如意樹の木陰

古い記事ではサイババのことが多いです。
2024年に再開しました。

抜粋ラーマクリシュナの福音

2006-08-16 23:55:53 | Weblog
今日まで休みなので、市役所に行ったり銀行に行ったり、精霊棚の片づけをしたり、ごろごろテレビを見たりしてすごした。
少し夏休み気分になった。

昨日今日と「抜粋ラーマクリシュナの福音」をひろい読みしている。
ラーマクリシュナは奇蹟を起こすわけでもないし、それほど独創的な宗教理論を述べるわけでもない。
ただ彼はどこでもサマーディに入る人だった。そして神に近い視点で物を見ることが出来る人だった。

ラーマクリシュナの言葉にこんなのがあった。
「愛をもって主の御名を唱えるのが唯一の必要なこと、他のすべてのことにはほとんど値打ちがない!バクティが実在、他のすべては非実在だ!」
この言葉は、昨日の法然の言葉に通ずるところがあると思う。
他のところではこう言っている。
「--前略--バクティ(神への愛)をあたえたまえと祈りなさい。仮にお前が幸いにして神を見奉ったとする。--中略--ひとたび神のビジョンと向き合ってごらん、--中略--もうその時にはわれわれは、もっと光を、もっと最高の意味の知識を、もっと神への愛を、われわれを人から神へと高めあげる愛を、自分たちは本当に最高実在の息子なのだ、とわれわれに悟らせる愛を、あたえたまえとおねがいするだろう。--後略--」

「バクティ(神への愛)をあたえたまえと祈りなさい。」が新鮮に感じられた。
「バクティ(神への愛)をあたえたまえ」と祈り続ける事によって、神への愛はどんどん深まるわけで、その愛の力が「われわれを人から神へと高めあげる」ということ。
祈りにはいろいろなやり方がある。「全託」のところでの祈りの方法もよい方法だと思う。そしてこの方法も参考になると思う。

それからいちおう昨日の続き。
新盆見舞いに来た菩提寺の住職さんはとても忙しそうで、風のように来て風のように帰られた。数をこなすのは大変なんだろうと思う。書入れ時ですからねぇ。