Uteさんの1月6日付けの更新分を訳しました。
共感と言うか同じ体験をしていることも幾つかあって、読みながらウンウンと頷いていました。
きっと読者の皆さんの中にも、そうした人が結構いるんじゃないかと思います。
だって、この世界は共同創造の場ですからね(^-^)
============================================================
http://radiantlyhappy.blogspot.jp/2013/01/the-moment-for-our-real-final-work-is.html
SUNDAY, JANUARY 6, 2013
THE MOMENT FOR OUR REAL FINAL WORK IS HERE!
By Ute Posegga-Rudel, 5.1.12, Australia
2013年1月6日(日曜日)
私達の真に最終的な仕事の見せ場は、ここです!
By ユート ポゼッガ・ルーデル
2012年8月21日付の更新記事も読んでください。(※訳注:翻訳はここにあります)
親愛なる皆さん!
皆さんはどうなのか分かりませんが、それでもこの2013年は非常に異なっています!
私にとって日々は全て同じもので、月曜日なのか水曜日なのか、それとも土曜日なのか気になりません。というのも、それらはどれも日曜日に感じられるからです。
そんな幸福が私の周りにあって、そのため三次元の現実での旧来の細部は、もう重要ではなくなっています。それでも2012年では、各日は特徴的な波動を持っていましたが、今ではどの日もアセンデッド・ライト(上昇の光)の中で漂っています。
時計を見ても全く意味を感じないので、私が時間を確かめることは稀です。マインドはこう言います:「午後4時だよ」、でも私はもう感じることができません。時間は今では私の外側で起きているように思え、その重みを失っていますし、別世界の仕組みに過ぎません。そこにはもう私は属していないのです。それに、今日この日が、あと約6時間を残すだけなのか、それとも1時間もないのか全く分からないくらいです!
だから、私は自分の体内時計に従っていて、こんな風に言われるのです。「さあ、これやって」、「今度はそれやって」と。時間差(マージン)が全くない状態は一度も経験したことがなかったので、訓練的にこのアドバイスに沿う必要があると感じます。というのも、完璧な「タイミング」は私自身の中にあると思うからです! だから、「しまった、これをするのを忘れた、あれをするのを忘れた!」ということが、もうないのです。私は動機付けが特定の事柄にやって来るまで、やや待ちます。次いで私はそれを行いますが、その理由は、そうすることが正しいと感じるからです。
私のエゴが相変わらず、この体内時計の外側にある何事かを行うために「考え」て衝動をもたらしても、私の身体は従いません。それを支えるエネルギーがないのです。ですから、私は、適切な時はまだやって来ていない! か、決してやって来ない! と確実に分かるのです。
私は毎日、多くの時間、しばしばノンストップで一生懸命に働いていますが、同時に、何も起こっていないようにも思えます。そこにはただ明朗な輝きがあるだけです。現在の日々の主な趣旨となっている、この高い波動があるだけです。そして私がある種の試練に直面する時のみ、たとえほんの束の間だとしても、私はまだその状況に反応します。私が濃密な波動を機敏に動き出させてしまうより先に、非常に高くて、かつ辛うじて聞き取れる音で振動している、この絶え間なく続く高周波があります。これは光からなる厚手の毛布が、今の私達の惑星を包み込んでいるような感じです。少なくともそれが、私の家のくつろぎの場での感じ方です。
ビーチ、あるいは他のどこであれ、歩くことは今あまり楽しくなく、私が通り抜けている重い密度の全てを瞬間毎に光の中に解放するというワークがあります。主にあちら側、人類のまだ眠っている部分の傍に置いています。
私はこれを独りでしているのではないこと、そしてこの世界を次の高次元へとシフトさせて到着させるために、今がクルー(乗組員)をサポートするための本当の時であることを知っています。
私達は今、真の仕事、最終の仕事をするための地点に着いているとの感覚を私は得ています。私達はその目的のために来たのです! 全ては私達に与えられています・・・光、愛、周波数は協働するためにここにあります。それに、惑星が本当にシフトする最後の瞬間まで、光に仕えない人々の存在がここにいるように期待されていることが、私に気づきをもたらしました。
とはいえ、今私達は必要なものを全て持っているのです! 私達は、私達自身を準備させるために早い段階でここに「潜入して」いて、依然として眠っている人々の間に混じっては、こうした特別な時の中で今ここに光の宝物を貯蔵しながら、まさにここで作業しているのです。そしてそれらの宝を完全に利用可能にすることで、私達はハート(心臓)から出る光を使って、いわば水平(横の)レベルで作業しています。または、もっと良く言えば、ハート(心臓)は、この意識的な光の新しい層のための一つの通過点、または送信局です。それは自動操縦で動き続けています。
天から来る光との縦の繋がりを伴い、私達は聖なる宇宙の光を惑星に供給し続けるため、光の下層や水平層に引き降ろしては恒久的に保持しています。これが起きるのは、私達が今、しっかりこの場および遥か上方にアンカーして(錨を下ろして)、銀河の整列という偉大なイベントと共にあるからです! あれ以来、私は膨大な光の流れを見ています。それはパワフルで、2012年12月21日以来、ガイアと私達の偉大な中心太陽との統合が続いているため、大量の啓発された意識が地球にやって来ている最中です。ガイアと中心太陽との離婚はありません! たとえ結婚の日が過ぎたとはいえ!
