無明舎出版、2014年発行
新聞記者で双極性障害患者でもある著者が「カミングアウト」した貴重な内容。
中島らもの「心が雨漏りする日には」と同じ分野の書ですね。
病気に振り回された半生記がリアルに綴られています。
入院を繰り返す「闘病記」に終わることなく、「読み物」としても受け入れられるように結婚/離婚生活や新聞記者の仕事も書かれています。
躁状態の時は周囲や上司とぶつかるエピソードが起こりがち・・・ただ、私にとってその細かい描写は冗長な印象が否めませんでした。
でも、彼のあきらめない七転び八起き人生には敬意を表します。
この本を一読しての感想です;
昔から躁うつの気質を持つ人はいたはずですが、日の出と共に活動し日が沈むと休むという本来の動物的生活サイクルの中では普通に生活できていたものが、限られた時間内にノルマをこなすとか日没後に眠い体に鞭打って働くとか、不自然な生活サイクルの中で体と心が悲鳴を上げて発症している「現代人のSOS」ではないでしょうか。
目にとまった箇所を記しておきます;
□ 双極性障害だった著名人
北杜夫(芥川賞作家)、絲山秋子(芥川賞作家)、夏目漱石、宮澤賢治、シューマン、チャイコフスキー、ゲーテ
□ 精神病棟の公衆電話
「宇都宮病院事件」を契機に改正された「精神保健法」(1987年)によって設置が義務づけられた。現在、「精神保健福祉法」(1995年)により、病棟の公衆電話の周囲には、精神保健福祉センターなどの電話番号を記した張り紙がしてある。患者が人権侵害を受けた際に訴えられる措置だ。
□ 双極性障害の遺伝性
双極性障害は遺伝病とは言い切れない。しかし、双極性障害の一卵性双生児での発病の一致率は70-80%前後ときわめて高い。また、二卵性双生児の一致率は15%程度である。統合失調症の一卵性双生児での発病一致率は60%だから、それより遺伝の要素が強いと云える。
□ 「劇うつ」経験
何の意欲もなくなり、ベッドからやっとの思いでトイレに行く。顔を洗うことも歯磨きもできない。風呂などとても入る気がしない。食事は喉を通らなかった。
このしんどさは筆舌に尽くしがたい。
「躁」状態とは違ったイライラ感が湧いてくる。いくら寝ても疲労感が取れない。考えが進まず、集中力や決断力が極度に落ちる。
そして「自分はどうしようもない人間だ」とか、「迷惑をかける悪い人間だ」とマイナスの方向へ思い詰めてしまう。
不眠も進行した。早朝や深夜に目が覚めてしまい、以後眠られなくなる。「うつ」の不眠の苦しさは通常の不眠よりもはるかに強い。
わたしはこの時、「うつ病」や「うつ状態」の患者がもがき苦しみ、その果てに自殺に走って行く気持ちを初めて共感した。
□ 双極性障害に「アルコール」「たばこ」「カフェイン」は忌避である。
□ 双極性障害は命に関わるような重篤な病気ではない。自殺を除いたら死亡者はほんの一握りに過ぎない。病気を受け入れ、向き合い、上手に付き合っていくしかない。
患者さんにとって、一番参考になるところは付録「わたし流の再発予防のコツ」ではないでしょうか。
・この病気はとにもかくにも、きちんと診察を受け、適正な薬を主治医の指示通りに飲むのが大原則。これなしには何も始まらない。
・精神障害者はマイノリティーだ。だから横の繋がりがないと生きづらい。わたしがSOSを出せば助け船が来るような友人が何人か居る。こうした相互扶助は、この病気の再発防止に繋がるばかりか、セーフティーネットの役割を果たす。
・わたし個人としては「うつ」より「躁」の方が怖い。失うものが多すぎるからだ。「躁」の最中は金銭感覚が欠けるようになるので、携帯電話やクレジットカードの請求明細書を「躁転」したかどうかのバロメーターとして活用している。
・生活の乱れや徹夜はもってのほか。徹夜を1回するだけで「躁転」する人もいる。
・朝の日光は積極的に浴びるべし。脳によい刺激を与え、ひいては再発防止効果が望める。わたしは寝る前に寝室のカーテンをわざと開けておく。ベッドのすぐそばが窓なので、日光により目が覚めることが少なくない。
・「ストレス」が高じると「躁」や「うつ」を引き起こすことも稀ではない。だが、どういう仕事でも懸命に取り組まなければよい評価は得られない。手抜き仕事をすれば、健常者・当事者を問わず、リストラの対象にさえなり得る。
