ISISと米イスラエルのつながり
田中 宇
掲載月日:2015年2月22日
※ 本稿は読みやすく配慮したバージョンです。
シリア南部とイスラエル北部の間にあるゴラン高原は、もともとシリアの領土だったが、1967年の中東戦争でイスラエルに侵攻され、それ以来、イスラエルは同高原の東側の9割の土地を占領している。ゴラン高原のイスラエルとシリアの停戦ラインには、停戦維持のため、1974年から国連の監視軍(UNDOF)が駐留している。 (Will Israel enter the Syrian civil war?)
2011年から、シリアでイスラム過激派を中心とする反政府勢力が武装蜂起して内戦になった後、反政府勢力の一派であるアルカイダの「アルヌスラ戦線」が、ゴラン高原のシリア側でシリア政府軍を打ち破り、支配を拡大した。14年前半には、シリア北部でISIS(イスラム国)が支配を拡大したのに合わせ、南部のゴラン高原周辺はアルヌスラの支配地になり、14年夏には、イスラエルとの停戦ラインに沿った地域の大半から政府軍を追い出して占領した。アルヌスラは、国連監視軍の兵士を誘拐する攻撃を行い、国連は14年9月、監視軍を停戦ラインのイスラエル側に退却させた。 (Al-Nusra Front captures Syrian Golan Heights crossing)
ゴラン高原(薄い赤色で網がかかっている部分)
出典:グーグルマップ
「アルヌスラ」はアラビア語で「地中海岸地域(シリア、レバノン、パレスチナ、イスラエルにあたる地域)の闘争支援戦線」の意味で、アルカイダのシリア支部だ。兵力の多くは、もともとイラクのスンニ派地域で米軍と戦い、米軍撤退後、シリア内戦に転戦し、12年にアサド政権を倒す目的でアルヌスラを作った。米政府は同年末にアルヌスラを「テロリスト組織」に指定している。 (New Al Qaeda Video Shows Steady Advance along Israeli Border)
ISISの前進である「イラクのイスラム国」は、もともとアルカイダの傘下にあり、アルヌスラの同盟組織だったが、13年4月に「イラクのイスラム国」がアルカイダからの独立を宣言した後、両者はライバル関係になったとされ、両者が戦闘したという指摘もある。しかし両者は、思想がサラフィ主義のスンニ派イスラム主義で一致し、アサド政権やシーア派、米欧を敵視しする点も一致している。 (al-Nusra Front - Wikipedia,)
ISISとアルヌスラは、シリア内戦で、イラン(シーア派)傘下のシリア政府軍、イラク民兵、ヒズボラ、米欧に支援されたクルド軍などと継続的な戦闘に直面しており、相互に仲間割れして戦う余裕がない。両者は、敵対するライバルのふりをしているが実は味方で、対立する別々の組織を演じる策略をとっている可能性がある。
米国の駐シリア大使だったロバート・フォードは最近「アルヌスラはISISと見分けがつかない組織だ」「シリア反政府勢力の中には似たような組織が多すぎる」「反政府勢力の大半は過激派であり(米欧が支援していることになっている)穏健派はほとんどいない」と指摘している。 (Former Ambassador Robert Ford Admits "Conspiracy Theorists" Were Right - Jihadists Are Majority Of Rebels)
そんなアルヌスラが昨夏以来、シリア政府軍を撃退してゴラン高原西部を占領し、国連監視軍を押しのけてイスラエルと対峙している。アルヌスラはイスラエルを敵の一つに名指ししている。イスラエルとアルヌスラの戦争が始まるのかと思いきや、その後の展開はまったく正反対のものになった。
国連監視軍が14年末に発表した報告書によると、イスラエル軍は、ゴラン高原の停戦ライン越しに、アルヌスラの負傷した戦士を受け入れてイスラエル軍の野戦病院で手当したり、木箱に入った中身不明の支援物資を渡したりしている。国連監視軍が現地で見たことを報告書にしたのだから間違いない。 (Report of the Secretary-General on the United Nations Disengagement Observer Force for the period from 4 September to 19 November 2014) (New UN report reveals collaboration between Israel and Syrian rebels) (UN reveals Israeli links with Syrian rebels) (UN Peacekeepers Observe IDF Interacting With Al Nusra in Golan)
