私の音楽 & オーディオ遍歴

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「戦火のマエストロ 近衛秀麿~ユダヤ人の命を救った音楽家~」

2015年08月26日 | クラシック
 今まで私は彼を貴族の近衛家出身の指揮者としか認識していませんでした。
 彼の演奏は残念ながら聞いたことはありません。

 その昔、インタビュー記事を読んだ記憶があります。
 そこには「天皇家は一度血筋が切れていますから」とコメントしたことを覚えています。(近衛家はずっと続いている)という気持ちを込めたひと言でした。
 
<番組紹介>
 元首相・近衛文麿の弟であり、同盟国の客人としてナチスからも活動を許されていた秀麿の水面下での知られざる活動。それは、戦後、連合国側の取り調べから明らかになった。今回番組では、アメリカ公文書館で見つかった調書や、秀麿を知る関係者の証言を通じて、ユダヤ人演奏家たちの亡命を助けていた実態や音楽に身をささげたその個性を描き出す。


 時代に翻弄された音楽家、近衛秀麿の半生を綴ったドキュメンタリーは説得力のある力作です。
 内閣総理大臣を経験した近衛文麿の実弟である彼は、日本が戦争に没頭した時代に、自分の音楽の素質を見極めるべくにドイツに渡りました。
 所々に彼の貴族的な気品(冷たさ)が感じられました。

 交流のあった音楽家にはビッグネームが並びます;
・山田耕筰から作曲を学ぶ
・クライバー(おそらくカルロスではなくその父のエーリッヒ)に指揮を学ぶ
・ゲオルグ・シューマンに作曲を学ぶ
・自曲の演奏を聞いたリヒャルト・シュトラウスに絶賛される
・レオポルド・ストコフスキーから客演の要請があり、まずアメリカに向かい、ストコフスキーのほかユージン・オーマンディやアルトゥーロ・トスカニーニと面会する。

 番組の後半は政治的視点から。
 貴族出身かつ内閣総理大臣の実弟という立場があってこそなしえたユダヤ人の亡命援助。
 最初は仲間の音楽家、その後はそれを聞きつけた運動家が持ちかけたユダヤ人達の財産を海外へ送る援助。
 途中、ナチスや日本政府が嗅ぎつけて活動を止められてしまいました。
 秀麿が日本に帰国した時、兄の文麿はA級戦犯として裁判の対象となったその日。
 面会した時「お前は音楽の道に進んでよかったなあ」とこぼし、その数日後に文麿は服毒自殺したのでした。

 Wikipediaを読むと、オーケストラとのトラブルが絶えず、女性関係も複雑だった様子。
 内弟子の福永陽一郎のコメントがありました;
 「天皇家よりも由緒の明確な千年の貴族というものの悲喜劇を、首相だった長兄の文麿公ともども体現した人だったといえる」

 彼の音源を見つけたら是非聴いてみたいと思います。