如意樹の木陰

古い記事ではサイババのことが多いです。
2024年に再開しました。

発酵食品

2006-06-28 23:30:01 | Weblog
今日ジャガイモを一株掘ってみた。
あまりよい出来ではないが、もうそろそろ全部掘らねばならない。
天気のよい日に掘って、付いていた土を乾かして落としてから保管すれば一年もつ。
そのよい天気の休みの日が、なかなか来ない。
明日は晴れて30℃になるが、土日の降水確率は70%。

きゅうりがなり始めたので、ぬかどこを用意した。
毎日2回はかき混ぜないと、よいぬかどこは維持できない。

漬物は発酵食品。
私の食べているものに、発酵食品の多い事。
納豆。乳酸菌飲料。醤油に味噌・・・
イカの塩辛とか明太子。魚の粕漬け・・・
アミノ酸食文化とかいうんでしょうかねぇ。
東アジア独特の香り・・・バンコクあたりの屋台のにおいでしょうか。

最近ぱらぱら見ている本は梅原猛「空海の思想」。
以前にも書いたように我が家は真言宗なもので、多少の知識は必要かと思うわけで・・・
日本の歴史上実在した人物のなかで、最も信仰され神格化された人物は空海。
真言宗は空海のよって確立され、たぶんそれ以降ほとんど変化していない。
いちおう仏教だけれど、よくわからない。
他の仏教に比べれば、独自性が強いように感じる。
即身成仏・・・神秘主義の宗教・・・であるらしい。

そういえばオカルトという言葉がある。
オカルティズムとは神秘学の事。
神秘学と神秘主義・・・似ているけれど少し違いそう。
神秘学は、隠された秘密の法則を探る学問とでも言うのだろうか。
新しいところでは、スウェーデンボリ、ブラヴァツキー、グルジェフ、シュタイナー、最後にユング。
ユングをこの列に入れると怒る人もいる。確かにそう思う。
ユングは、かなり違う。
ユングによって、はじめて神秘学は科学に近づいたのかもしれない。
しかし、神秘学が科学に分類されるのは、あと何百年も先かもしれない。
神様は実験室を好みませんからね。
神様が実験室を好まないのは、実験室で行われることが実は悪魔的なことだからなのかも・・・
実験室では、善悪の観念よりももっと強い別の観念が働いているので、神様はそれを嫌うのかもしれません。

虫の話

2006-06-25 23:08:40 | Weblog
お墓の掃除をしていたら、きれいなカミキリムシがいた。
体長2cmくらい。光沢のある青に黒い縞模様があった。
ルリボシカミキリの一種かと思う。
やはりカメラは普段持ち歩くべきだね。
チャンスはいつ訪れるかわからない。
もっとも、その時は雨雲を気にしながらの急ぎ仕事だったので、写真を撮る気分ではなかった。

カミキリムシは甲虫だが、甲虫で一番美しいのは、タマムシ。
私が生きているタマムシを見たのは2回のみ。
飛んでいるタマムシだ。
そのうちの一度は、午後の強い日差しの中で、私のシャツに一瞬留まってから、また飛び去っていった。
なんとも美しいものだった。
生きているタマムシが、自分の服に留まってくれるなんて、一生に一度かもしれないからね。
まあ、こんな事に感激できる自分は、幸せなんだろうと思ったりもする。

今日の写真はガクアジサイ。

ツバメの巣立ち

2006-06-24 06:43:53 | Weblog
昨日の朝は、猫に起こされて、遅刻をまぬかれた。
猫は、ほんとに役に立つ。

会社の玄関のツバメは、おとといの朝5羽とも巣立った。
鳥のすごいところは、飛ぶための練習など何もなく、数回羽をばたつかせただけで一気に飛び始める事だ。
もちろん、そうできたものだけが生き延びる事が出来て、それを1千万世代くらいは続けてきたのだろうから、彼らにとっては当たり前のことなのだ。
動物の行動を、人間の感覚・感情で勝手に色付けするのはよくない。
そのことは、動物を扱ったテレビ番組で、ときどき気になっている。
ある程度の擬人化はやむをえないのだが、たとえばドキュメンタリー風のNHKの番組などであまりそれをやられると、真実だと思ってしまいそうだ。