だから私が見ているものは、私達は機織(はたおり)であるということです。私達は技巧的かつ直接的に、光を即座に地表に織り込んでいます。それによって、その光は誰にでも利用できるほどに強くなるのです! 人類によって知覚されて受け容れられるためには、人間というパイプを持たなくてはなりません。
私のヴィジョンでは、敬愛する皆さん、それから共鳴する皆さん、今こそ私達の時です。本心で共に立ち上がり、地球に宿っている愛に仕えて増幅する時です。私達は今や上昇させる者であり、想像を超えて祝福されてきています。なぜなら、「私達」は人類の統合意識だからであり、私達は共に人類の一なるハートに関わってきたからです。それは、私達があえてここ、分離が何千年間も全ての人々の目を覆ってきた場所に求めてもたらそうとしている、一つの力強い聖なる輝きの魂・存在であり、それが今ここにあるのです。そして私達は、まだ眠っている人達のハートを目覚めさせるために、偉大なる古代のベルの音に合わせて歌っています。
これは新しくて素晴らしい瞬間であり、深遠かつ永遠です! 見たり感じている人々にかかった魔法が解けます! 従って、私達は新しい現実と意識のためのパイプであり、人類の深い心の欲求~ユニティ、愛の光、幸福、無上の喜び、自由~から生まれる新しい創造物のための揺りかご(発生地)なのです。そしてそこから、限りない可能性が絶え間なくフォームを変えながら現れてきます。
敬愛する光の家族の皆さん、もし私達が躊躇しなければ、この瞬間に、崇高な存在から満ち足りた新しい現実を引き出し始められるのです。私達の最高の志のヴィジョンとハートにおける確信を持ってすれば、それは今、可能なことです。充足は既に私達の存在を満たしています。それはもう私達にあるのです、私達がそれを認めるならば!
愛と感謝を込めて!
ユート
http://radiantlyhappy.blogspot.com.au/2013/01/the-moment-for-our-real-final-work-is.html
_________________________________________________________________________________
Copyright© 2013. All rights reserved: Ute Posegga-Rudel, http://radiantlyhappy.blogspot.com
Sharing of this message is only allowed together with this information and without changes, including the title. If you have questions, please contact me via transformation33@gmail.com. Thank you.
_________________________________________________________________________________
- Translation: C.I.
============================================================
※訳者、あとがき
僕は自分がライトワーカーなのかどうか、そもそもその定義に当てはまるのかどうか分からないし、特に気に留めるわけではないですが、ここでの「光」の意味が、特定の内容を指すのでなく、多彩な意味を持つものであるならば、例えば、周りにポジティブな影響をもたらしたり、心からの笑顔を創り出したり、幸せを運んだり、優しさを届けている人は、誰もがライトワーカーじゃないかと僕は思うのです。
また、何か大事なことを思い出させてくれたり、社会に必要な行動を取ってくれたり、画期的な発明をしてくれたり、皆をハッとさせる気づきを与えてくれたり、ちょっとした時に救いの手を差し伸べてくれたり、困った時に知恵を貸してくれたり、時には相手に煙たがられるのを承知で厳しく注意してくれたり・・・ということも、一種のライトワークとは違うのかなあと思うわけです。
結果的に、光をもたらす、光に奉仕するというシンプルな定義をするならば、ありとあらゆる場面で、それこそ沢山の人が、その与えられた役割や環境の中に生きながら、身につけたスキルや持ち前の性質を使って、周りにポジティブな影響だとか学びの機会をもたらしている、そういうことにならないでしょうか。
たとえ一見してそのように思えなくても、肯定的に受け止めるように意識して周囲の人々を見渡せば、実際にそのように見えるし、そのように感じられることが多々あります。それこそ無限に、どんなところにでも、そしていつでも、それは見出せるものだと思います。
だから、この訳文の中でUteさんが伝えようとしていることの僕なりの解釈は、一義的な特定のことをしている人達だけが光の奉仕者として今その見せ場を得ている、というものではなくて、どんな生活どんな職業どんな活動をしている人であれ、またそれを傍から見ている人であれ、 全ての人に光が宿っていて、見出そうとすればそれを無数に見出すことができると自ら気がつく時が来た、ということではないかなぁ、というものです。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます