
ラニエール被告(58歳)は2018年、メキシコで逮捕された。被告が女性限定のセックスカルト集団DOSの首謀者で、女性メンバーに卑猥な写真など「担保」を提出させ、被告のイニシャルの焼印を押していたというスクープ記事が2017年にニューヨーク・タイムズ紙で掲載されたのを受け、側近らともに逃亡中だった。ネクセウムの元幹部で、DOSではラニエール被告の奴隷だったローレン・ザルツマンは、逮捕時に被告のそばにいた。彼女の証言によれば、警察が逮捕しにやってきた時、被告はウォークイン・クローゼットに身を隠していたという。
ラニエール被告は恐喝罪、恐喝共謀罪、強制労働共謀罪、通信詐欺共謀罪、性的目的での人身売買罪、性的目的での人身売買共謀罪、性的目的での人身売買未遂罪で起訴されていた。
男性8名、女性4名から成る陪審は、評議開始からわずか4時間で評決に達した。陪審員が評決を読み上げたとき、ラニエール被告は海老茶色のセーターからブルーのシャツの襟をのぞかせ、静かに座っていた。陪審員が一人ずつ評決を述べる間、彼は判事と陪審員をじっとみつめていた。
恐喝罪で有罪とするには、児童ポルノ所持、強要、児童性的搾取、強制労働など11件の構成要件のうち少なくとも2件で有罪が認められなくてはならなかったが、陪審は11件すべてで有罪とした。
評決に達するまでの間、ニューヨーク東地区の元連邦検事で、現在はタッカー・レヴィン法律事務所の業務執行社員を務めるダンカン・レヴィン氏がローリングストーン誌とのインタビューに応じてくれた。彼が言うには、被告側の弁護団が恐喝罪でもっとも手を焼いた理由もここにあるという。「陪審員が(複数の)異なる構成要件を見逃してくれるよう説得することになるわけですからね。骨がおれますよ」とレヴィン氏。
彼はまた、ラニエール被告に対する容疑が15年近くにもわたる点を指摘した。最も古い犯罪行為は2014年の身元詐称共謀罪にさかのぼる。この時被告は、ダニエラと名乗るメキシコ人女性にすでに死亡しているアラスカ出身の女性のIDを渡し、アメリカーカナダ間の国境から密入国させたものと検察側は考えている。
元奴隷の母親は感謝の言葉を述べた
DOSの元奴隷の一人だったインディア・オクセンバーグの母親、キャサリン・オクセンバーグ氏は法廷の外で取材に応じ、涙を流しながらこう述べた。「本当に感謝しています。正義が果たされました」

キャサリン・オクセンバーグ(Photo by EJ Dickson)
評決が読み上げられて法廷内が騒然とする中、アグニフィロ弁護士はラニエール被告の元恋人、バーバラ・ブーシェイ氏に近いて、何やら謝罪の言葉を伝えていたようだ。「この評決で、いくらかお気持ちが晴れればと願っています」
ニューヨーク東地区連邦地方裁判所で6週間以上にわたっておこなわれた裁判では、1998年にラニエール被告がナンシー・ザルツマンと共同創設したネクセウムの元メンバーの証言が満載だった。ネクセウムはサイエントロジーや、1970年代の自己啓発グループEST、アイン・ランドが提唱した思想体系オブジェクティヴィズムなど、様々な思想をごた混ぜにした組織だと描写された。
タニヤ・ハジャール連邦検事補は冒頭陳述の中で、ラニエール被告を「生活改善を願う人々を標的にした詐欺師」と呼んだ。「ひとたび信頼を得ると、被告はそれを悪用したのです」とハジャール検事補。彼女は冒頭陳述でまず、ニューヨーク・タイムズ紙の記事でも取り上げられた女性組織DOSに焦点を当てた。被告はDOSの一軍奴隷たちに、女性の意識向上を目指すグループだと偽ってメンバーを勧誘するよう指示したと、検事補は追及した。女性メンバーを脱退させないように、彼女たちに恥ずかしいヌード写真や手紙などを「担保」として提出させていた。
「被告は終始、嘘をつき通していました。自分が被害者をコントロールしているのは、すべて女性の意識向上のためなのだと」とハジャール検事補。
被告側弁護団の第1弁護士を務めるマーク・アニフィロ氏は冒頭陳述で、DOSが「セックスカルト集団」ではなかったとしたうえで、女性たちがヌード写真を共有したのは、自分たちの「弱さ」を認める手段だったと述べた。彼はまた、大勢のネクセウムの元メンバーが「素晴らしい集団で、とても役に立った」と語っていると述べ、一時期は約1万7000人がネクセウムのセミナーを受講していた点を指摘した。「彼らが受講したのは、ためになることがあったからです」と弁護士(たしかに、証人喚問では大勢の現ネクセウム・メンバーが公聴していた。ただし、マスコミに口を開いたものは誰もいなかった)。
