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セタッシーは時空移動
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大政奉還から150年である!
大政奉還とは、江戸時代末期の慶応3年1867年11月9日に江戸幕府第15代将軍徳川慶喜が政権返上を明治天皇に奏上し、15日に天皇が奏上を勅許した政治的出来事である。
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そんな大昔の話じゃないね。祖父や祖母が健在の人は聞いてみよう!「おじいちゃんのおじいちゃんってどんな人だった?」と
実はこの頃、江戸幕府に不満を持つ者、日本の夜明けを夢見る者とで日本中は大混乱に陥っていました。
そんな大混乱の日本を植民地支配しようと外国が狙っていたのです。新政府軍の陰にはイギリスが、徳川幕府軍の陰にはフランスがついていました。
植民地支配の恐れに気付いた慶喜は、このタイミングで新政府軍と徳川幕府軍の戦いが始まれば、すんなりとイギリスかフランスの植民地支配されることが予想されたために、慶喜は大政奉還を行い争いを避けたのです。
大政奉還を行えば、新政府軍は徳川幕府軍を倒す理由を失い、争う必要がなくなるからです。
しかし、大政奉還=政権交代の意味ではなく、大政奉還後も政治の実質的リーダーは慶喜であったことから、結局は新政府軍と徳川幕府軍が争うこととなった「戊辰戦争」、そして明治新政府という歴史を辿ることとなります。
この大政奉還が行われたことで源頼朝の時代から約680年間続いた日本の武家政権は終わりを迎えました。
ともあれ、植民地支配の危機から日本を救った慶喜は、もっと高い評価を得ても良さそうです。
しかし日本はその後、近代国家に発展しました
が明治憲法、大日本帝国憲法と日本ファーストを目指しましたが欧米列強のように他国を植民地支配する事、軍事暴力政権を天皇陛下の権威を利用する軍人が跋扈しはじめて教科書がなかなか教えない日本の負の近現代史なったね
古事記や日本書紀など日本創造は現実でないファンタジー物語である
小学生から歴史、公民、政治義務教育は、現在のリアルな政治や憲法や選挙システムや模擬投票などから今を学び、それから歴史をさかのぼり、この平和憲法の75年そして敗戦、大東亜戦争に至った経緯から大政奉還ぐらいまでを重点的に学んでもらいたいね。
大河ドラマとか歴史小説はエンターテインメントだから事実ではないフィクションだし
アベシンゾーのような歴史修正主義が現れたので証拠や生き証人がある戦争中の話も美しい國ニッポンと美化されちゃうからね。
まずは今のリアルな現実を把握する事から始めよう!