イスラエルが停戦ライン越しにアルヌスラを支援するようになったのは13年5月からで、それ以後の1年半の間に千人以上の負傷者をイスラエル側の病院で治療してやっている。イスラエル側は、シリアの民間人に対する人道支援と位置づけているが、負傷者はアルヌスラの護衛つきで送られてくるので、民間人でなく兵士やアルヌスラの関係者ばかりと考えられる。
イスラエルのネタニヤフ首相は14年2月にゴラン高原の野戦病院を視察しており、これは政府ぐるみの戦略的な事業だ。国連監視軍は14年6月にも、イスラエルがアルヌスラを支援していると指摘する報告書を出している。 (UN Finds Credible Ties Between ISIS And Israeli Defense Forces) (Israel Is Tending to Wounded Syrian Rebels) (Report of the Secretary-General on the United Nations Disengagement Observer Force for the period from 11 March to 28 May 2014)
ゴラン高原のイスラエル側とシリア側をつなぐ道路は、クネイトラという町(廃墟)を通る1本だけだが、この道は14年8月末からアルヌスラの支配下にある。イスラエルは、この道を通って、夜間などにいくらでもアルヌスラに支援物資や武器を送れる。クネイトラ周辺にいた国連監視軍は、アルヌスラに脅されてイスラエル側に撤退した。監視軍が見て報告書に書いたのは、イスラエルとアルヌスラの関係性の中のごく一部だけと考えられる。 (Syrian rebels, al Qaeda-linked militants seize Golan Heights border crossing)
未確認情報で作り話の可能性があるが、ISISが米軍の輸送機C130を持っていて、それがイスラエルのゴラン高原の道路を使った滑走路に離着陸し、イスラエルから物資を受け取っているとか、同じC130がリビアまで飛び、リビアのイスラム過激派の兵士や武器を積んでキルクークやコバニの近くまで運び、劣勢だったクルド軍との戦闘を挽回したなどという話もある。 (Obama Leaks Israeli Nuke Violation Doc Before Bibi Visit)
米軍は13年から、ヨルダンの米軍(ヨルダン軍)基地で、シリア反政府勢力に軍事訓練をほどこしている。アルカイダやISIS以外の「穏健派勢力」に訓練をほどこす名目になっていたが、かなり前から「穏健派」は、米欧からの支援を受けるための窓口としての亡命組織のみの看板倒れで、米軍が訓練した兵士たちは実のところアルヌスラやISISだった(米軍はそれに気づかないふりをしてきた)。シリアからヨルダンの米軍基地への行き帰りには、ゴラン高原のイスラエル領を通っていたと考えられる(他のシリア・ヨルダン国境はシリア政府軍が警備している)。 (Assad: US idea to train rebels illusionary)
ヨルダン空軍のエリートパイロットがISISに焼き殺され、世論が激昂する中で、自国内で米軍にISIS訓練を許してきたヨルダンの姿勢を変えようとする動きが起きている。 (Did Jordan Train The ISIS Fighters Who Burned Their Pilot Alive?)
イスラエルとシリアのゴラン高原の停戦ラインは、シリア内戦で米イスラエルがアルヌスラやISISを支援するための大事な場所になっている。昨年末以来、シリア政府軍と、それを支援するヒズボラやイランの軍事顧問団(要するに「シリア・イラン連合軍」)は、ゴラン高原の停戦ラインに近い地域をアルヌスラが奪還しようと、攻撃を仕掛けている。 (With Iran's help, Assad expands Golan offensive)
