【2018年6月下旬】
前回から約1ヶ月。
再び芦屋駅である。(冒頭写真)
すでに時刻はまもなく16時になろうとしている。
そう、どえりゃ~遅い出発なのさ。
喘息持ちのコスモタイガー、単身赴任3ヶ月目で疲れも出たのかな?
今月に入って体調崩しちゃってね。
やっとランニングを再開してまだ1週間弱。
今日も午前中、内科を受診したところなのさ。
さりとて社宅で1人で過ごすのも何だかね~。
100%ではないけど、走れる状態には戻ってきてるしね~。
ってことで急遽西国街道の残りを走ろうと思い立つ。
幸い?走行距離も短めで、街道だけで12~13km。
起伏もほとんどない。
しかも6月下旬の今は、1年でもっとも日が長い時期。
7時前後までは明るいからね。
快気祝いの軽めの旧街道runにはちょうどいい!と思ったのさ。
とはいえ、のんびりダラダラ、というわけにはいかない。
早速前回のゴール地点、国道2号「茶屋之町北」の交差点に出る。
この交差点の西側で、旧街道は国2に吸収されるんだね。
はい、スタート早々、何の変哲もない国道run。
ひたすら西へと走る。
ここから3km以上、なーーんにもない国道runが続くことはリサーチ済み。
まぁ、トレーニングに集中!と割り切るしかない。
てか、それがメインなんだけどね♪
業平橋を渡る。
在原業平と何か関係あるんだろうか?
残念ながら国道にかかる普通の橋で、由緒書きもない。
いつの間にか芦屋市から神戸市になり、小さな水路を渡れば「田中東」の交差点。
ここに小さな神社が現れる。
やっと最初のチェックポイントだ。
西国街道を示す案内板も久々にお目にかかった。
この神社及びその後方の民家と、隣のコインパーキングの境目が斜めになっている。
実はこのコインパーキングが旧街道の跡なんだよね。
残念ながら民家に遮られ、走行不可。
仕方ないから、国道を進み、1本先の診療所のところで右折すれば、すぐ左に分岐する西国街道に巡り合う。
100mも進むと、これまた片側2車線の広い道に出る。
そのまま直進。(信号ないから、いったん国道まで迂回してね。)
街道らしく…はないけど、静かな裏道に入れただけで、ホッとする。
500mほど走った先の十字路の右手に、「花松首地蔵」。
首から上だけ、それも異様にでかい、不気味なお地蔵さんだ。
すぐに道は左に90度折れ、国2へ合流。
再び国道runとなった。
そしてこんな史跡には、余所者の自分ですら胸がチクリと悲しくなる。
この辺はあの震災でもっとも被害の大きかった地域なんだね。
住吉駅前。
正式には「住吉東町5」らしいけれど、この交差点を左折。
次、住吉小学校の正門?の前で右折。
再び西へ向かって走ることになる。
周囲は住宅街だから、全く見どころもない。
そのまま進んで、阪神電鉄の御影駅前に出た。
弓場筋というらしい広い道をそのまま横断して直進。
右手、御影公園を過ぎたら右折する。
右側の大きな校庭は、御影中学校。
その門の前に、いかにも年季の入った松の木が立っていて、街道の面影を感じさせる。
ここで左折ね。
この辺は道的には難しいけど、案内板が設置されているから安心だ。
小さな水路を渡る橋の名前は「一里塚橋」。
名前通り、この辺りに一里塚があったんだね。
そのまま御影幼稚園と御影小学校の間の道を走るのが西国街道ね。
さらに直進すると、石屋川に出て、その手前でT字路になっている。
ここは「徳川道」との分岐点、とあるが、その徳川道は江戸末期に敷設された迂回路、とあるものの、なぜ徳川なのかの説明はない。
コスモタイガーも知らない。
このT字路を左折して、またすぐに右折で、石屋川を渡る。
そのまま住宅街の中をまっすぐに。
左手少し離れて、高架となった阪神電車の線路が見えている。
で、しばらく走ると「新在家」駅到着。
もちろんただの通過点。
烏帽子中学校が右にある。
さて、この十字路を直進しろという資料と、右折して中学校に沿って走れとする資料があるんだよね。
でもさ、コスモタイガー的にはここは右折だ。
なぜならこの先、中学校の門前に、「烏帽子地蔵」があるからね。
ここを左折し、再び西へ。
でも地図を何度も見返すと、さっきの直進の道の方が街道らしい雰囲気あるんだよね。
きっと升形だっんじゃねーの?ここ。
どっちの資料も半分正解、半分間違いな気がする。
いくつかの旧街道を自分の目で見て足で走ってきた「勘」を信じよう!
次の角で1本南下し、さっきの道に戻る。
直進すればそのまま都賀川を渡る。
渡ってすぐ右折し、国2に出る。
そして信号を渡っておく。
約400m、国2を走ると、「西灘」という交差点で国道は左へカーブ。
ここから分岐する直線路が旧街道なんやね。
しばらくはまた1本道で地図もいらない。
これまた普通の市街地風景で、特段見るべきものもないからね。
黙々と走るのみ。
岩屋駅前を通過。
ここから阪神電車は地下に潜るんだね。
旧街道はその上を走ることになる。
さぁ、そしてゴールの三宮まではあと少し!
