中東が激震している。現在、シリア・イラクが内戦状態となって、ISISのような超暴力テロリスト集団が中東を席巻しているが、今度はサウジアラビアとイランの対立が加わって中東をより混沌化させそうだ。
サウジアラビアとイランの確執は今に始まったことではない。この両国は同じイスラム教の影響下にあるのだが、イスラムの派が違っており、昔から延々と対立している。
サウジアラビアはスンニ派の国である。
イランはシーア派の国である。
このスンニ派とシーア派の対立が、そのまま中東の対立につながっている。サウジアラビア国内はスンニ派が大多数を占めているのだが、このサウジアラビアの東部にはシーア派が少数民族として存在している。
2011年の中東の民主化運動の中で、サウジアラビア東部に住むシーア派のグループが反政府運動を起こしたのだが、サウジアラビアはこれを徹底的に取り締まり、反政府運動を行ったシーア派を「テロリスト」として逮捕した。
そして2016年1月2日、このシーア派の指導者47人をサウジアラビアは一斉に死刑執行した。
スンニ派とシーア派の対立は決定的なものになった
死刑執行されたシーア派の指導者の中には、イランでも有名なニムル師がいたことからイラン国内ではサウジアラビアに対する怒りと不満が爆発した。
イランの首都テヘランや北東部マシャドではサウジアラビア大使館が襲撃され火炎瓶が飛び交う暴動となった。
イランの最高指導者であるアリ・ハメネイ師もニムル師処刑を聞いて激怒、サウジアラビア政府を「ISISと同列だ」と激しい批判を繰り広げている。
イラン以外にもイラクのマリキ副大統領が「ニムル師を処刑した罪によってサウジ政権は滅びるだろう」と強い調子でサウジアラビアを攻撃、シーア派が多数暮らすバーレーンやレバノンでも抗議活動が湧き上がって「サウジアラビアは奈落の底に落ちた」と声明を出している。
現在、シリア・イラクを暴力の渦に巻き込んでいるISISは、イラン国内では「サウジアラビアが裏で支援している」という見方がある。
もともとサウジアラビアの王族のひとりサルマン王は、アルカイダとは強いつながりがある人物として知られているのだが、ISISもシリアのアサド政権を崩壊させたいアメリカとサウジアラビアのサルマン王が裏で作り上げた組織だとイランでは認識されている。
今、イスラム教は、テロを生み出す危険な宗教という認識が世界に生まれているが、こうした認識を生み出した元凶がサウジアラビアだとイランは考えている。
そんなところにニムル師の処刑が行われたわけで、イラン国内ではサウジアラビアに対する怒りは尋常なものではない。
イランの特殊部隊「イスラム革命防衛隊」は、サウジアラビアを「反イスラム政権」と呼び捨てにして、「激しい報復によって転覆するだろう」と声明を発している。
これに対してスンニ派のサウジアラビアも一歩も引かず、2016年1月3日、すぐにジュベイル外相が「イランとの外交関係を断絶する」と発表し、「48時間以内にイランの外交官は国外に退去しなければならない」と宣告した。
この中東におけるスンニ派とシーア派の対立は、これによって決定的なものになる。
石油の暴落で追い込まれていったサウジアラビア
サウジアラビアはシーア派の指導者であるニムル師を処刑したら、イランが大反発し中東情勢が一気に悪化するということは最初から分かっていたはずだ。
にも関わらず、このタイミングでニムル師を処刑している。
なぜサウジアラビアがこのようなタイミングで中東を激動に陥れようとしたのか。それは、「原油安」が大きな影響を与えているのではないかと分析されている。
2015年は、新興国が追い詰められる年だったが、サウジアラビアもまた2015年に入ってから、経済的に追い詰められている国になっていた。
2014年、アメリカがロシアを明確に敵視するようになってから、石油価格は見る見るうちに暴落していった。これによって産油国だった新興国が、ロシアと共に軒並み国家崩壊の危機に瀕するような状況に落ちた。
ニカラグアもブラジルも2016年には崩壊するのではないかと噂されているが、産油国だったサウジアラビアもまた追い込まれるようになっている。
サウジアラビアでは石油がいくらでも取れたので、サウド家はそれを国際市場に売るだけで莫大な富が流れ込んでいた。そして、その利益を国民に分配することで権力基盤を盤石なものにして国家体制を揺るがないものにしていた。
サウジアラビアの国民のほとんどは公務員になっているのだが、彼らはほとんど働かない。それでいて月給は100万円を超える人が珍しくない。労働は移民が行う。電気・ガス・水道・ガソリンはただ同然で休みも多い。
サウド家は国民をそのような安楽な生活をさせることで、自分たちの権力基盤を強固なものにしていたのである。
ところが、2015年に入ってから石油は凄まじい勢いで暴落するようになり、減産しようと思ってもすでにOPECは価格調整能力を失って機能しなくなっていた。
サウジアラビアは2015年12月28日に2016年予算を発表したのだが、そこには原油安によって約10兆5000億円の財政赤字となっていたことが記されていた。
原油安はサウジアラビアをも追い詰めている
2015年の年末に入ってから、世界中の株式市場が揃って下落している。その流れは2016年の年初にも引き継がれた。
中国では2016年1月4日には7%も値下がりして、サーキットブレーカーが発動する騒ぎとなった。日本も2016年1月4日は3%強の下落となった。
この裏には、財政赤字で追い詰められたサウジアラビアが資産を急激に取り崩している姿がある。
サウジアラビアは2015年10月、IMF(国際通貨基金)によって5年以内に準備資産が枯渇すると警告されているのだが、現金を作るために「外国証券」をどんどん売っており、すでに22%を売却したとされている。
さらに国民にばらまいていた各種の補助金も縮小し、付加価値税の導入も検討するという。
つまり、原油安によって急激に収入を失っていくサウジアラビアは、今後は国民に緊縮を強いることになる。歳入が減るのだから、そうせざるを得ない。
しかし、こうした緊縮を行うと、必ず政府批判が国民の間から膨れ上がる。
特にサウジアラビアの国民は、もう働くことを忘れて政府から「もらう」ばかりの生活だった。そんな安楽な生活を突如と締め上げられたら、政府批判が野火のように広がっていくのは止められない。
だから、サウジアラビア政府は、こうした不満が増長したときにシーア派のニムル師のような反政府派の人間が獄中で力を持つことを恐れたのだろう。
政府批判が高まっていくと、ニムル師を保釈しろという声は高まり、避けがたいものとなる。保釈したら反政府運動を引き起こされ、保釈しなければ保釈するまで抗議活動が続き、それが膨れ上がる。
それは今まで築いてきたサウド一族の独裁を終焉させるきっかけになりかねないものだった。そう考えると、なぜこのタイミングでニムル師を処刑したのかが見えてくる。
原油安はサウジアラビアをも追い詰めているのだ。原油安の混乱はいよいよ世界を混沌とさせている。2016年の激震は、始まったばかりだ。
死刑執行されたシーア派の指導者ニムル師の肖像。原油安はサウジアラビアをも追い詰めている。原油安の混乱はいよいよ世界を混沌とさせている。2016年の激震は、始まったばかりだ。