シリア・イラン連合軍を食い止めるため、イスラエル軍は1月末に無人戦闘機をシリア領空に飛ばし、ゴラン高原近くのシリア政府軍の拠点を空爆した。ヒズボラ兵士や、イランから来ていた軍事顧問も殺された。イスラエルがシリア領内を空爆するのは非常にまれだ。シリア・イラン連合軍が優勢になり、アルヌスラがイスラエルに空爆をお願いした結果と報じられている。シリア政府は「イスラエル空軍は、アルカイダの空軍になった」と非難した。 (Southern Syria Rebels Ask Israel to Attack Army, Hezbollah Positions) (Assad: Israel is Al-Qaeda's Air Force in Syria)
イスラエルがアルヌスラやISISを支援する経路としてゴラン高原の停戦ラインを使っているので、シリア・イラン連合軍が停戦ラインをアルヌスラから奪還しようと試み、それを防ぐためにイスラエル軍がシリア・イラン連合軍を空爆したのに、ワシントンポストなど米国のマスコミは「ヒズボラがイスラエルを攻撃しそうなので先制的に空爆した」と、わざと間違ったことを書き、読者に実態を知らせないようにしている。 (Hasbara happenings: US media again propagandises for Israel) (Tensions rise between Israel and Hizbollah)
元米軍大将のウェスリー・クラークは最近、米国のテレビに出演し「ISISは当初から、米国の同盟諸国や親米諸国から資金をもらってやってきた。(親米諸国が支援した理由は)ヒズボラの台頭をふせぐためだった」と語っている。ヒズボラの台頭を最も恐れているのはイスラエルだ。クラークは複数形で語っており、イスラエルだけでなくサウジアラビアなどペルシャ湾岸産油諸国のことも示唆していると考えられる。 (General Wesley Clark: "ISIS Got Started Through Funding From Our Friends & Allies")
サウジは以前、米国に頼まれて、シリア反政府勢力を支援していた。米国が10年にシリアのアサド政権を許すことを検討した時、サウジはいち早くアサドを自国に招待して歓待し、和解した。しかしその後、米国が再び反アサドの姿勢を強めたため、サウジも反アサドに転じた。サウジのシリア政策は、対米従属の一環だ。米国がアルカイダやISISを支援したから、サウジも支援した。しかしISISは14年11月、イラクとシリアを「平定」したら、次はサウジに侵攻し、メッカとメディナを占領すると宣言する動画を発表した。メッカの聖職者は、ISISを最大の敵だと非難し返した。 (Islamic State sets sights on Saudi Arabia)
サウジ政府はその後、イラクと自国の千キロの砂漠ばかりの国境線に、深い塹壕や高い防御壁からなる「万里の長城」の建設を開始し、ISISが国境を越えて侵入してくるのを防ぐ策を強化した。今やISISは、サウジにとって大きな脅威であり、支援の対象であり続けていると考えられない。サウジは以前、米国に頼まれてISISに資金援助していたが、すでに今は支援していないと考えるのが自然だ。 (Revealed: Saudi Arabia's 'Great Wall' to keep out Isil) (War with Isis: If Saudis aren't fuelling the militant inferno, who is?)
もしISISやアルヌスラがアサド政権を倒してシリアを統一したら、ゴラン高原を本気で奪還しようとイスラエルに戦争を仕掛けてくるだろう。サウジだけでなくイスラエルにとっても大きな脅威になる。だが米国やイスラエルは、アルヌスラやISISを支援する一方で、彼らがアサド政権を倒してシリアを統一できるまで強くならないよう制御し、彼らの間の分裂や、米欧による空爆も行い、シリアの内戦状態が恒久化するように謀っている。こうすることで、イスラエルは自国の北側に敵対的な強国ができないようにしている。 (敵としてイスラム国を作って戦争する米国)
米国の上層部では、オバマ大統領が、自国の中東戦略がイスラエルに牛耳られ、馬鹿げたイラク侵攻を起こした体制からの脱却を望み、イラクからの軍事撤退を強行した。国防総省や議会など軍産複合体がイスラエルと同じ立場で、イラクからの軍事撤退に反対し、オバマが撤退を強行すると、次は過激派にISISを作らせて支援し、米軍が中東の軍事介入から脱却できないようにした。
オバマは、軍産イスラエルが、シリアやイラクの混乱を恒久化するため、ISISやアルヌスラを強化しているのに対抗し、米軍の現場の司令官に直接命令して「ISISと戦うふり」を「ISISを本気で潰す戦い」に変質させようとしている。 (◆イスラエルがロシアに頼る?)
