痛みや麻痺は主観的な要素が大きく、客観的な評価が難しい症状です。
どこまで病的なのか判断するには、専門的な知識が必要です。
いずれにしても、患者さんの訴えを認めて受け入れることが診療の第一歩ですね。
■ 身体化障害と転換性障害と虚偽性障害と詐病の違いは?
(2017/11/6:日経メディカル) 宮岡 等(北里大学医学部精神科学主任教授)
「交通事故に遭った後、左手が動かないと訴えるが、それを説明できるだけの所見がない。補償の問題も複雑になっていると聞いているが、嘘をついているのだろうか」――。あるとき、整形外科医にこう質問されたことがある。身体各科で見られる身体症状で、対応する他覚的な身体病変が認められない時、身体化障害、転換性障害、虚偽性障害、詐病などの鑑別が必要と書かれていることが多いが、その特徴や診断方法は分かりにくい。これらについては歴史的に複雑な議論があるが、今回は、身体科の医師に最低限理解しておいてほしいことを、やや教科書的になるが、取り上げたい。
身体化障害
あらゆる身体症状が訴えられるが、消化器系(嘔気、胃部不快など)や感覚器系の症状(しびれ、痛み)が多い。通常、複数の身体部位に症状を訴え、不安や抑うつなどの精神症状を伴う。心気障害と診断される症例では特定の疾患に罹患していることを強く、持続的に心配する。かつて身体化障害と心気障害、あるいはその両方の特徴を併せ持つ症例を心気症と診断していたこともある。
転換性障害
転換性障害はかつて転換ヒステリーと呼ばれていた。近年は、ヒステリーという用語を避ける傾向にある。強い環境ストレスと元々の性格素因が関係して様々な身体症状を呈する。身体症状には運動障害(立てない、歩けない、手や足の麻痺、声が出ないなど)と知覚障害(感覚低下、身体内の異物感など)があり、その症状は神経学的、解剖学的に説明できないことが多い。しかし患者が意図してこの症状を演じているわけではない。
その他に、下記項目に該当することが見られると診断に近づく。
(1)症状は本人の心理的葛藤を象徴しているように見えることがある
例えば、本人は歌手になりたくないが、親の強い希望で歌手を目指すことになった人が、声が出なくなる。
(2)他人が見ている場面で症状が増悪する
周囲から見ると本人が故意に症状を悪くみせようとしているように見えるが、本人には悪く見せようという意図はない。
(3)疾病利得がある
疾病利得には1次疾病利得と2次疾病利得がある。2次はその症状があるために、結果的に仕事を休めるなどという本人の得になるかのような事態が起こっていることを指す。1次とは、声が出ないことで直接の得はないが、本人の心理的な葛藤が解消されているように理解できる場合をいう。
(4)不安感やゆううつ感は目立たず、身体症状にあまり悩んでないかのように見えることがある
虚偽性障害
最も分かりにくいのが虚偽性障害であり、書籍や文献の記載にも微妙な違いがある。私は身体科の医師では以下のような理解が適切であると思う。
a)身体症状を訴えたり、自らの体に身体病変を作ったりする
b)深く面接しても、転換性障害のような疾病利得や詐病のような明確な目的が見いだせることはない
c)自ら作った身体病変が原因で死亡することもあるし、より侵襲性の強い身体面の検索が必要になることもある。身体に侵襲が加える、あるいは加わる状況を作るという行動の問題とも捉え得るし、自傷行為とみることもできる
さらに典型例に深く面接すると、あたかも自分の体を傷つけることがどこかで快感につながっているかのように見えることがある。統合失調症やうつ病のような精神疾患を疑わせる症状や、不安感や憂うつ感はなく、一見の印象としては「普通の人」である。いわゆるミュンヒハウゼン症候群とほぼ同義であると考えてよい。
典型例として「ヘモグロビンが5g/dL程度まで低下し、貧血のために骨髄検査などの侵襲的な検査まで実施され、原因不明の貧血として、輸血が続けられていたが、後に自ら瀉血していることが分かった症例(虚偽性貧血と呼ばれる)」や「気管支内視鏡などの侵襲性の強い検査まで含めて血痰の精査が続けられていたが、後に喀痰に指から出血させた自分の血を自分で混ぜていたことが分かった症例」などがある。
詐病
詐病は、症状があれば会社を休める、保険金が手に入るなどの明確な目的を持って、症状があると嘘を言う場合を指す。例えば、足の麻痺が続けば保険金が下りることを知り、それを手に入れる目的で、実際には動く足を、本人が嘘という自覚をもって、動かないと訴えるような場合である。
体温が高いと訴えるために「体温計を擦って温度を上げた」などの行為であれば、身体面に治療の必要はない。しかし仕事を休むためにわざと「体を傷つけた」「不適切な量の薬を飲んだ」となれば、詐病が原因でも身体に起こっている状態には緊急の対応が必要なこともある。
身体科の医師が取るべき対応は?
これらから分かるように、医師の病歴聴取や面接技術の優劣によって、精神面の特徴をうまく聞き出せず、誤診に至ることも少なくない。基本的には「身体症状に見合うだけの身体所見がない」と分かった段階で、精神科医と相談するとよい。
ただし、精神科医の知識にもばらつきが大きいため、信頼のおける相談しやすい精神科医を作っておくことが好ましい。一般的な臨床心理士は身体症状に関する知識が乏しいため、適切な援助者がいなければこのような症例には対応できないことが多いように思う。
どこまで病的なのか判断するには、専門的な知識が必要です。
いずれにしても、患者さんの訴えを認めて受け入れることが診療の第一歩ですね。
■ 身体化障害と転換性障害と虚偽性障害と詐病の違いは?
(2017/11/6:日経メディカル) 宮岡 等(北里大学医学部精神科学主任教授)
「交通事故に遭った後、左手が動かないと訴えるが、それを説明できるだけの所見がない。補償の問題も複雑になっていると聞いているが、嘘をついているのだろうか」――。あるとき、整形外科医にこう質問されたことがある。身体各科で見られる身体症状で、対応する他覚的な身体病変が認められない時、身体化障害、転換性障害、虚偽性障害、詐病などの鑑別が必要と書かれていることが多いが、その特徴や診断方法は分かりにくい。これらについては歴史的に複雑な議論があるが、今回は、身体科の医師に最低限理解しておいてほしいことを、やや教科書的になるが、取り上げたい。
身体化障害
あらゆる身体症状が訴えられるが、消化器系(嘔気、胃部不快など)や感覚器系の症状(しびれ、痛み)が多い。通常、複数の身体部位に症状を訴え、不安や抑うつなどの精神症状を伴う。心気障害と診断される症例では特定の疾患に罹患していることを強く、持続的に心配する。かつて身体化障害と心気障害、あるいはその両方の特徴を併せ持つ症例を心気症と診断していたこともある。
転換性障害
転換性障害はかつて転換ヒステリーと呼ばれていた。近年は、ヒステリーという用語を避ける傾向にある。強い環境ストレスと元々の性格素因が関係して様々な身体症状を呈する。身体症状には運動障害(立てない、歩けない、手や足の麻痺、声が出ないなど)と知覚障害(感覚低下、身体内の異物感など)があり、その症状は神経学的、解剖学的に説明できないことが多い。しかし患者が意図してこの症状を演じているわけではない。
その他に、下記項目に該当することが見られると診断に近づく。
(1)症状は本人の心理的葛藤を象徴しているように見えることがある
例えば、本人は歌手になりたくないが、親の強い希望で歌手を目指すことになった人が、声が出なくなる。
(2)他人が見ている場面で症状が増悪する
周囲から見ると本人が故意に症状を悪くみせようとしているように見えるが、本人には悪く見せようという意図はない。
(3)疾病利得がある
疾病利得には1次疾病利得と2次疾病利得がある。2次はその症状があるために、結果的に仕事を休めるなどという本人の得になるかのような事態が起こっていることを指す。1次とは、声が出ないことで直接の得はないが、本人の心理的な葛藤が解消されているように理解できる場合をいう。
(4)不安感やゆううつ感は目立たず、身体症状にあまり悩んでないかのように見えることがある
虚偽性障害
最も分かりにくいのが虚偽性障害であり、書籍や文献の記載にも微妙な違いがある。私は身体科の医師では以下のような理解が適切であると思う。
a)身体症状を訴えたり、自らの体に身体病変を作ったりする
b)深く面接しても、転換性障害のような疾病利得や詐病のような明確な目的が見いだせることはない
c)自ら作った身体病変が原因で死亡することもあるし、より侵襲性の強い身体面の検索が必要になることもある。身体に侵襲が加える、あるいは加わる状況を作るという行動の問題とも捉え得るし、自傷行為とみることもできる
さらに典型例に深く面接すると、あたかも自分の体を傷つけることがどこかで快感につながっているかのように見えることがある。統合失調症やうつ病のような精神疾患を疑わせる症状や、不安感や憂うつ感はなく、一見の印象としては「普通の人」である。いわゆるミュンヒハウゼン症候群とほぼ同義であると考えてよい。
典型例として「ヘモグロビンが5g/dL程度まで低下し、貧血のために骨髄検査などの侵襲的な検査まで実施され、原因不明の貧血として、輸血が続けられていたが、後に自ら瀉血していることが分かった症例(虚偽性貧血と呼ばれる)」や「気管支内視鏡などの侵襲性の強い検査まで含めて血痰の精査が続けられていたが、後に喀痰に指から出血させた自分の血を自分で混ぜていたことが分かった症例」などがある。
詐病
詐病は、症状があれば会社を休める、保険金が手に入るなどの明確な目的を持って、症状があると嘘を言う場合を指す。例えば、足の麻痺が続けば保険金が下りることを知り、それを手に入れる目的で、実際には動く足を、本人が嘘という自覚をもって、動かないと訴えるような場合である。
体温が高いと訴えるために「体温計を擦って温度を上げた」などの行為であれば、身体面に治療の必要はない。しかし仕事を休むためにわざと「体を傷つけた」「不適切な量の薬を飲んだ」となれば、詐病が原因でも身体に起こっている状態には緊急の対応が必要なこともある。
身体科の医師が取るべき対応は?
これらから分かるように、医師の病歴聴取や面接技術の優劣によって、精神面の特徴をうまく聞き出せず、誤診に至ることも少なくない。基本的には「身体症状に見合うだけの身体所見がない」と分かった段階で、精神科医と相談するとよい。
ただし、精神科医の知識にもばらつきが大きいため、信頼のおける相談しやすい精神科医を作っておくことが好ましい。一般的な臨床心理士は身体症状に関する知識が乏しいため、適切な援助者がいなければこのような症例には対応できないことが多いように思う。