Photo by Bart from Flickr
ドナルド・トランプは米国内で移民によるテロが起こるたびに「移民法を厳しくする!」と叫ぶ。とくに「永住権宝クジ」と「親族呼び寄せ」を目の敵にしており、この2カテゴリーの廃止/厳格化を議会に要請すると繰り返している。
「永住権宝クジ」廃止論
今年、ニューヨークでは10月と12月にテロが起こった。
10月末日、街中がハロウィンのディスプレイと子供たちのトリック・オア・トリートで賑わった日、ロウアーマンハッタン(マンハッタン北部)で小型トラックがスクールバスや歩行者の列に突っ込み、死者8名、負傷者11名を出すテロ事件が起きた。犠牲者のほとんどはアルゼンチンとベルギーからのグループ観光客だった。
犯人のサイフロ・サイポフ(29)は「永住権宝クジ」に当選してグリーンカード(米国永住権の通称)を得、2010年にウズベキスタンから米国に移住していた。事件当時はニューヨーク州に隣接するニュージャージー州に住み、ウーバーの運転手をしていた。
サイポフはいつの頃からかISISに感化され、小型トラックから逃走する際にアラビア語で「神は偉大なり!」と叫んだとされている。サイポフはその直後に警官に撃たれて重傷を負い、逮捕された。
永住権宝クジ、またはグリーンカード宝クジ(正式名称:多様性移民ビザ・プログラム)は米国政府が1987年に開始した施策だ。世界各国から平等に移民を迎え入れることが目的であり、過去5年間に米国への移民を5万人以上出した国(※)を除いてほぼどの国からも応募でき、抽選により毎年5.5万人が当選する。日本人にも応募資格がある。
応募者は住所氏名など基本的な個人情報をオンライン入力。資格は高校卒業または2年間の職業訓練経験のみ。無料で応募できるため、まさに世界中の誰しもに門戸を開いた、移民国家アメリカを象徴するプログラムと言える。
2001年の9.11同時多発テロの後、永住権宝クジに対して「テロリストを招き入れる可能性」が語られ始めたが、証明するデータは出ていない。近年は応募者が増え、2018年度分には2,300万人が応募。当選者の配偶者と子供にも付随して永住権が出されるため、同年度の実質の当選該当者は12万人。ただし米国政府は当選者の厳密なバックグラウンド・チェックを行うため、抽選は渡米の2年前におこなわれる。
※現在はカナダ、中国(台湾を除く)、ドミニカ共和国、インド、ジャマイカ、メキシコ、イギリス、韓国など18カ国が該当
「親族呼び寄せビザ」厳格化論
12月11日には、やはりマンハッタンの大型バスターミナルとタイムズスクエアの地下鉄駅を結ぶ地下通路での爆弾テロがあった。自家製のパイプ爆弾により犯人を含む6人が負傷したが犯人のみが重症、巻き添えとなった通行人は軽傷であった。
ニューヨーク市のブルックリンに在住していた犯人のアケイド・ユラー(27)は親族呼び寄せビザにより2011年にバングラデシュから米国に移住した。ユラーもインターネットでISISの動画などを観ていたとされ、ネットで製造法を学んだ自家製の爆弾はお粗末な出来だったと報じられている。
アメリカ人(米国市民権保持者)と永住権保持者は、自身に規定以上の収入があれば「スポンサー」として親族に永住権を取得させ、アメリカに呼び寄せることができる。呼び寄せの対象は配偶者、子供、兄弟姉妹などだ。
ユラーは親族呼び寄せのうち、「F-43」と呼ばれるカテゴリーで永住権を取得している。F-43は「F-41/46」該当者の「子供」に出される。F-41/46とは「市民権保持者の兄弟姉妹」に出されるビザだ。
逆にたどると、ユラーの叔父は何年も前に永住権宝クジに当選してバングラデシュからアメリカに移住し、その後に米国市民権を取得。2011年に自分の兄(または弟)を呼び寄せた際に、その子供であるユラー(当時21歳)も永住権を取得。叔父の兄(弟)である父親は米国移住後に他界しており、ユラーはブルックリンの自宅で母親、3人の兄弟姉妹と同居していた。母親と兄弟姉妹もおそらく叔父による呼び寄せ対象と思われる。
ユラーの叔父がユラーの父親以外の親族のスポンサーにもなっているかは不明だが、ユラーの一家だけをとりあげても叔父1人がユラーの両親、ユラーを含む4人の子供を呼び寄せていることになる。
さらにユラーは昨年、母国バングラデシュで結婚しており、今年に入って子供が生まれている。ユラーが妻子を米国に呼び寄せる計画を立てていたかは不明だが、常識的に考えれば呼び寄せをおこなうケースだ。
この現象をトランプは「イモヅル式移民」と呼び、非常に嫌っている。トランプは永住権宝クジを廃止し、かつ親族呼び寄せを制限し、「メリット基盤」の移民システムへの移行を訴えている。
就労ビザ「H1-B」
「メリット基盤」とは、高学歴、高スキル、特殊技能を持つ移民を就労ビザによって入国させ、米国経済に恩恵をもたらそうというものだ。