イスラエルの軍司令官は昨秋、オバマの「本気に戦い」に反対を表明し「ISISは(米イスラエルの敵である)ヒズボラやイランと戦ってくれる良い点もある。ISISの台頭をもう少し黙認すべきであり、本気で潰すのは時期尚早だ」と表明している。 (West making big mistake in fighting ISIS, says senior Israeli officer)
オバマは、軍産イスラエルの策動によってイランにかけてきた核兵器開発の濡れ衣が解かれ、イランが経済制裁を解かれて強くなり、ISISを潰せる力を持つよう、イランとの核交渉をまとめようとしている。すでにイランは、ISISと本気で戦う最大の勢力だ。イランがISISと戦うためイラクで組織したシーア派民兵団は10万人以上の軍勢で、兵力5万のイラク国軍よりずっと強い。 (Iran and west narrow gap in nuclear talks) (Pro-Iran militias' success in Iraq could undermine U.S.) (Iran eclipses US as Iraq's ally in fight against militants)
こうした展開は、イスラエルにとって脅威そのものだ。ネタニヤフ首相は米政界に圧力をかけ、3月に訪米して米議会でイランを非難する演説を行い、オバマに圧力をかけようとしている。しかしこの策は、イスラエルが米国の世界戦略を隠然と牛耳ってきた状態を暴露してしまい、逆効果だ。米国のマスコミは、イスラエルに逆らった議員が落選させられてきた米国の歴史を報じ始めている。 (Benjamin Netanyahu Is Playing With Fire)
オバマはイスラエルに報復する意味で、米国がイスラエルの核兵器開発に技術供与したことを書いた1980年代の国防総省の報告書「Critical Technology Assessment in Israel and NATO Nations」を機密解除して発表した。米国は、イスラエルが秘密裏に核兵器を開発していたことを正式に認めたことになる。 (US helped Israel with H-bomb - 1980s report declassified) (Critical Technology Assessment in Israel and NATO Nations)
パキスタンで戦士の勧誘を手がけてきたISISの幹部が、パキスタン当局に逮捕され、自白したところによると、米当局はISISが一人戦士を勧誘するごとに、旅費などとして500-600ドルをISISに渡すことを繰り返してきたという。ISISやアルカイダは、米イスラエルが育ててきた勢力だ。 (Islamic State (ISIS) Recruiter Admits Getting Funds from America) (Islamic State operative confesses to receiving funding through US - report)
イスラエルは米軍(米欧軍)が中東に駐留する状況を恒久化するため、米の軍産複合体はこのイスラエルの策に乗って米軍事費の肥大化を恒久化するため、ISISやアルカイダを操って跋扈させ、シリアやイラクを恒久的に内戦状態にする策を展開している。軍産イスラエルとISISやアルカイダは同盟関係にある。 (イスラム国はアルカイダのブランド再編)
この事態を打破し、中東を安定化し、米軍が撤退できる状況を作るため、イランやアサド政権やヒズボラのイラン・シリア連合軍と、オバマは同盟関係にある。イランの背後にいるロシアや中国も、この同盟体に入っている。シリア内戦の解決策として最も現実的なのは、アサド政権と反政府勢力の停戦を大国が仲裁することだが、それをやっているのはロシアだ。米政府はロシアの仲裁を支持している。また中国は以前、中東の国際問題に介入したがらなかったが、最近ではイランの核問題の解決に貢献する姿勢を強めている。事態は、不安定化や戦争を画策する軍産イスラエル・米議会・ISISアルカイダ連合体と、安定化や停戦を画策するイラン露中・アサド・ヒズボラ・オバマ連合体との対立になっている。 (Kerry Supports Syrian Peace Talks in Russia) (China's foreign minister pushes Iran on nuclear deal)
日本は先日、2人の国民がISISに殺された。戦後の日本人は、戦争を好まない民族だったはずだ。本来なら、ISISを本気で潰して中東の戦争を終わらせて安定化しようとするイラン露中・アサド・ヒズボラ・オバマ連合体の一員になってしかるべきだ。しかし最近の日本は、オバマの大統領府でなく、軍産イスラエル複合体に従属する国になっている(ドイツなど欧州諸国も同様だ)。
ISISが日本人2人を殺すと脅迫した事件は、安倍首相が、ISIS退治に2億ドル出すと表明しつつ、ちょうどイスラエルを訪問している時に起きた。イスラエル政府は、ISISが日本人を殺そうとしていることを非難し、日本と協力してISISと戦うと表明した。しかしイスラエルは実のところ、裏でISISやアルヌスラを支援している。 (安倍イスラエル訪問とISIS人質事件)
2人殺害の事件が起きるまで、日本のマスコミはISISについてあまり報じなかった。遠い中東で起きている複雑な背景の現象だから、報道が少ないのは当然だった。だが事件後、テレビは毎日必ずISISのことを報道する。これは911後のテロ戦争と同様、米国(軍産)主導の新たな国際体制を作ろうとする時のプロパガンダ策のにおいを感じる。
軍産イスラエルは、自分たちが支援しているISISが日本人やヨルダン人や米英人やエジプト人らを次々と殺害し、世界がISISとの戦争に巻き込まれ、中東に軍事関与せざるを得ない事態を作ることで、911以来14年経って下火になってきた、テロリストが米国の世界支配を維持してくれる「テロ戦争」の構図を巻き直そうとしている。イスラエルは、オバマやEUなど、世界から敵視を強められている。それに対抗する策としてISISは便利な存在だ。
安倍首相のイスラエル訪問は、安倍がイスラエル現地で会ったマケイン米上院議員ら、米政界の軍産イスラエル系の勢力からの要請を受けて行われた(イスラエルはパレスチナ問題で欧州に経済制裁される分の投資や貿易を日本に穴埋めさせたい)。安倍は軍産イスラエルに頼まれてイスラエルを訪問し、訪問とともにISISに人質事件を起こされ、軍産イスラエルの新たなテロ戦争に見事に巻き込まれた。日本は、ISIS人質殺害事件を機にイスラエルとテロ対策で協調を強めようとしているが、これは防火体制を強化する策を放火魔に相談するのと同じで、とても危険だ。
今のイスラエルの危険さは、国際的に追い詰められている点にある。イスラエルは国際政治力に長けていて謀略の能力が高い。対照的に戦後の日本は、対米従属の国是をまっとうするため、国際政治や謀略の技能を自ら削ぎ、国際情勢に無知な、諜報力が欠如した状態を、意図して維持してきた。そんな無知な日本が、追い詰められた謀略国イスラエルに、のこのこと接近している。ひどいことにならないことを祈るしかない。
軍産の世界支配を壊すトランプ
2018年7月24日 田中 宇
昨今の国際情勢は、「軍産複合体」(深奥国家、軍産)の存在が見えていないと理解できない。軍産は、米国の諜報界を中心とする「スパイ網」で、第2次大戦後、米政界やマスコミ、学術界、同盟諸国の上層部に根を張り、冷戦構造やテロ戦争(第2冷戦)の世界体制を作って米国の覇権体制を維持してきた。米国の諜報界は、第2次大戦中に英国(MI6)の肝いりで創設され、当初から英国に傀儡化・入り込まれている。英国は冷戦終結まで、英米間の諜報界の相互乗り入れ体制を使い、軍産の黒幕として機能し、英国が間接的に米国覇権を動かしてきた。911後、英国の代わりに、中東情勢に詳しいイスラエルが軍産の黒幕となった。 (覇権の起源)
トランプは、軍産の支配構造・覇権体制を壊す戦略を、相次いで展開している。首脳会談による北朝鮮やロシアとの敵対の解消、同盟諸国の少ない軍事費負担を口実にNATOを脱退しようとする動き、関税引き上げの貿易戦争によって同盟諸国との関係を意図的に悪くする策、NAFTAやTPPからの離脱など、トランプの軍産破壊・覇権放棄戦略は、安保と経済の両面にわたっている。米国の上層部には軍産支配を好まない勢力も冷戦時代からいたようで、これまで軍産の戦略が失敗するたびに、失敗からの回復を口実に、軍産の支配体制を壊そうとする動きが起きた。ベトナム戦争後の米中和解、その後の米ソ和解(冷戦終結)などがそうだ。911以来のテロ戦争が失敗した後に出てきた今のトランプも、その流れの中にいる。 (ニクソン、レーガン、そしてトランプ)