・再発防止、あるいは再発を軽く抑えるために不可欠なのは、「躁」「うつ」の「前兆」を把握し、早めに手を打つことにある。具体的には、早期の診察・服薬開始だろう。わたしには「躁」「うつ」を治療するそれぞれの薬を処方されており、ストックしてある。
・「うつ」はよくある落ち込みと判別することは難しい。わたしは落ち込む要因がなく、それが3日以上続くようだと「うつ」と疑ってかかることにしている。
・双極性障害は寛解状態がたとえ何十年続いても、再び発症する可能性はゼロにはならない。
わたしにとっては「資料編」が役に立ちました。
・「新型うつ」について
「うつ病」患者の病前性格は基本的に真面目で几帳面。
しかし新型うつ病患者は違う。仕事には行けないが、旅行や遊びには行ける。しかし、その人の生き方を巻き込んでいる分、治りにくい。
抗うつ剤も効かない。唯一の治療法は「精神療法」のひとつ「認知行動療法」くらいだろう。
自分を責める傾向が強い従来型のうつ病とは異なり、新型うつでは他人を責める。
十年ほど前から増加しているが、その背景には、過剰に自己愛を膨らませる日本社会がある。他者のために何をしていくかを考えることが、解決の第一歩といえる
・双極性障害の発症原因
特定されていない。
セロトニンなどの神経伝達物質の枯渇が「うつ」病相の背景として考えられている。逆に「躁」病相の背景としては、グルタミン酸、ドーパミンなどの神経伝達物質の異常亢進や、イオン輸送系やイノシトール系の異常その他、「ミトコンドリア機能障害説」も想定されている。
脳科学的、薬理学的見地からアプローチしてもきわめて複雑でわかりにくいのが現状。双極性障害は遺伝的要素が強いとされているが、はっきりしたことは分かっていない。ただし、なりやすい遺伝子や体質を持っていたとしても、必ず発症するとは限らず、成育過程の問題や、ストレスなども誘因になる。
・双極性障害の病型
極端な躁とうつを繰り返すのがI型、軽躁とうつを繰り返すのがII型。
I型とII型の違いは「躁」にある。I型の方がII型より自殺率は高い。
生涯有病率はI型で0.4-1.6%、II型で0.5%。
しかし欧米の調査では3-5%と高い数値であり、日本の1%という数値は過少申告されている可能性がある。
・うつ病との比較(有病率、発症年齢、病前性格)
うつ病の生涯有病率は女性で10-25%、男性で5-12%であるのに対し、双極性障害は男女比がほとんど変わらない。
うつ病の発症年齢は30歳代後半と60歳代後半にピークがあり、平均すると40歳前後である。
これに対して双極性障害の発症年齢は平均30歳前後である。躁の場合は診断が早いが、うつから始まるケースはうつ病との鑑別が難しく最終診断が遅れる傾向がある。
双極性障害者の病前性格は、対人関係は良好で、面倒見が良く、朗らかで社交的と言える(いわゆる「循環気質」)。これに対し、うつ病の患者の多くは、真面目で几帳面、義理堅い性格で「メランコリー親和型性格」だ。
・双極性障害になりやすい人の多くが、職場で決められて時間内で結果を出すよう頑張りすぎる。
その反動で「躁転」しやすい。双極性障害の躁状態の患者の多くは、周りの人を困らせる一方、本人はとても調子が良いと思っている。このギャップが問題だ。病状が安定してみて、取り返しのつかないことをしたという思考パターンに陥ることが多い。
・治療薬
気分安定剤のリチウム(リーマス®)が6割に有効。リチウムは自殺予防にも有効。手の震えなどリチウムの副作用が強かったり効きにくかったりした場合には、ほかの気分安定剤としてカルバマゼピン(テグレトール®)やバルプロ酸ナトリウム(デパケン®/バレリン®)などもある。
近年、新しいタイプの抗精神病薬としてオランザピン(ジプレキサ®)、アリピプラゾール(エビリファイ®)なども脚光を浴び使われるようになった。オランザピンは体重増加の副作用に注意すべし。
「うつ転」時にはリチウムと新しい気分安定薬であるラミクタールを組み合わせることもある。
双極性障害の経過として、病気を繰り返していく間に、良好な期間がだんだん短くなっていくことが以前から知られている。
年に4回以上躁とうつを繰り返すタイプを「ラピッドサイクラー」と呼ぶ。
最後に、解説を担当した精神科医の高 卓士(こう たくさ)氏の言葉を;
「精神科の患者であるということは、病気と闘わねばならないと同時に、無理解な社会とも戦わなければなりません」
新聞記者で双極性障害患者でもある著者が「カミングアウト」した貴重な内容。
中島らもの「心が雨漏りする日には」と同じ分野の書ですね。
病気に振り回された半生記がリアルに綴られています。
入院を繰り返す「闘病記」に終わることなく、「読み物」としても受け入れられるように結婚/離婚生活や新聞記者の仕事も書かれています。
躁状態の時は周囲や上司とぶつかるエピソードが起こりがち・・・ただ、私にとってその細かい描写は冗長な印象が否めませんでした。
でも、彼のあきらめない七転び八起き人生には敬意を表します。
この本を一読しての感想です;
昔から躁うつの気質を持つ人はいたはずですが、日の出と共に活動し日が沈むと休むという本来の動物的生活サイクルの中では普通に生活できていたものが、限られた時間内にノルマをこなすとか日没後に眠い体に鞭打って働くとか、不自然な生活サイクルの中で体と心が悲鳴を上げて発症している「現代人のSOS」ではないでしょうか。
目にとまった箇所を記しておきます;
□ 双極性障害だった著名人
北杜夫(芥川賞作家)、絲山秋子(芥川賞作家)、夏目漱石、宮澤賢治、シューマン、チャイコフスキー、ゲーテ
□ 精神病棟の公衆電話
「宇都宮病院事件」を契機に改正された「精神保健法」(1987年)によって設置が義務づけられた。現在、「精神保健福祉法」(1995年)により、病棟の公衆電話の周囲には、精神保健福祉センターなどの電話番号を記した張り紙がしてある。患者が人権侵害を受けた際に訴えられる措置だ。
□ 双極性障害の遺伝性
双極性障害は遺伝病とは言い切れない。しかし、双極性障害の一卵性双生児での発病の一致率は70-80%前後ときわめて高い。また、二卵性双生児の一致率は15%程度である。統合失調症の一卵性双生児での発病一致率は60%だから、それより遺伝の要素が強いと云える。
□ 「劇うつ」経験
何の意欲もなくなり、ベッドからやっとの思いでトイレに行く。顔を洗うことも歯磨きもできない。風呂などとても入る気がしない。食事は喉を通らなかった。
このしんどさは筆舌に尽くしがたい。
「躁」状態とは違ったイライラ感が湧いてくる。いくら寝ても疲労感が取れない。考えが進まず、集中力や決断力が極度に落ちる。
そして「自分はどうしようもない人間だ」とか、「迷惑をかける悪い人間だ」とマイナスの方向へ思い詰めてしまう。
不眠も進行した。早朝や深夜に目が覚めてしまい、以後眠られなくなる。「うつ」の不眠の苦しさは通常の不眠よりもはるかに強い。
わたしはこの時、「うつ病」や「うつ状態」の患者がもがき苦しみ、その果てに自殺に走って行く気持ちを初めて共感した。
□ 双極性障害に「アルコール」「たばこ」「カフェイン」は忌避である。
□ 双極性障害は命に関わるような重篤な病気ではない。自殺を除いたら死亡者はほんの一握りに過ぎない。病気を受け入れ、向き合い、上手に付き合っていくしかない。
患者さんにとって、一番参考になるところは付録「わたし流の再発予防のコツ」ではないでしょうか。
・この病気はとにもかくにも、きちんと診察を受け、適正な薬を主治医の指示通りに飲むのが大原則。これなしには何も始まらない。
・精神障害者はマイノリティーだ。だから横の繋がりがないと生きづらい。わたしがSOSを出せば助け船が来るような友人が何人か居る。こうした相互扶助は、この病気の再発防止に繋がるばかりか、セーフティーネットの役割を果たす。
・わたし個人としては「うつ」より「躁」の方が怖い。失うものが多すぎるからだ。「躁」の最中は金銭感覚が欠けるようになるので、携帯電話やクレジットカードの請求明細書を「躁転」したかどうかのバロメーターとして活用している。
・生活の乱れや徹夜はもってのほか。徹夜を1回するだけで「躁転」する人もいる。
・朝の日光は積極的に浴びるべし。脳によい刺激を与え、ひいては再発防止効果が望める。わたしは寝る前に寝室のカーテンをわざと開けておく。ベッドのすぐそばが窓なので、日光により目が覚めることが少なくない。
・「ストレス」が高じると「躁」や「うつ」を引き起こすことも稀ではない。だが、どういう仕事でも懸命に取り組まなければよい評価は得られない。手抜き仕事をすれば、健常者・当事者を問わず、リストラの対象にさえなり得る。
