前回に引き続いてテレビドラマの話。
最近おもしろいと思っているのが「CSIマイアミ」。テレビ東京でお昼の時間帯に放送しているアメリカ製のテレビドラマ。しかし、後一回で終りかもしれない。
CSIというのは、警察の科学捜査班のこと。事件を科学的な調査によって解決してゆくストーリーなのだが、見ごたえがある。
ロイター通信が"世界で最も視聴者の多いアメリカの番組"と報じたそうだが、なるほどと思う。
夜のゴールデンタイムに放送すればそれなりに視聴率が稼げると思うのだが、それができない理由が何かあるのだろうか。ちなみに、私は録画で見ています。
今は、韓国製のドラマが数多く放送されているが、アメリカの方がレベルはかなり上だと思う。
思い出したが、私が子供の頃に見たのは、アメリカのドラマばかりでしたね。「ララミー牧場」とか「奥様は魔女」とか「名犬ラッシー」「コンバット」・・・ずいぶん見てましたね。
そういえば今度NHKBS3でペ・ヨンジュン主演の歴史物の韓国ドラマを放送するらしい。どんなもんでしょうかねぇ・・・
最近言われた言葉に「薄情」というのがある。思い当たる節は充分にある。
基本的に対人恐怖症だから、他人にかかわりたくない。しかも、私は対人恐怖症と感じているが、他人から見れば「人間嫌い」である。そして確かに人間嫌いになっていると思う。
他人に干渉される事が嫌いだから、他人に干渉する事もしない。したがって人間関係は疎である。
他人から、思いやりみたいなことをされるのが嫌いだから、他人にそういうことをしない。
さらに、無意識にあるいは意識的に人を遠ざけようとする傾向さえあると思う。
だから共同作業は苦手。大げさに言えば「俺の仕事に手を出すな、お前の仕事にも手を出さないから。」という感じ。
自分が嫌いな事は、他人も嫌いだと思っているが、どうもそうではないらしいと気づく事もある。しかし、だからといって今更どうしようという気持ちもない。
したがって、私は「薄情」であると思う。
それでずいぶん、他人を傷つけてきたのかもしれない。期待される「思いやり」が欠如しているわけだから・・・そういうことになる。
しかし、「薄情」の世界も住んでみれば悪くない。一人で山に入る時の気分がそれに近いかもしれない。
たとえばいつか、一人で山に入ったまま帰れなくなって、それで終りになるのかもしれないが、それも人生だと思う。
もうずいぶん前に知り合いから「お前が山に入るのは、死に場所を求めているようだ。」と言われた事があった。自分ではそんな事を意識した事はなかったが、少しはそういう意味もあったのかなと、今頃になって思う。
そう言ってくれた人は、すでにあちらに逝ってしまいましたけど。
最近おもしろいと思っているのが「CSIマイアミ」。テレビ東京でお昼の時間帯に放送しているアメリカ製のテレビドラマ。しかし、後一回で終りかもしれない。
CSIというのは、警察の科学捜査班のこと。事件を科学的な調査によって解決してゆくストーリーなのだが、見ごたえがある。
ロイター通信が"世界で最も視聴者の多いアメリカの番組"と報じたそうだが、なるほどと思う。
夜のゴールデンタイムに放送すればそれなりに視聴率が稼げると思うのだが、それができない理由が何かあるのだろうか。ちなみに、私は録画で見ています。
今は、韓国製のドラマが数多く放送されているが、アメリカの方がレベルはかなり上だと思う。
思い出したが、私が子供の頃に見たのは、アメリカのドラマばかりでしたね。「ララミー牧場」とか「奥様は魔女」とか「名犬ラッシー」「コンバット」・・・ずいぶん見てましたね。
そういえば今度NHKBS3でペ・ヨンジュン主演の歴史物の韓国ドラマを放送するらしい。どんなもんでしょうかねぇ・・・
最近言われた言葉に「薄情」というのがある。思い当たる節は充分にある。
基本的に対人恐怖症だから、他人にかかわりたくない。しかも、私は対人恐怖症と感じているが、他人から見れば「人間嫌い」である。そして確かに人間嫌いになっていると思う。
他人に干渉される事が嫌いだから、他人に干渉する事もしない。したがって人間関係は疎である。
他人から、思いやりみたいなことをされるのが嫌いだから、他人にそういうことをしない。
さらに、無意識にあるいは意識的に人を遠ざけようとする傾向さえあると思う。
だから共同作業は苦手。大げさに言えば「俺の仕事に手を出すな、お前の仕事にも手を出さないから。」という感じ。
自分が嫌いな事は、他人も嫌いだと思っているが、どうもそうではないらしいと気づく事もある。しかし、だからといって今更どうしようという気持ちもない。
したがって、私は「薄情」であると思う。
それでずいぶん、他人を傷つけてきたのかもしれない。期待される「思いやり」が欠如しているわけだから・・・そういうことになる。
しかし、「薄情」の世界も住んでみれば悪くない。一人で山に入る時の気分がそれに近いかもしれない。
たとえばいつか、一人で山に入ったまま帰れなくなって、それで終りになるのかもしれないが、それも人生だと思う。
もうずいぶん前に知り合いから「お前が山に入るのは、死に場所を求めているようだ。」と言われた事があった。自分ではそんな事を意識した事はなかったが、少しはそういう意味もあったのかなと、今頃になって思う。
そう言ってくれた人は、すでにあちらに逝ってしまいましたけど。