街を歩いていると、不意に、声を掛けられました。
「ねえ。ちょっと見てください」
同じ年配の、ごく穏やかな雰囲気の女性です。
人懐っこく笑って、下からすくうような視線で語りかけてくるのです。
えーっと、どこのお知り合いだったっけ。
と、考えるまもなく、
「見て下さい。あたしの靴」と、足元を差しています。
「右と左と別々の靴を履いてきてしまったの」
私が見下ろすと、「ね、違うでしょ」
同じようなキャメルのローヒールのパンプスです。
よく見ると、一方は細いリボンがついて、もう片方はすっきりとなにもなし。
「似てるから、気がつかなかったの。」
「ありますよね。私もソックスなんかでやったことあります」
「今、気がついたんですよ。おかしくて」
「でも、言われないと気がつきませんよ」
「おかしくって。あたしって、なんでしょう」
「よくありますよね」
「笑っちゃうでしょう」
「ええ、でも、目立ちませんよ」
彼女を後にして、三分後――私も相づちが下手だなあと反省。
「おかしいですね! ハハハ。」と言ってあげればよかった?
「買いなさいって、しるしじゃないですか。そこに靴屋さんがありますよ。ハハハ」
せっかく、「見て下さい」と言われたのに。わざわざ、見て下さいと言われたのに。
それとも、彼女の期待は別のところにあったのかしら。