カルトに魅入られないように気をしっかり持って観てほしい。

人身御供でしあわせに

祝祭の序盤に72歳になると老人は崖から身を投げて命を絶つ儀式がある。老いて生きるよりも喜んで死を選ぶいう哲学をホルガの人々は持っているという。老人ホームに入れられるほうが不幸だという考えも一理ある。まず元の社会の常識を揺さぶられたのちに次々に不穏な事が起こるので、「こっちの世界はこれでいいのかも」と認めてしまいそうな危なさ。大学生らが行方不明になるのもまぶしい光に浄化され消えていったかのようで一種の神々しさがある。あらがえない運命のような気さえするのである。恐ろしい。

さようならクリスチャン

生贄待ちのクリスチャンがクマの毛皮を着せられてぬいぐるみみたいでちょっと可愛いと感じた。一方ダニーのクリスチャンが死んでいく最中、全身を花で囲われ泣きながらずるずると歩く姿も異様に美しかった。ふたりともすっかり囚われている。抵抗せずに飲み込まれていった様子に仕方なさを感じる。
ダニーは最後に笑う。依存先クリスチャンとの決別である。追い詰められた極限状態からの解放の笑いだろうか。ダニーは元の社会では得られなかった悲しみの「共有」をこの地で得たように見える。しかし依存先を変えたのに過ぎない。 コミュニティーの人々はダニーの泣き声に共鳴し一緒に泣いてくれる。観客として傍目からみれば何も解決していないとわかる。

共同体(コミュニティ)の怖さ

留学生のペレがひどい。子供の頃に洗脳され彼も被害者なのかもしれないけれど、連れてきた友だちは殺されているのに褒められてうれしそうである。このペレの様子で、ホルガに蠢く邪悪さに気づき慄く。ホルガの人々は人身御供を心底信じているのではなく、自分が生き残れるように立ち回っているのではないか。火炙りの生贄に志願した2人に神に身を捧げる高揚感はない。不安そうな顔が物語っている。誰も逃げられない。家族(共同体)の呪縛を感じ、心苦しくなった。

ハッピーエンドとして読む

ダニーがメイクイーン(五月の女王)に仕立てあげられたと考えると、生き残れないかもしれない。それでもこれでよかったんだと感じるのは、ずっと辛そうで、への字口のダニーが最後笑顔になったからである。ハッピーエンドなのだろう。ひとまずダニーは再生したのである。
ダニーが生贄に選んだクリスチャンはそんなに悪いことをしたとは思わないけど、まあいいか。ほんとう怖い映画である。

肉体も心も脆い。結局は悲しみも苦しみも個人で受け入れるしかないのだなあ。強く生きよう。

ダニーに幸あれ。

映画ではスウェーデンへの旅行になっているが、主にハンガリーで撮影の悪夢。

映画『ミッドサマー』 絶賛公開中

 

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