軍産の一部であるマスコミは、自分たちの正体を隠すため、トランプが軍産と戦っている構図を報じない。大半の人々は、マスコミ報道を鵜呑みするしかないので軍産の存在を知らない(または、空想の陰謀論として否定している)。多くの人々は、素人のトランプが専門家(実は軍産)の助言を無視し、有害で不可解なことを続けているとしか思っていない。しかし実際には、人類の未来を賭けた、トランプと軍産との激しい暗闘が続いている。 (米大統領選挙の異様さ)
米国が世界で唯一の覇権国である限り、米国上層部での、軍産派と反軍産派との暗闘が続き、軍産のふりをして戦略立案担当部局に入り込んだ反軍産派が、軍産による戦争戦略を過剰にやって失敗させ、ベトナムやイラクの失敗が繰り返され、何百万人もの人が死ぬ。軍産支配が続く限り、中国ロシアなど新興市場諸国の経済発展が、経済制裁によって抑止され、世界経済の発展を阻害し続ける。この悪しき状況を脱するには、米国が唯一の覇権国である戦後の世界体制を解体し、覇権の一部を米国以外の国々に持たせる「覇権の多極化」が必要だ。 (世界帝国から多極化へ)
米国の力が低下した70年代には、日独に覇権の一部を持たせる構想が出た。だが、戦後の日独は上層部が米国傀儡の軍産であり、日独は、米国からの覇権移譲を拒否した。日本への覇権移譲に前向きだった田中角栄は、日米の軍産からロッキード事件を起こされて無力化された。多極化は、同盟国以外の国々、つまり中露やBRICS、イランなど非米諸国を対象に行われる必要がある。非米諸国の中で、特にロシアは、米ソで世界を二分していたソ連時代の遺構があり、米国からの覇権移譲に積極的だ。それだけに、軍産はロシアを激しく敵視している。14年からのウクライナ危機は、ロシア敵視強化のために米諜報界が起こした。 (危ない米国のウクライナ地政学火遊び) (日本の権力構造と在日米軍)
軍産(米諜報界やマスコミ)は、中国やロシアがいかに悪い国であるか、多くの歪曲や誇張を含む形で延々と喧伝(諜報界からのリークとして特ダネ報道)し、米国が中露を敵視せねばならない構図が定着している。歴代の米大統領は、軍産の力を削ぐため中露に覇権の一部を譲渡したくても「敵に覇権を渡すなどとんでもない」という主張に阻まれて失敗する。米国が、覇権の一部を中露に渡すには、正攻法でなく、逆張り的な手法が必要だ。その手法は、少なくとも2種類ある。 (軍産複合体と正攻法で戦うのをやめたトランプのシリア攻撃)
逆張り手法のひとつは「過剰敵視策」で、中露イランなどの非米諸国をことさら敵視し、非米諸国が団結して自分たちを強化し、米国の覇権外に新たな国際秩序(地域覇権体制)を作るように仕向け、この新たな非米的国際体制の地域に対する覇権が、米国の手から離れていくようにするやり方だ。01年の911事件で軍産が米国の政権を再掌握したことを受け、中露の結束が強まり、上海協力機構やBRICSなどが、非米諸国のゆるやかな同盟体として立ち上がった。 (中露を強化し続ける米国の反中露策)
逆張り手法のもうひとつは「再建押し付け策」で、米国が中東などで間抜けな戦争を起こして泥沼化して失敗し、その後始末と国家再建をロシアやイランなど非米諸国に任せ、その地域をロシアやイランの覇権下に押しやる方法だ。この手法は、米国の軍事占領の失敗とともにイランの傘下に入ったイラク、軍産がISアルカイダにやらせた内戦が失敗した後でロシアとイランの傘下に入ったシリア、軍産が扇動して核武装させた後、中国の傘下に押しやられた「6か国協議」以来の北朝鮮などで行われてきた。最近では、軍事政権復活後に情勢不安定が続くエジプトや、その隣国で軍産に政権転覆させられ失敗国家になっているリビアも、ロシアに再建が任されている。イスラエルの安全保障もロシアに任された。ロシアは中東の覇権国になっている。 (北朝鮮を中韓露に任せるトランプ)
▼同盟諸国を怒らせて対米自立させるトランプ独自の新戦略
70年代の金ドル交換停止やベトナム戦争など、覇権放棄・多極化の逆張り手法は昔から行われてきた。トランプが初めて手がけた逆張り手法は、同盟諸国に対する過剰敵視策だ。これは、貿易と安保の両面にわたっている。トランプは「敵方」の中国だけでなく、同盟国であるEUやカナダ、日本にも懲罰関税の貿易戦争を仕掛け、同盟諸国を、米国に頼らない貿易体制を考えざるを得ない状況に追い込んでいる。TPPやNAFTAからの離脱も同様だ。同盟諸国は、米国に頼らない分、中国など非米諸国との貿易を強化せざるを得ない。 (軍産複合体と闘うオバマ)
