注目度の高いアメリカの雇用統計が先週末(5日)発表になった。6月の非農業部門雇用者数は前月比22.4万人も増加し、市場の事前予想(16.0万人)を上回った。教科書的には強い経済指標なのだから株価が上がるはずだが、主要株価3指数(ニューヨークダウ工業株、S&P500、ナスダック総合)は一時大きく下振れし、引け値も前営業日を下回った。
こうした株価の動きをどう考えるかについては、大きな流れと合わせて考察したい。雇用統計のことは後述するとして、まずその大きな流れについて述べよう。
主要国の経済実態は一段と悪化している
大枠では、株式市場は、主要国の景気や企業収益の実態が悪化し続けているにもかかわらず、7月3日までアメリカの主要3株価指数が史上最高値を更新し、それが日本株も支えるなど楽観的に推移している。だがこの乖離はいずれ株価が大きく下がる形で、解消されると予想する。
まず、主要国の経済実態を企業側からみると、業況感は悪化している。日本では日銀短観の業況判断DIが、アメリカではISM指数が、ドイツではIFO指数が、企業心理の悪化を示していることは前回のコラム「それでも『日経平均は7月以降急落』と見る理由」(6月24日付)でも述べた。
先週発表のデータでも、7月1日公表の日銀短観の業況判断DIは、「最近」の業況判断が、製造業は3月調査の12から、6月調査は7に悪化した(「先行き」は7で横ばい)。非製造業は、「最近」は21から23に上昇したが、「先行き」は17への落ち込みが見込まれている。アメリカでは、ISM製造業、非製造業指数ともに、6月分は前月より下落し、最近の悪化傾向に歯止めがかかっていない。
企業心理の悪化は、設備投資、建設投資や生産(在庫投資)、人員採用など、実体経済面に影を落とすだろう。とくに日本企業は、産業用ロボット、工作機械、建設機械、半導体製造装置といった、企業の投資関連の財や、それを支える機械部品、電子部品を得意としているため、日本の輸出や国内生産が圧迫される恐れが強い。
「では、家計は?」とみれば、日本の消費者心理を測る消費者態度指数では、気分に大きな悪影響を与えるような事象(例えば、過去のリーマンショック、東日本大震災など)が、足元はとくに見当たらないにもかかわらず、6月まで大きく悪化している。このまま消費増税に突入する結果は明らかだろう。
アメリカでは少し前まで、消費者心理は明るかったが、陰りが表れている。コンファレンスボートの消費者信頼感指数は、昨年10月で山をつけた形が明確だ。最新の6月の同指数は下振れし、2017年9月来の低水準となっている。
アメリカの株価が楽観的過ぎる2つの要因
このように主要国の経済情勢は悪化しており、アナリストの企業収益見通しも日米で下方修正が優勢だ。それに対し、とくにアメリカの株価は上昇基調を続けた。この実態と株価の乖離をもたらしているものとしては、(1)米中首脳会談を受けての市場の期待と、(2)米連銀の利下げ期待が挙げられる。ただ、そうした期待は危うい。
まず、6月29日(土)の米中首脳会談では、7月から発動とも懸念されていた、3000億ドル程度の対中輸入に対する追加関税が、期限を定めず先送りになった。加えてトランプ大統領は、ファーウェイ社へのアメリカ企業の禁輸措置を、緩和する主旨の発言を行った。
米中通商交渉の次のメドは、11月16日~17日のチリでのAPEC首脳会合の際に、先日のG20と同様に個別設定されると考えられる、米中首脳会談となりそうだ。しかし、構造問題(知的財産権の侵害、巨額の補助金、先端技術の移転強要)で両国の隔たりが大きく、今後大きく交渉が進展するとは見込みにくい。
ファーウェイについては、アメリカ政府は公式には、同社をエンティティリスト(禁輸リスト)から外さないと明言した(汎用品の輸出は可能)。
連銀の金融政策については、ジェローム・パウエル議長が利下げの可能性を示唆したのは、景気が悪化に向かうリスクが高いと判断しているからだ。その連銀の懸念が正しいとすれば、まず株式市況は、逆業績相場(業績が悪いので、金利を下げても株価が下落する)に突入するはずだ。
実際に、近年の利下げ開始時期のうち、最近の2回(2001年1月と2007年9月)においては、株価が下落基調をたどっている。これは、ITバブルの崩壊期と、リーマンショック前の住宅バブルの崩壊期に当たり、景気の悪化が金利低下効果を押しつぶした形だ。つまり、利下げ開始は株高を意味しなかった。金融緩和が株価を押し上げ始めたのは、何度も緩和を進め、その累積的な効果がようやく景気悪化に歯止めをかけ始めた後だった。