・再発防止、あるいは再発を軽く抑えるために不可欠なのは、「躁」「うつ」の「前兆」を把握し、早めに手を打つことにある。具体的には、早期の診察・服薬開始だろう。わたしには「躁」「うつ」を治療するそれぞれの薬を処方されており、ストックしてある。
・「うつ」はよくある落ち込みと判別することは難しい。わたしは落ち込む要因がなく、それが3日以上続くようだと「うつ」と疑ってかかることにしている。
・双極性障害は寛解状態がたとえ何十年続いても、再び発症する可能性はゼロにはならない。
わたしにとっては「資料編」が役に立ちました。
・「新型うつ」について
「うつ病」患者の病前性格は基本的に真面目で几帳面。
しかし新型うつ病患者は違う。仕事には行けないが、旅行や遊びには行ける。しかし、その人の生き方を巻き込んでいる分、治りにくい。
抗うつ剤も効かない。唯一の治療法は「精神療法」のひとつ「認知行動療法」くらいだろう。
自分を責める傾向が強い従来型のうつ病とは異なり、新型うつでは他人を責める。
十年ほど前から増加しているが、その背景には、過剰に自己愛を膨らませる日本社会がある。他者のために何をしていくかを考えることが、解決の第一歩といえる
・双極性障害の発症原因
特定されていない。
セロトニンなどの神経伝達物質の枯渇が「うつ」病相の背景として考えられている。逆に「躁」病相の背景としては、グルタミン酸、ドーパミンなどの神経伝達物質の異常亢進や、イオン輸送系やイノシトール系の異常その他、「ミトコンドリア機能障害説」も想定されている。
脳科学的、薬理学的見地からアプローチしてもきわめて複雑でわかりにくいのが現状。双極性障害は遺伝的要素が強いとされているが、はっきりしたことは分かっていない。ただし、なりやすい遺伝子や体質を持っていたとしても、必ず発症するとは限らず、成育過程の問題や、ストレスなども誘因になる。
・双極性障害の病型
極端な躁とうつを繰り返すのがI型、軽躁とうつを繰り返すのがII型。
I型とII型の違いは「躁」にある。I型の方がII型より自殺率は高い。
生涯有病率はI型で0.4-1.6%、II型で0.5%。
しかし欧米の調査では3-5%と高い数値であり、日本の1%という数値は過少申告されている可能性がある。
・うつ病との比較(有病率、発症年齢、病前性格)
うつ病の生涯有病率は女性で10-25%、男性で5-12%であるのに対し、双極性障害は男女比がほとんど変わらない。
うつ病の発症年齢は30歳代後半と60歳代後半にピークがあり、平均すると40歳前後である。
これに対して双極性障害の発症年齢は平均30歳前後である。躁の場合は診断が早いが、うつから始まるケースはうつ病との鑑別が難しく最終診断が遅れる傾向がある。
双極性障害者の病前性格は、対人関係は良好で、面倒見が良く、朗らかで社交的と言える(いわゆる「循環気質」)。これに対し、うつ病の患者の多くは、真面目で几帳面、義理堅い性格で「メランコリー親和型性格」だ。
・双極性障害になりやすい人の多くが、職場で決められて時間内で結果を出すよう頑張りすぎる。
その反動で「躁転」しやすい。双極性障害の躁状態の患者の多くは、周りの人を困らせる一方、本人はとても調子が良いと思っている。このギャップが問題だ。病状が安定してみて、取り返しのつかないことをしたという思考パターンに陥ることが多い。
・治療薬
気分安定剤のリチウム(リーマス®)が6割に有効。リチウムは自殺予防にも有効。手の震えなどリチウムの副作用が強かったり効きにくかったりした場合には、ほかの気分安定剤としてカルバマゼピン(テグレトール®)やバルプロ酸ナトリウム(デパケン®/バレリン®)などもある。
近年、新しいタイプの抗精神病薬としてオランザピン(ジプレキサ®)、アリピプラゾール(エビリファイ®)なども脚光を浴び使われるようになった。オランザピンは体重増加の副作用に注意すべし。
「うつ転」時にはリチウムと新しい気分安定薬であるラミクタールを組み合わせることもある。
双極性障害の経過として、病気を繰り返していく間に、良好な期間がだんだん短くなっていくことが以前から知られている。
年に4回以上躁とうつを繰り返すタイプを「ラピッドサイクラー」と呼ぶ。
最後に、解説を担当した精神科医の高 卓士(こう たくさ)氏の言葉を;
「精神科の患者であるということは、病気と闘わねばならないと同時に、無理解な社会とも戦わなければなりません」