サッカーは、残念な結果に終わったが、勝負事であるからそれも仕方のないことだ。
今回のワールドカップ日本代表の主力選手の中で、次回のワールドカップに再び出場できる選手は本当に少ないだろう。
その意味でも、最後にブラジルと真剣勝負できたことはとてもよかったと思う。
今までのところ、強いチームが順当に決勝トーナメントに残っているようだから 、これからが楽しみだ。

今日は、休日出勤。
家にもやる事はたくさんあるのだけれど、とりあえず、今日は仕事優先。
なんといっても仕事は、猫と金魚と私の飯の種ですから。
たとえトラブル処理であっても、会社に行けば、お金をいただけるというのはありがたいことです。
今回のトラブルの原因は、私ではありません、いちおう念のため。
しかし、トラブル処理をしないと、災いがこちらにもろに降りかかってくるわけで・・・おそろしいですねぇ・・・


無題

2006-06-19 23:04:04 | Weblog
5月の連休に種を蒔いたマリーゴールドが花を付け始めた。
たくさん生えたので、あちこちに移植した。
それから、少し遅くなったが、買ってあったサルビアとコスモスの種を蒔いた。昨日の事である。
9月のはじめには花が咲き始めるのかな。

やはり5月の連休に苗を植えたナス、きゅうり、トマトも小さな実を付けている。
気温が上がってきたので、もうすぐ食べられるだろう。
実のところ、忙しくて畑の手入れが出来ず、草に隠れ始めていたのだが、昨日なんとか草退治が出来た。
メロン、スイカ、ピーマンは、今年もダメかもね。まだわからないけれど・・・

今度糠床を買ってくる。
去年は、ぬか漬けなしで過ごしたのだが、やはり、食べたくなるわけで、最初から用意したほうが得。
今はすぐに使える糠床が売っているので便利。私が使うのはこれから11月いっぱいくらいまでだから、約半年間。
残りの半年、糠床を上手に保管しておくのが面倒なので、新たに買うのである。

外に、子猫が一匹来ている、迷い猫なのか、捨て猫なのか・・・
もう一匹飼うわけにもいかないので、そのままにしてある。
うちの猫は、気にして見に行ったりしている。
もし、うちの猫がその子猫を家に入れるようなら、まあ飼ってやってもよいとは思っている。
結局猫の事は、猫同士で決めるしかないと思うわけである。
猫には縄張りがあるので、たぶん家には入れないと思うが・・・

写真は水芭蕉の頃の尾瀬ヶ原。

2006-06-18 01:02:27 | Weblog
先週も今週も、週末は雨・・・

さっきまで、堅苦しいあいさつ文の作成に苦労した。
謹啓・・申し上げます・・存じます・・謹白
インターネットという便利なものがあるので、何でも作れるけれど、いまいち心がこもっていないとは思う。
かといってブルグ風の言葉では、あいさつ文にはならない。

昨日蛍を見てきた。といっても家から歩いて10分もかからない。
しかし、夜うろうろ歩いていると、怪しい人だと思われるので、あまり長居は出来ない。
残念ながら、6~7匹くらいしか数えられなかった。
蛍が生息するには、樹木に囲まれた、流れの本当に緩やかな、しかも冬でも水の流れている、水の綺麗な小川がなければならない。
蛍を増やす取り組みは、たぶんあちこちで行われているはずだから、今度調べてみようか・・・

今ちょっと検索してみたら、いろいろありますね。
蛍を増やすには、餌になるカワニナを増やさなければならないらしい。
カワニナというのは、淡水の巻貝ですね。タニシみたいなものです。
綺麗な小川を作って、カワニナをいっぱい繁殖させて、蛍の幼虫をどこかで手に入れて・・・
なかなかたいへんそうです。

ここのところ、仕事のほうでは、トラブル続き・・・
どこまで、想定の範囲内か・・・むずかしいところ。
いちおう想定の範囲みたいな顔をしているが、実はそうでもなかったりする
わたしは、トラブルは隠さずオープンにして、衆知を集めて一気に乗り切りたい方なのだが、そうでもない人もいる。
メンツとかプライドとか、あるんだろうねぇ。
私は、とっくにそういうのを捨てちゃいましたから。それでよいのかどうかは、むずかしいところですが・・・
もちろん全部捨てちゃったわけではありませんけどね。
しかし、「私は、そういう人間ですから・・・」って開き直るのは、やっぱりまずいんだろうな・・・

メンツやプライドがあってこそ、男としての魅力がある・・・かもしれません。

ツバメ

2006-06-15 22:34:51 | Weblog
会社の玄関のツバメの雛は5匹らしい。
だいぶん大きくなって、巣のふちに口を開けて並んでいる。
だいたい均等に大きくなっているところを見れば、親は子供の見分けが付くのだろうか。
それとも2番目に餌をあげたから今度は3番目とか考えているのだろうか。

会社の事務所の玄関のすぐ上、地上3メーターもないところに巣を作るのだから、人間に対しては好意的かと思うとそうでもない。
しかし、昔からツバメは人家の玄関の外か、入ったすぐ内側に巣を作る。
何か理由があるのだろうが、わからない。
単に人間の傍のほうが、子育てに成功する確率が高いために、淘汰の結果そうなったにすぎないのだろうか。

夕方5時頃、私が巣の近くに立って雛の様子に見入っていると、親鳥が威嚇してくる。親ツバメが強く鳴きながら目の前50cmくらいをかすめるように飛ぶのである。
いかにも精悍で、羽はつややかで、凛々しい。母は強し!である。
しかし、あまり親を怒らせるとまずいし、目でもつっつかれたら笑い話では済まなくなるので、すぐにその場を離れた。
玄関を出入りする人は多いのだが、巣を気にするようなそぶりを見せなければ、威嚇される事はないのだと思う

巣の近くに親鳥は2羽いるが、せっせと餌を運んでいるのはそのうちの一羽だし、威嚇するのも同じ親鳥のように見える。
たぶん卵を産んだ母鳥なのだろう。
では、もう一羽のほうは番の片割れの父親なのかどうか?どうなんでしょうかね。
あるいは、若いメスが子育てを手伝うなんてこともあるのだろうか。


明るい未来

2006-06-15 06:54:57 | Weblog
私たちが、次の世代に残そうとしている「負の遺産」の大きさにうんざりする。
「負の遺産」とは、国や自治体の負債のこと。
今の子供たちは、その大きな負債を背負わされる上に、年金の負担も大きくなるだろうし・・・
普通の会社ならとっくの昔の倒産していると思うのだが・・・
政府や自治体が、全く収支バランスを考えず、痛みを伴わない改革ばかりに終始しているのはなぜなんだろうと思う。
結論から言えば、それを放置した私たち国民が悪いのだし、私たちは多かれ少なかれその恩恵を受けてきたわけだから、負債についても責任を負う立場にある。
民間であれば、明らかに、一度整理してゼロからやり直す段階に来ているのだが・・・
政治家にも官僚にも、あまりその意識が感じられないのはなぜなんだろう。
結局、彼らは自分の任期の間なんとかもたせれば、それで責任を逃れられるとしか思っていないのかな・・・
それとも、改革しようにもシステムが古すぎて手が打てないのかな・・・

私の子供の頃、未来は明るいと感じさせられてきた。そのように教育されてきたのかもしれない。
そして確かに、子供の頃に比べれば、はるかに便利な、高度な技術に支えられた生活をしている。
これは、私の世代が子供の頃イメージした明るい未来の一部である。

今の子供たちは、どんな未来をイメージしているのだろうか?
明るい未来をイメージできているのだろうか?
少なくとも「負の遺産」など背負わせず、せめてゼロから「明るい未来」に向けて出発させてやりたいのだが・・・

火事

2006-06-13 06:41:49 | Weblog
知り合いの家が火事で焼けた。けが人はいなかった。類焼もなかった。
火事は少なくなってきているように思うが、そうでもないのかもしれない。
消防団の人の話では、ずいぶん頻繁に出動があるらしい。

そういえば、私の家でも東京電力のブレーカーが焦げていた事があった。
「なんか焦げ臭いにおいがするみたい」と言われたが、原因がわからなかった。
それからしばらくしたら、夜の6時頃突然電気が使えなくなった。
それでブレーカーを見たら、元の大きなブレーカーの端子部分が焦げていた。
元の大きなブレーカーは、東京電力のブレーカーで、近所の電気屋さんでは交換できないらしい。
それで、東京電力に電話したら、すぐに交換に来た。
ブレーカの載っていた木の配電盤も少し焦げていた。こわいですねー。
焦げ臭いときは即徹底的に調べるべきだと、当たり前だけれど、思った。