安保面では、同盟諸国が軍事費を増やさない場合、NATOから離脱するとトランプが表明したのが、トランプ独自の逆張り策だ。同盟諸国に軍事費増加を強く求めるのは、軍産が以前からやってきたことだ。トランプは、この要求を過剰・過激に展開し、NATO離脱までつなげようとしている。今のところ共和党内の軍産の猛反対を受け、トランプはNATO離脱構想をすぐに引っ込めたが、もし11月の中間選挙で共和党が議会上下院の多数派を維持できたら、米政界でのトランプの力が強まり、トランプはNATOとWTOから離脱を決断するとの予測が出ている。 (The risk of calling Trump a traitor)
トランプは、日本やEUに対し、ドル高・円安ユーロ安を維持するQEなど緩和策をやめろと言い出している。また彼は最近、伝統的な米連銀の自立性(を口実にした大統領弱体化・軍産強化策)を破り、米連銀に、利上げしないでドル安・低金利を維持しろと加圧し始めている。これらは貿易戦争と相まって、短期的な対米輸出の抑制と、長期的な米国債券への信用低下をもたらす。米覇権に永久にぶら下がりたかった同盟諸国は今や、トランプ政権が続く限り、安保と金融貿易の両面で、対米自立・非米化の方向に追い立てられ続ける。日本の官僚機構は、自国を滅ぼしても、自分たちの隠然独裁を守るため対米従属に固執するだろう(日本人は誰もそれを止めない自業自得)。だが、ドイツなどEUは、EU軍事統合を進め、対米自立していく。 (Trump criticises Federal Reserve’s interest rate rises)
軍産は、16年のトランプ当選以来、トランプがロシアのスパイであるとする「ロシアゲート」の濡れ衣を誇張してスキャンダルに仕立て、軍産に敵対してくるトランプを無力化しようとした。このスキャンダルでトランプ側近が何人か辞任したり起訴されたが、結局、トランプ陣営入り以前の行動で微罪になった者がいただけで、トランプ政権としての犯罪行為は何も出てこなかった。今年初め以降、共和党のトランプ支持議員たちが、民主党オバマ政権がトランプを陥れるために(軍産の一部である)FBIなどを使って過剰な捜査や歪曲された報告書を作った容疑を問題にして反撃し始めた。ロシアゲートの中心部は、ミュラー特別検察官によるトランプ陣営に対する捜査だが、この捜査に対する米国民の支持は減り続けている。半面、トランプへの支持は増えている。ロシアゲートで軍産がトランプを弱体化するのは不可能になっている。 (Public Support For Mueller Investigation Waning) (ロシアゲートで軍産に反撃するトランプ共和党)
トランプは政権の1年目、軍産からロシアゲートで攻撃されていたため、軍産(特に共和党内)からの反対が少ないNAFTAやTPPの離脱から、覇権放棄・同盟国の非米化追いやり策を開始した。トランプは今年5月、イラン核協定からの離脱も決行したが、これも、オバマが作ったイラン核協定の体制下でイランと経済関係を拡大していた欧州や中国が、米国抜きのイラン核協定を維持せざるを得ない状況を作り、世界体制の非米化(多極化)と米国の覇権放棄を進めようとする逆張り戦略だ。もともとイラン敵視は軍産の戦略だ。トランプはこれを過剰に進め、覇権を軍産の手から引き剥がす逆の効果を出している。トランプが昨年末に決定した、駐イスラエル米大使館のエルサレム移転も、軍産の「親イスラエル・反イスラム」の策を過剰にやり、米国がパレスチナ問題を放棄する覇権放棄の領域まで到達させる計略だ。イスラエルは昔から米国に大使館のエルサレム移転を頼んでいただけに、それが米国の中東覇権の放棄につながるものであっても断れない。 (米国を孤立させるトランプのイラン敵視策) (トランプのエルサレム首都宣言の意図)
トランプは、今年に入ってロシアゲートの濡れ衣を克服し始めた後、6-7月に北朝鮮やロシアとの首脳会談を相次いで挙行した。北朝鮮もロシアも、軍産の存在基盤ともいうべき敵視策の対象国だ。北やロシアが米国の敵でなくなると、軍産は、米国覇権を維持してきた世界的な敵対構造の重要部分を失う。韓・在日米軍の撤退や、NATOの解散ないし無意味化が引き起こされ、朝鮮半島は中国の覇権下に移り、欧州は対米自立して親露的になって、戦後の米国覇権が崩れて多極化が進む。北朝鮮が中国の覇権下に、中東がロシアの覇権下に入るのは数年前からの流れだが、トランプの首脳会談は、この流れを加速する効果がある。