就労ビザにも多様な種類があり、非常に複雑だが、日本人も含めて先進諸国からの移民が多く取得するのが「H1-B」と呼ばれるビザだ。H1-Bは「高技能者」に出されるビザで、一般的に大卒以上でなければ取得できない。高学歴=高スキルという解釈だ。H1-Bビザは移民を雇用する企業が「スポンサー」となり、政府は雇用主がH1-Bビザ就労者に支払う最低年収を定めている。
トランプ就任直後の1月、議会はH1-Bビザの最低年収を現在の6万ドルから13万ドルに引き上げる案を提出した。この案が実施されると、大企業はともかく、中小企業は外国人を雇えなくなる。「一流の高技能者だけを、一流企業だけが雇えばいい」と考えるトランプと議員たちは、自国アメリカの移民社会の実態をあまりにも知らないと言える。
マイクロソフトやアップルなどの大手IT企業はインドからのエンジニアを大量に雇用しており、H1-Bの規制に強く反対しているが、仮に法案がとおれば13万ドルを払えるだけの資本を持つ。しかし、アメリカの中国系社会には中国系の中小企業が、ロシア系社会にはロシア系中小企業が、メキシコ系社会にはメキシコ系中小企業が多数あり、他にも無数の移民コミュニティがそれぞれ移民による零細な企業を抱えている。日系も同様だ。在米日本人が在米日本人を対象に商っている日系企業では日本語を話す日本人社員が必須だが、13万ドルを払える会社は多くはない。つまり、H1-Bビザの極端な規制はマイノリティ・コミュニティを崩壊させる可能性を孕んでいる。
一方、学歴やスキル、または英会話能力がなく渡米する移民は、商店を開くことが多い。彼らは親族を呼び寄せ、店を親族経営する。人件費を押さえられるだけでなく、親族なら労働時間などで融通が利き、信頼もできる。やがて若い親族は結婚・出産する。アメリカ生まれの子供たちはアメリカで教育を受けて英語と祖国語のバイリンガルとなり、英語やコンピュータが苦手な親や年配の親族の仕事を助ける。大学や院に進み、アメリカの中央社会で出世する者も出てくる。こうして移民一家はアメリカに根を張り、アメリカ社会の一部となっていくのである。
また、永住権宝クジや親族呼び寄せによって渡米する者にも高学歴、高スキルは存在する。幼い時期に渡米すれば、アメリカでの教育も受ける。筆者の友人にも永住権宝クジに当選して渡米し、一流企業勤務、今では二児の母親となっている人物がいる。まさにトランプが望む活躍だ。しかし、トランプは12月15日のFBIアカデミー卒業式での演説で「永住権宝クジは最悪中の最悪だ!」と言い放った。
そもそも先に挙げたように、移民国家アメリカには無数の民族コミュニティがあり、それぞれが小社会を形成している。その中での経済活動も一流企業と同様にアメリカの原動力だ。トランプ政権の「イスラム圏からの移民は入れたくない」「低学歴、家族呼び寄せはアメリカの役に立たない」という視点はあまりにも狭窄であり、アメリカというジグソーパズルのような国を俯瞰できていないと言わざるを得ない。
移民国家アメリカ
今回のふたりのテロ犯のように渡米後にイスラム過激思想やISISに感化される単独テロ犯について、識者による推察がある。いわく、ウズベキスタンやバングラデシュのように抑圧された社会では幸福を感じられず、しかし渡米してもアメリカのような開かれすぎた西洋社会に馴染めず、居場所を見つけられないのではないかと。この推察は一考に値すると思われるが、ウズベキスタンやバングラデシュからの移民のうち、果たして何パーセントがテロ犯になるのだろうか。
ちなみに自爆犯ユラーは犯行の直前、フェイスブックに以下のように書き残している。
「トランプ、お前は自分の国を守ることに失敗している」
具体的にトランプの言動の何を指しているかは不明だが、ユラーがテロを起こした12月11日の5日前、トランプは「エルサレムをイスラエルの首都と認証する」声明を出している。パレスチナでは抗議の暴動が起きて死者が出、米国政府は世界各地にある米国の在外公館に対し、警備強化の指示を出している。
9.11同時多発テロののち、かつてあった米国移民局はUSCIS(米国市民権・移民業務局)に名称を変えて国土安全保障省の一部に組み込まれ、移民法は格段に厳しくなった。トランプが大統領に就任したのちはことさらだ。
だが、現在のUSCISの公式ウエブサイトにも「あなたのオプションを探してみましょう」というページがあり、「市民権取得」「親族の市民権取得」「永住権保持者の家族の永住権申請」「雇用主を通じての永住権申請」「難民の永住権申請」「外国人孤児の養子申請」「米国市民によってDV被害者となった配偶者、子、両親の市民権申請」など、56ものパターンが項目として挙げてある。それだけ広く移民を受け入れているということだ。
アメリカは移民国家だ。アメリカが移民を完全にシャットアウトすることはできないし、すべきではない。それをおこなえばアメリカの国としてのアイデンティティが失われてしまう。さりとて膨大な数の移民希望者をすべて受け入れることもできない。ゆえに移民法があり、年間のビザ発行数が決められていたり、申請者の資格検査がある。移民をどれだけ受け入れ、どの申請を許可し、どれを却下するか、そのバランスはアメリカにとって非常に繊細にして重要な永遠の課題なのだ。
(堂本かおる)