ちなみに、今はガスコンロを使っているけれど、次に買うときは電磁調理器にしようかなどと思ったりする。
歳をとってからでは、電磁調理器も使いこなせないかもしれないから、早いうちに替えて慣れたほうがいい?
でも電磁調理器がどれほど安全なのかは疑問。

インタビュールーム

2006-06-11 20:31:02 | Weblog
やるっきゃないはずの物置の屋根の張替えは、雨のためあまり進んでいない。
材料は土曜日にそろえたのだが、今日は一日雨降りである。
天気予報が当たらない。スーパーコンピューターでシュミレーションしてるのだろうけれど、まだ当たる・当たらないの世界だ。
修理の材料を買って思ったのは、材木が安い事。9cm×9cm×4mの柱で2000円。もう少し高いと思っていた。

昨日ベストワンについて書いたが、人生でのベストワンは、笑われるかもしれないがサイババのインタビュールームに入った事。
私は基本的に対人恐怖症で、あまりそういう場所は好きではないが、それでもインタビュールームは別次元の空間に感じられた。
インタビュールームに入る事はUFOに乗り込むようなものだと感じた。本当にそう思った。
インタビュールームにいるときは緊張していたのだが、インタビュールームから出てホールに座ってから、体の芯から汗が噴き出してきて、それといっしょに全身が震えるような歓喜が湧き上がってきた。
ダルシャンの時間が終わってホールがガラガラになっても、まだしばらくその場から動けなかったほどの歓喜だ。
「今生はこのために生まれてきた。」と、そのときかなりの確信を持って思った。
96年の秋のことであった。このことについては、いつかもっと詳しく書いてみたい。
写真は、プッタパルティーのアシュラムのガーネーシャゲート。

ベストワン

2006-06-10 23:08:38 | Weblog
もう半世紀も生きているので、ときどき過去を振り返って、いろいろなベストワンを考えてみたりする。
もちろん今でも、どんどん新しいものは出てきているので、ベストワンも変わってゆくのだが、今の気分で選んでみるわけである。

演劇・・・田舎に住んでいるので、テレビの録画を見るだけだ。したがって対象作品が極端に少ない。
その中でベストは野田秀樹演出、大地真央主演の「十二夜」。他に出演者は橋爪功、桜田淳子・・・。20年前の舞台である。
特に大地真央のファンというわけではないが、この舞台はすばらしいものだった。
VTRにとってあるので、何回も見た。

TVドラマ・・・むずかしい。流行りものだし、どんどん忘れてゆく。
その中でベストは、田宮二郎主演の「高原へいらっしゃい」。他に出演者は益田きいとん、前田吟、北林谷栄、尾藤イサオ、由美かおる、三田佳子・・・。音楽は小室等。
田宮二郎という俳優はすごいと思う。前田吟も当たり前だけれど上手い。益田きいとん、北林谷栄が雰囲気出してた。
そのほかにあげるとすれば「沙粧妙子の事件簿」。主演浅野温子。柳葉敏郎、蟹江敬三、佐野史郎・・・。これも繰り返し見た。
「沙粧妙子の事件簿」は独特の雰囲気で、せりふがよく聞き取れないのが特徴的。そのために、聞き取ろうとして集中しているうちにはまってしまう??

映画・・・映画はむずかしい。何回も繰り返し見たものは案外少ない。
たとえば「千と千尋の神隠し」は名作だと思う。
洋画では「カラーパープル」あたり。監督はスピルバーグ。主演ウッビー・ゴールドバーグ。他にダニー・グローヴァーなど。
「カラーパープル」のラストシーンでは不思議と泣ける。私が泣ける映画はこれくらいしかないかもしれない。

音楽・・・のっこヴァージョンの(Creamy)の方の「フレンズ」が、ここ数年のベストワンだと思う。
といっても、CDを見たら1999年でした。
一番たくさんレコード・CDを持っているのは中島みゆき。シングルを除いても20枚くらいあると思う。
ただ、最近はあまり聞かない。でも気が付くと無意識に口ずさんでいたりする。

こうやって、ベストワンを選んでみると、新しいものが少ないのに気づいた。
もちろん最近のものにもよいものはたくさんあるわけだが、だんだん新しいものが取り込めなくなってきているのかな。
好奇心とか感受性を枯らしてしまわないようにしないと、老けちゃいますね。まあ、それでもいいけどね。