陪審員は公判中、数々の証言を耳にした。ネクセウムの元メンバー、ダニエラは他の男性と恋に落ちた罰として、ラニエール被告から2年以上も監禁された。DOSの元奴隷ニコルは、目隠しをされてテーブルに縛り付けられた形でオーラルセックスを強要されたと証言した。DOSの奴隷でネクセウムの幹部だったザルツマンは、DOSに勧誘する際は本来の目的は伏せておくようにと、ラニエールから指示されたと証言した。
弁護側の証人は1人もいなかった
今回の裁判で、弁護側の証人は1人もいなかった。公聴席の間では、『ヤング・スーパーマン』の出演者でDOSの首謀者と見られていたアリソン・マックが証言台に立つのでは、という憶測がまことしやかに飛び交っていたが、結局彼女は現れなかった(マックは4月に、恐喝および恐喝共謀罪で有罪を認めている。量刑判決は9月に行われる予定)。
だが陪審員は、ラニエール被告がダニエラの妹で当時15歳だったカミーラと性交した証拠を目にした(被告はダニエラのもう一人の妹マリアナともセックスし、彼女を妊娠させたとみられいる。ダニエラの証言によれば、ラニエール被告は妹2人に3Pを持ちかけたが、妹たちから涙ながらに反対されたという)。
なかでもとくに痛ましいかったのは、陪審員にカミーラのヌード写真が提示された時だ。彼女が15歳の時に撮影したとみられる写真は、ラニエール被告のパソコンのハードディスクから発見されたもので、「研究」というフォルダに保存されていた。フォルダにはネクセウムの女性メンバーの写真が何百枚も保存されており、すべて性器がはっきり見えるようなポーズで撮影されていた。
証言から浮かび上がってきたのは、女性に最大限の権力を行使して、食事からセックスの相手、陰毛の手入れまで細かく指示した支配欲の強い偏執的な男の姿だった。また、ラニエール被告を神のような存在に奉り上げ、テクノロジーや気候までコントロールすることができる「現存する中で最も頭脳明晰な男」だとメンバーに吹聴していたネクセウムという組織の実態も浮き彫りになった。
ネクセウムの元メンバーの証言から、ラニエール被告は権力を欲しいままにしていた背景には、アリソン・マックやクレア・ブロンフマン、ザルツマンといった側近らが外部の批判から彼を守ったり、警察の目を逸らせたりしていたことが伺えた(マック、ブロンフマン、ザルツマンは全員有罪を認めているため、ラニエール被告と並んで裁判に立つことはなかった。ザルツマンは法廷での証言を条件に、検察側と司法取引を結んだ)。
17日と18日の朝、公聴席に詰めかけた大勢の人々を前に、アニフィロ弁護士はラニエール被告の行動に対する連邦政府の主張にあえて反論しなかった。とくにDOSに関しては、おそらく陪審は被告の行動を「不快」で、被告のライフスタイルを「悪趣味」だとみなすだろうと述べた。だが、被告に対してかけられた容疑はどれも犯罪行為には当てはまらないと反論。公判中ずっと主張してきたように、DOSの活動が本人たちの同意の下ではなかったことを示す証拠は何ひとつない、と主張した。
「人々に受け入れられないからといって、犯罪だとは限りません。不快だからといって犯罪にはなりません」と彼は述べ、陪審にすべての起訴内容で無罪放免とするよう訴えた。
だがマーク・レスコ連邦検事補は、原告側の反駁(はんばく)ですぐさまこの主張を論破した。「被告は(虐待加害者の)常套手段をほぼすべて用いています」と検事補。「洗脳、強要、マインドコントロールなど、すべてにおいて度を越しています」
法廷の外で取材に応じたアニフィロ弁護士はこう述べた。「難しい裁判になることはわかっていました。今後は控訴する構えです。キースは無実を主張しています。今日は彼にとって非常に残念な1日です」
「皆さんにとって有罪評決が、せめてもの慰めになれば幸いです」とも付け加えた。
毎日公判に通い詰めていたブーシェイ氏も、やはり感極まっていた。彼女は数分遅れで陪審評決を耳にした。「とてもホッとしています」と彼女は涙を流しながら、評決について報道陣に語った。「本当によかった」
だがラニエール被告の元恋人トニ・ナタリーはもっと辛辣だった。「刑務所にポストイットを送ってやればいいわ」と彼女は涙と笑顔を交互に浮かべながら報道陣に語った。ラニエール被告が公判中、ポストイットにしきりにメモを取っていたことに対する当てつけだ。
ラニエール被告の量刑判決は9月25日に言い渡される予定。

トニ・ナタリー(Photo by EJ Dickson)