もうこの道をひたすら走るだけ!
随分と都心に入ってきた感あるし、2車線道路には街道らしい雰囲気はまるでないけれど、忘れたころに案内板もあったりしてホッとする。
少し進むと、こんな街中にひっそりと、「脇浜子安地蔵」。
頭上を斜めに横切る高架は、かつて存在した臨港線の跡で、現在は遊歩道になっているようだ。
さらに進めば大きな案内板。
まぁね、西から旧街道楽しむなら、これは良い目印になるよね。
いよいよラストスパート!
通行人が一気に増えてきて、繁華街の雰囲気に。
「あじさい通り商店街」の名前がついている。
大幹線に突き当たった信号で、この道は行き止まり。
着いた!ゴール!
これにて狭義の西国街道制覇!
時計は18時を少し過ぎており、ほぼ想定通り。
振り返れば、西国街道のもう1つの始まりであることを示す案内板を確認できるんだね。
距離的にちょっと物足りない感もあるけど、とりあえず充実感。
…に浸る状況でもなく、凄い人!
まぁ、土曜日とはいえ、帰宅時間帯だもんね。
西国街道としてはここで終点なんだけど、クールダウン兼ねてもう少しだけ走ってみよう。
恐らく道としてはこの先も続いてたんだろうからね。
でも目の前は神戸市の中心駅で巨大ターミナルの三宮駅。
このターミナル駅によって消失していることは明白。
JRと阪急の高架を潜り、ロータリーを越え、「三宮北」の信号から「生田新道」に入る。
飲み屋や雑居ビルが続く中、約200mで、右手少し入ったところに「生田神社」。
神戸市民には馴染みあるであろう、大きな神社だ。
そういえば随分前になるけど、某お笑いタレントと某モデルさんが結婚式を挙げたのもここだったよね。
もっともこのお2人はその後に離婚。
今はそれぞれ別の伴侶を見つけて幸せに暮らしていらっしゃる。
はい、特に意味はないけど、トレーニングはここで終了ということに。
腹八分。
まだ体調全開じゃないからね。
三宮~大阪(梅田)間。
JRもあれば阪急もある。
そして阪神も。
どれで帰ろうかな?
阪急は京都線を通勤で利用してるし、JRもあちこちで乗ってるし。
ってことで、あまり乗る機会のない阪神電車利用にしよう!
そうなんですよね、業平橋。
絶対こっちの方がいいと思うんですけどね~。
モダンといえば確かにそうなんですが、最近は情緒や由緒を感じる駅名が減りつつありますね。
在原業平とか小栗判官とか…。
あちこちに伝説めいたものや史跡が残ってますね。
電車も車もない時代に、よくこんなにあちこち出没できたもんだなぁ、と感心します。
エンジェルナンバーに早見表なんてあるんですね。
2020年もあと1週間ですね。
今年もいろいろありがとうございました。
良きお年をお迎えください。
東京の「業平橋」駅は、いまでは「とうきょうスカイツリー」駅とモダンな名に変わりました。
https://blog.goo.ne.jp/iinna/e/4aa2d44883685710f3a00a7912a6f524
エンジェルナンバーは、どの数字にもあるらしく「早見表」があります。
https://ukiuki-smile.com/angel/
一週間前にパソコンのタイピングが不調になり、とうとう昨日に買い換えました。今朝にセットアップ作業をして、
前の使い方にもどったかを確認しています。(;^_^A
関西ネタとしての街道制覇第1弾を終えました。
引続き、第2弾を執筆?していくつもりなので、気長にご期待ください(笑)。
今回は16時スタートという異例のパターンでしたが、6月は湿っぽさと暑さが大敵です。
むしろ夕暮れ迫るこの時間帯の方が走りやすいんですけど、利便性高い西国街道だからこそ可能な話でもありますね。
関東に例えるなら、東京と横浜の間をうろうろしてるような話で、JR・阪急・阪神、とそれぞれ10分間隔ぐらいで走ってますからね。
多少遅くなっても路頭に迷うことは絶対ありませんから(笑)。
さ!余韻に浸ることなく、第2弾の執筆準備、しなくっちゃ!
いくら1年でもっとも日が長い時期とはいえ、私の場合は、考えられません。
最初のチェックポイントの神社は何だか真新しいですね。
花松首地蔵、確かに不気味です。
そうですか、この辺りが、阪神淡路大震災で最も被害の大きかった地域でしたか。
烏帽子なんて中学校の名前、如何にも街道沿いという感じです。
忘れたころに旧西国街道の石碑がしっかり建っていて助かりますね。
そうですか、例の結婚式は生田神社でしたか。
狭義の西国街道ゴール、取り敢えず、おめでとうございます。