アドレナリン

2006-06-10 08:30:31 | Weblog
土日の休み。
今日は天気がよいらしいので、これから少し除草剤をまく。
それから、物置の屋根の張替え。
出来れば草むしりもしたいのだが・・・

物置の屋根の張替えは、やって見ないとどれくらい時間がかかるかわからない。
明日で終わるかどうかもわからない。
それでもやるっきゃないのである。

昨日仕事でアドレナリンだいぶん消費したので、今日はすっきり穏やか。
でもアドレナリン使うと、少ししてから胃の辺りがギュッと痛いように感じるのはなぜなんでしょう?
「この緊張感がたまらない!」というせりふがどこかでありましたね。
大好きなせりふです。俳優はニコラス・ケイジでした。
不安や恐怖を緊張感に変え、緊張感を自分のエネルギーに変換して、眠っている潜在能力を引き出してゆく感じですね。

陽光のマジック

2006-06-09 00:04:22 | Weblog
ここのところ少しばかりいそがしい。
暇をもてあそぶよりは、いそがしい方がはるかによいとは思いながらも、ゆっくり寝たいとか、たまには山にでも行きたいとか、思ったりするわけだ。

尾瀬はもう水芭蕉の季節だ。
今日の写真は、尾瀬の朝の写真。かなり以前の写真だ。
あいにくの天気だったが、朝、陽光のマジックが見られた。雲の切れ間から差し込んだ光が、結構速く尾瀬ヶ原を動いてゆく。
もちろん晴れている尾瀬のほうが楽しいのだが、雲のある日には、こんな風景も見られる。

会社の玄関のツバメは、もう卵がかえり、親鳥がひっきりなしに餌を運んでいる。
もうしばらくすれば、巣立つだろう。
今年のツバメは、壁に新しい巣をたいそう上手に作った。
たぶん子供を育てるのも上手だろう。

ヒバリもキジもどこかの草むらで、卵を抱いているはずだ。
今はそういう季節だ。

そろそろ田植えが始まったから、すぐに蛍が飛ぶ。
デジカメで蛍が取れるかどうか、試してみたい気もする。
昔と違いそれほどたくさん飛ぶわけではないので、難しいかもしれない。
このあたりで蛍が飛ぶのは、あと1週間くらい先だろう。

「栄光」について

2006-06-06 23:17:25 | Weblog
栄光」という言葉が気になったので、少し抜書きしてみた。

① 「誰であれ、その見極め方がどうであれ、どれほど長い時間をかけたにせよ、私の栄光を理解できるものはいない」 サイババ


石をとろかし木々からも悲しみを引き出したほどの牧女の栄光を理解しえぬ者には、その真偽のほどを判断する資格はありません。
死んだような心では、宇宙至高神であり美と力によって宇宙を魅了したクリシュナ・チャンドラの月光のごとき光輝を把握する事は出来ません。
もっとも明晰であり純粋な知性の持ち主だけがそれを理解する事が出来るのです。
      ---- バガヴァタ・バヒニ 第20章 クリシュナのあたえし至福 ----


【パラ】【パラム】の語は、卓越した、越えた、はるか上の、あらゆるものよりもっと栄光ある、という意味です。 パラブラムマは、いっさいのものを越え、いっさいのものの背後にあり、三界のいかなるものよりも偉大であるものを指します。 パラブラムマは不二にして、独特であり、永遠にして無限です。 【二】は相違、分裂、避けられぬ不和を意味します。 ブラフマンはあらゆるところに偏在しています。 それゆえに唯一者であり、ブラフマンのみが存在しているのです。 それは分割することも、破壊することもできません。 これを認識する事こそ最高の英知(ニャーナム)です。  ----英知----


宇宙の基盤であるブラフマンを常に憶念し、ブラフマンの有相の面に祈願し、ブラフマンの栄光を語り、ブラフマンを同伴者とし、常にブラフマンの御前にいるとの意識で暮らす事を言います。 パンチャダシが、「神のみに捧げられた想い、神のみに捧げられた言葉、神のみについての会話、このように神に一心集中して生きる事こそ、賢者が英知の修行と称するものである」と言ったのはそのためです。 これと同じことを、クリシュナはギータの中で語りました。 「彼らは私に心を定めて離さない。 彼らは私を呼吸するゆえに生き続ける。 彼らは互いに私について語り合い、私の事のみを話す。 彼らはそうする事のみに大きな満足を覚え、幸福に浸る」。    ----英知----

