〈トランプ時代のアメリカを歩く〉第3回 ホワイトハウスVSメディア
2017年6月4日
報道への信頼低下が顕著
米国の政界では大統領就任日から100日間は「ハネムーン期間」とされ、新政権の政策や言動に対して、メディアが“お手並み拝見”と、手厳しい批判を控える“慣行”があります。しかし、トランプ政権とメディアは政権発足時から激しく対立。異例と言える「ホワイトハウスVSメディア」関係について、現場の記者やメディア専門家はどう見ているのか――。首都ワシントンDCで取材しました。(記事と写真=光澤昭義)
4月29日夜、ホワイトハウス記者会主催の夕食会がワシントンDCで催された。会場に集ったメディア関係者や著名人の数は2600人超。例年ならば、現職大統領がスピーチを行うが、夕食会場にトランプ大統領の姿はなかった。
同時刻、トランプ大統領は、北東部ペンシルベニア州ハリスバーグの集会に出席し、大勢の支持者の前で演説していた。自身が欠席した夕食会について「ずいぶん退屈なディナーになっているだろう」と嘲弄する一こまも。
トランプ大統領は政権に批判的なメディアの報道を、しばしば「フェイク(偽)ニュース」と批判し、記者たちを「非常に不誠実な人々だ」と切り捨ててきた。
大統領が出席しなかった記者会主催の夕食会は、1981年のロナルド・レーガン第40代大統領以来。ただし、この時は直前に銃撃を受けたことが理由であり、レーガン大統領は、電話メッセージを寄せている。その意味で、トランプ大統領の欠席は異例中の異例だ。
トランプ政権のショーン・スパイサー報道官は、記者会見の大幅な改革を推進している。例えば、質問は主要メディアを最初に指名する習わしだったが、保守系メディアから指名するようになった。都合の悪い質問には答えず、途中で打ち切ることも……。
こうした政権の手法を、現場の記者は、どう見ているのか。
5月16日夜、ワシントンDCで、米国の高級紙クリスチャン・サイエンス・モニターのリンダ・フェルドマン記者に実情を聞くことができた。
フェルドマン記者は、2002年からホワイトハウスを担当。ジョージ・W・ブッシュ第43代大統領、バラク・オバマ第44代大統領の両政権も取材してきた。
「ブッシュ時代も、オバマ時代もホワイトハウスと記者との間には常に緊張感がありました。政権をチェックするのがメディアの役割ですから……。緊張関係は、米国の言論の自由の象徴であり、民主主義への敬意を表すものです」
だが、トランプ政権になり、記者会見場は騒然とした状況にあり、まるでテレビの視聴者参加番組のようだという。
「トランプ大統領は主要メディアと確かに対立していますが、本音では注目されることを好みます。実際、大統領はインタビューに数多く応じ、メディアを利用している面もあります」
今年1月20日の大統領就任式への参加者数を巡り、ニューヨーク・タイムズ紙はじめメディア各社が「オバマ前大統領が就任した8年前と比べて減少」と報道。それに対し、スパイサー報道官は「過去最高だ」と反論した。
写真を見比べると多寡は一目瞭然。「なぜ報道官にウソを言わせたのか」との追及に、ケリーアン・コンウェイ大統領顧問は「オルタナティブ・ファクト(もう一つの事実)だ」と主張した。
2009年まで20年間、CNNの政治解説者を務めたジョージ・メイソン大学のビル・シュナイダー教授は「情報操作だ」と政権側を一蹴する(5月17日、ワシントンDCで)。
「それでも強力なトランプ支持者は政権側につく。主要メディアをエスタブリッシュメント(既成の体制派)と見なしているため、信用しないのです」
5月15日、ラストベルト(さびついた工業地帯)のウィスコンシン州ミルウォーキーでトランプ支持者にインタビューした際も、テレビや新聞などの主要メディアを強く批判する声が多かった。
「反エスタブリッシュメントのポピュリズム(大衆迎合主義)が国民に浸透している結果です」と教授は分析する。
近年、市民のメディアへの信頼低下が顕著になっている。米ギャラップ社の世論調査(昨年9月)によれば、「メディアの報道を信頼している」と答えた割合は32%。過去最低を記録した。
それには、ネットメディアの急速な発展も大きく影響しているという。
インターネット上では、過去の検索履歴に応じ、ユーザーは好みに最適化された情報を入手する。こうした「フィルター機能」が働く結果、リベラル派はリベラルな記事ばかりを読み、保守派は保守的な記事のみに接するようになった。
「既に信じていることを再確認するために、ソーシャルメディアを使う人が多い」(シュナイダー教授)。見たいものしか見ない傾向は一段と強まっている。
記者が米国に到着した5月10日、トランプ大統領は連邦捜査局(FBI)のジェームズ・コミー長官を解任。新聞・テレビの報道も“解任問題”一色に染まった。
大統領選挙へのロシアの介入が疑われる中、トランプ大統領自身の疑惑も浮上。リチャード・ニクソン第37代大統領が辞任に追い込まれた「ウォーターゲート事件」になぞらえ、「ロシアゲート疑惑」と報ずるメディアもある。
45年前のウォーターゲート事件は、全米を揺るがした一大政治スキャンダルだ。民主党本部で起きた盗聴侵入事件にニクソン政権が深く関与していることを暴いたのは、ワシントン・ポスト紙の報道であり、事件を調査したのは2人の若い記者、カール・バーンスタインとボブ・ウッドワードだった。
後に2人の手記『大統領の陰謀』はベストセラーに。映画化もされヒット作となった。
この映画のクライマックスでは、ワシントン・ポスト紙のベンジャミン・ブラッドリー編集主幹が、記者2人に語り掛ける。
「守るべきは合衆国憲法の修正第1条・報道の自由、この国の未来だ」
〈修正第1条は「信教・言論・出版・集会の自由、請願権」を保障する〉
言うまでもなく、米国大統領の権限は絶大だ。その一方で、米国は厳格なまでに司法・立法・行政の三権分立を守る。三権相互の抑制と均衡(チェック&バランス)で権力を制限するとともに、メディアの監視機能も重視しているのだ。
現在、トランプ大統領は、自身のツイッターがメディア各社を上回る視読者を獲得していることから、それを頼みとして事実に反する主張を展開することも多々ある。
シュナイダー教授は「合衆国憲法は権力の乱用を防ぐようにつくられているが、それには、国民が常に強い危機意識をもつことが求められます」と警鐘を鳴らす。
また、フェルドマン記者は「膨大なフェイク情報が流れる時代だからこそ、ファクト(事実)を重視する報道の役割はいやまして重要です」と語っていた。
今どきのネット情報戦が生み出す悲劇…にならなければいいんだけどねぇ。