トランプは、金正恩やプーチンとの首脳会談で、閣僚を同席させない1対1の会談を中心に据えた。これによりトランプは、金正恩やプーチンと個人的に親しい首脳間の関係を築き、首脳間で親しい関係がある限り、もう北もロシアも米国にとって脅威でないと言い始めた(同時にトランプは首脳会談の中心を1対1にすることで、軍産に会談内容が漏れるのを防いだ)。 (北朝鮮に甘くなったトランプ)
首脳会談は米朝も米露も、決定的なことが決まったわけでない。米朝首脳会談は史上初だったが、北朝鮮はその後、核廃絶の具体的な動きを加速しておらず、軍産傘下のマスコミは「米朝会談は失敗だった」と喧伝している。米諜報界は傘下のマスコミに「北朝鮮が核ミサイル開発を再開したようだ」とする根拠の薄い捏造誇張的な情報を流して報じさせ、トランプに対抗した。米露首脳会談は、事後の発表の中身が薄く、おそらく重要な決定(主に中東問題。シリア、イスラエル、イラン)が非公開のままになっている。会談後の米露並んでの記者会見でマスコミはロシアゲートばかり問題にし、首脳会談の見える部分がますます無意味になった。軍産側(元CIA長官ら)は「プーチン非難しなかったトランプを大逆罪で弾劾すべきだ」」とまで言っている。 (Trump Stands His Ground on Putin by Patrick J. Buchanan) (中東の転換点になる米露首脳会談)
米朝と米露の首脳会談は、軍産によって悪い印象を塗りたくられたが、トランプが北やロシアの首脳と個人的に親密な関係を構築して敵対を減らしたことは生きている。米朝関係の改善とともに、韓国が北との関係を強化し、中国は北への経済制裁を隠然と解除した。トランプがいる限り、軍産が邪魔しても、米朝関係は「味方でないが敵でもない」状態が続き、そのすきに韓国中国ロシアが、北を非米側の経済圏に取り込み、北が経済的に安定し、南北の和解が進んで、核問題を棚上げした状態で、実質的な朝鮮半島の和平が米国抜きで進む。日本は、北と和解しないなら、東アジアの新秩序の中で孤立していく。
米露関係についてトランプは、中東の覇権をプーチンに引き渡す動きと並んで、トランプが欧州との同盟を粗末に扱う一方でロシアと親しくするのを見て、欧州諸国が、自分たちも米国との同盟を軽視してロシアと親しくしようと考える新たな傾向を生んでいる。ポピュリスト政党出身のイタリアの内相は先日、14年のウクライナ政権転覆について「外国勢力(米諜報界)が発生を誘導したインチキなものだ」と正鵠を穿つ発言をテレビの取材で表明し、ウクライナの米傀儡政権を激怒させた(痛快)。ドイツでは主流派の中道左派のSPDは、対米自立と対露協調を望んでいる。 (Ukraine Furious After Italy's Salvini Calls 2014 Revolution "Fake" And "Foreign-Funded")
トランプの別働隊であるスティーブ・バノンは最近、欧州の親露・非米的なポピュリスト勢力の台頭を支援する政治運動をブリュッセルで立ち上げた。この運動は表向き「EUを壊す」のが目標だが、裏の実体的な目標は「EUを怒らせて対米自立させる」ことだろう。 (Former Trump aide Bannon sets up political group to ‘paralyze’ EU: Report)
マスコミを読んでいるだけだと、米国ではいまだにロシア敵視が強いと思いがちだが、米国の有権者、とくに共和党支持者は、79%がトランプの米露首脳会談を支持している。共和党の草の根におけるトランプの支持が増えている。トランプの戦略は、軍産マスコミを飛び越して、直接に米国民に伝わっている。対抗する米民主党は、草の根で反軍産的な左派が伸張して軍産傀儡の党主導部の議員たちへの反逆を強め、党内が分裂している。このまま行くと、中間選挙も次期大統領選挙も、トランプの共和党が優勢になる。不測の事態が起きない限り、トランプが軍産支配を破壊する流れは今後も続く。 (Republicans 'Overwhelmingly' Approve Of Trump's Helsinki Performance, Poll Shows)