⑤ 【栄光】 かがやかしいほまれ。光栄。名誉。「勝利の―」「―に輝く」_さいわいを約束する光。瑞光。 ---- 広辞苑 ----

⑥ 新約聖書には、「栄光」という言葉がものすごくたくさんある。とくにヨハネの福音書に多いように思う。

引用ばかり長くなったが、どうも宗教書では「栄光」は神の属性であり、人間においては神に近いものほどより「栄光」があるということらしい。
しかも、それはなかなか理解できない概念のようなもの?らしい。

今日の写真は、ザクロの花です。

名前の話

2006-06-02 23:08:55 | Weblog
さっき、「大品般若経」とか、道教とか、易とか、ちょっと調べていた。
目的は、漢字の意味調べ?とか、名前の出所とか、そんなこと。

私の感覚ではあまりよい意味を持たないように思える漢字が、名前に使われていたりすると、気になったりするわけだ。
ちなみに私の本名は、中国の昔のすごい有名人の名前なので、完全に名前負けしている。

漢字や名前の意味とか出所を調べるにはgoogleは便利。
googleで調べているうちに、お経とか易とか道教とかに入っていってしまったわけだ。
その中で、幸田露伴が道教に詳しい専門家だった事を知った。
露伴という人は多彩な人だ。もともとは通信技師としてスタートし、文学を志し小説家になり、帝大の講師になり、文学博士になっている。

googleといえば最近このブログもgoogleに引っかかるようになった。
googleの検索で自分のブログが出てくるというのは、結構うれしいものだと感じた。
ただ内容が伴わない、とりとめのない話ばかりなので、申し訳ない気もする。
検索する人は、何かを詳しく知りたくて検索するわけで、「如意樹」でこのブログが出てきても、時間の無駄になりそうだ。

それはさておき、道教のいろいろなお話は面白い。
自分は、はるか昔、「聊齋志異」(中国の怪異小説?)を好んで読んでいたので、そういった中国の民間信仰のような話は好きである。
道教の風習は、ある程度日本に伝わってきているらしいが、あまり定着しなかったのは政治的な理由によるのだろう。

名前の話に戻るが、私のHNの dharmavaram の dharma は宗教(又は法)、 varam は「祝福された」とか「より良い」の意味らしい。
サンスクリットである。
こうして意味を調べると名前負けしている事に気づくが、意味をよく知らずに使い始めたので、御容赦願いたい。


きっかけ

2006-06-02 00:36:52 | Weblog
神様は、絶妙のタイミングできっかけを与えてくれるものだと、よく思う。
「きっかけ」「てがかり」・・・・
この世界が実は神そのものであること、この世界には偶然なんてありえないこと、全ては神の表現であること、を気づかせてくれる「きっかけ」。
自分が考えている事を形にして見せてくれて、その先に進ませてくれる。
神の力を垣間見せてくれる。

それを一番強く感じたのは、プッタパルティを離れてから、北インドを旅したときだ。
インドを旅しているとき、この旅はスワミが用意してくれたものだと、何度となく感じた。
スワミは遍在するが、やはりインド亜大陸はスワミのホーム-グラウンド。完璧なツアーコンダクターである。
ほとんど行き当たりばったり、「地球の歩き方」だけが頼り、切符を買うために何時間も並んだりする旅である。
ストライキで半日列車が止まったり、車掌に頭をたたかれたりする(チベッタンと思われたらしい)旅である。
「 travel は trouble だ」が口癖になってしまうような旅である。
それでも要所要所に祭りがあり、花があり、出会いがある。
人生に不安や苦しみ悲しみがなければ、学びも少ないかもしれない(と凡人である私は思う)。・・・自己憐憫か・・・

たとえば、ある人のことを思っていると、その人によく似た人を見かける。
よく似た人を見た事により、思いはまた先に進む。

あるいは、悩みができる。何の気なしに手にした本の開いたページにピッタリの言葉が書いてある。
その本を初めて読んだわけではないのに、ちょうどよいタイミングで読むことによって、今まで以上のメッセージが伝わってくる。
人生捨てたものではない、と思わせてくれる。

あら、日付が変わってしまった。
今日の写真は、昨日の続きです。もう日が昇り始めます。