今日はトレーナーの試験でした
結果は2ヶ月先のようです。手応えは五分五分という感じです。しかし試験勉強で身になったことは多かったと思います
良く家の鍵を閉めたかな?と思い見に戻り、結局閉まっていたということありませんか?また、何かをしたときや次の動作に移るときなど、意識せずに手に持っていたものを置いてしまい、あとからあれどこに置いたかな?ひどいときだと、落としたかな?とか忘れたかな?と思ったりしませんか?
私良くあります。結構そこが気になりますこれって自分だけかなと思っていたら、知り合いの方にもいました
一つの動作や物事に注意がいってしまい、当たり前にやっている行動や手に持っているものなどの注意が疎かになることで起こるのでしょう。
逆を言えば、次の動作に対して意識や注意、考えを向けるには、今ある物事というのはそこにも意識を向けるということになるため、脳には邪魔になります。したがって今ある物事を消去または次に切り替えたほうが効率が良いと思います。
鍵や手に持ってる大事なものだと、大変なことですが、スポーツや日常の動作のとき実はそれが役に立っているのかも知れませんね。
と良い方に考えてみました
私達は普段何気に歩いていますね。そして、歩くのには脚を鍛えるのが大事だと言われると思います。
また、膝などが痛いなどと言うとき、太ももの筋力が弱いから太ももを鍛えなさいと言われると思います。
それは凄い大事なことではあると思います。
しかし、腹筋群や深部の筋群を含む上半身の筋群による、体の引き上げや軸のブレの抑えがなければ、重心は低くなり股関節、膝、足首などの脚にかかる負担は大きくなります。
またいわゆる変形性と言われる、膝の症状の原因にもなると思います。
当たり前に歩いていても、上半身をかなり使っていることになります。ただ1番作用していると感じられる脚に意識がいきがちです。さらに上半身の引き上げや腹筋群や深部の筋群などは歩きで感じられにくいと思います。
なのでトレーニンなどでそこも意識したほうがよく、そこが楽に使えるようになり、腹筋群や体の引き上げや深部の筋群が自然使えたり、出来たりすれば脚の負担は楽になり動きやすくなるということになります。
また、下半身と上半身の連動した動きもしやすくなること でしょう。
今日患者さまが腹筋を意識したら、脚が楽に運べましたという話を聞いてちょっと思いました。
10月になりました。旧暦では神無月(かんなづき、かみなしづき)と呼とよばれていますね。
一般的には島根県出雲市の出雲大社に、一年の事を話し合うため神様が集まり、出雲以外には神様が居なくなる月という意味とされています。
従って出雲では神在月(かみありづき)となります。そして10月に「神在祭」という神事が行われます。
少し調べたところ
また諏訪大社の周辺も神在月とされています。(諏訪明神が大きすぎて、集まった神様たちは驚き、気を遣って、出雲にこなくてもよいとされたため)
全国から集まる神様たちを迎える「神迎祭」が行われ、その後、「神在祭」が行われる。そして各地にもどる神様たちを見送る「神等去出祭」がで行われそうです。
出雲大社の荒垣内には、神様たちの宿舎となる「十九社」があります。
他にも神無月の語源として、
雷無月(かみなしづき):雷のない月
神な月(かみなづき):神の月
醸成月(かみなんづき):10月は新穀が採れて新酒を造る月
神嘗月(かんなめづき):五穀の新穀を感謝する新嘗(にいなめ)の準備をする月。
という説もあるそうです。
知られていますかね!?