これに対し、その前2回の利下げ開始時期(1995年7月と1998年9月)は、株価が上昇基調にあった。このときは、経済が軽い景気調整で後退には陥らず、業績悪化が懸念されにくかったからだと考えられる(結果として利下げはともに3回にとどまっている)。
「今回も連銀は利下げをするが、アメリカ経済はそれほど悪くならない。だから利下げを好感して株価は上がり続けておかしくない。これは1995年や1998年と同様だ」という向きがあるかもしれない。しかし、仮にそうした見解が正しいとすると、足元のアメリカ国債10年の利回りの低下(2.0%前後)がおかしいことになる。
10年と3カ月の国債利回りでみたイールドカーブ(10年物-3カ月物利回り差)は、1995年と1998年は逆転していないが、最近の利下げ開始時期に呼応する、2000年8月から2000年12月と、2006年7月から2007年4月は、月中平均ベースで連続してマイナスだった(長期債券相場のほうが先を読むので、連銀の利下げよりイールドカーブの逆転のほうが、時期が少し早い)。また、現在もイールドカーブはマイナスだ。
つまり「1995年や1998年と同様の経済環境だから株は上がってよい」という主張が正しければ、イールドカーブ、すなわち長期金利が間違っているわけで、それなら長期金利は跳ね上がらないといけない。長期金利が上昇する「金融相場」はありえず、つまり株価が上がるはずがない。
雇用統計と市場の動きが暗示する2つのこと
さて、冒頭の雇用統計とアメリカの株価の反応に戻ろう。雇用統計の内容や市場の動きは、2つのことを示していると考える。
1つは、短期的な先週末の株価の動きについてだ。先述のように、連銀の利下げ開始が「2001年・2007年型」であれば、景気悪化が利下げ効果を上回り、株価は下落するだろう。あるいは、「1995年・1998年型」なら、長期金利が跳ね上がって「金融相場」などは起こりえない。それが「現実」だが、足元の株式市場は「非現実的な」金融相場シナリオをもてはやして自縄自縛に陥っていた。
そのため、非農業部門雇用者数の伸びは、本来好材料であるにもかかわらず、利下げの可能性が後退したと悲観し、株価が下落したと解釈できる。要は、市場の都合のいいシナリオが、雇用統計で馬脚を現した(駄洒落的で恐縮だが私は馬渕だが……)ということだ。
もう1つは、雇用統計の内容が長期的なアメリカ経済の動きについて何を示唆しているか、という点だ。
雇用者全員が受け取る「週当たり総賃金」を雇用統計から算出し、その前年比をみると、6月は雇用者数が大きく伸びたにもかかわらず4.4%増と、5月の4.5%増からわずかながら低下した。これは、今年1月のピーク5.5%増から、おおむね減速傾向をたどっている。
それ自体が所得環境の陰り(ただし、まだ賃金の伸びは高い)と言えるが、この前年比の要因分解をすると、最も賃金の伸びの足を引っ張っているのは、週当たり労働時間が減少していることだ(前年比で直近3カ月連続のマイナス)。
企業経営は、通常経済環境が悪化し仕事量が減ると、まず残業や休日出勤を抑制して対応し、それが労働時間減となって表れる。そうした対応でも景気悪化に耐えられなくなると、その後に解雇を始める。つまり労働時間減は、将来の雇用カットを先行指標として示唆している可能性があり、懸念される。
日本株は「外部頼み」
さて、肝心の日本株の動向だが、今のところ市場はアメリカ株やドル円相場といった、外部頼みとなっている。3日の水曜日は米ドル安円高に振れて、おろおろと必要以上に外需関連株が売り込まれた感が強かった。
また、5日の金曜日は、4日のアメリカ市場が独立記念日の休場で動くに動けず、値動きは乏しく売買代金も低迷するといった、開店休業状態だった。筆者が懸念するように、これからアメリカ株式市場の楽観が剥落し、アメリカドルも同国経済の悪化を受けて下落する、という展開になれば、自主性を欠いた日本の株価も押し下げられるだろう。
そうした日本株の本格下落がすぐに起こるかどうかはわからないが、当面は今週10日(水)~11日(木)のパウエル議長の議会証言が注目され、上にも下にもアメリカの株式市況や米アメリカドル相場が振れて、それが日本株にも波乱を引き起こすことが懸念される。日経平均株価の今週のレンジとしては、2万1000~2万1800円を予想する。
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