米不足で露呈した「日本の農政」の異様さ…「日本の米に未来はない」と専門家が断言する、衝撃の理由
Yahoo news 2024/10/11(金) 現代ビジネス 中島 茂信(フードライター)
今年8月、日本各地のスーパーから米が姿を消した。入荷をしてもすぐに売り切れ、さらに価格も大きく高騰。「いつも当たり前にあるはず」のお米が無いことに、どことなく不安感を覚えた方も多くいたのではないのだろうか。新米が並びはじめて、元通りになったかと安心する一方で、“令和の米騒動”の原因を明らかにしなければ問題は繰り返されかねない。
東京大学大学院農学生命科学研究科特任教授で『世界で最初に飢えるのは日本 食の安全保障をどう守るか』など農業安全保障関連の多くの著作を持つ鈴木宣弘氏はその原因を政府が行う「減反政策」に求めたうえで、その政策により、多くの米農家が苦境に立たされていると説く。政府の政策が変わり、そして消費者の行動が変わらない限り、「日本の米」に未来はないーー鈴木氏がそう断言するのはなぜなのか。
取材・文/中島茂信
コメを作ってくれる人がいなくなったら……
「コメを食べないと落ち着きません」
東京大学 大学院特任教授の鈴木宣弘先生の生活には、コメが欠かせない。奥様の手料理で朝一膳。昼は仕事で抜くこともあるが、夜も一膳いただく。鈴木先生の大好きなコメが2024年の夏、ほぼ全国の小売店から消えた。10月になり、各地の新米が並び始め、“令和の米騒動”もひと段落。10月6日、記者の地元千葉県のスーパーでは、千葉県産新米コシヒカリが5キロ3580円。令和の米騒動前の、ほぼ倍になった。
けれど、鈴木先生は「全然高くない。もっと高くていい」と言い切る。コメ5キロは茶碗約80杯分。5キロ3580円なら茶碗1杯約44.8円。
「菓子パンと比べたら茶碗1杯50円でも高くありません」
消費者としては安いほうが有り難い。けれど、「コメを作ってくれる人がいなくなったら、高いのなんのとは言っていられなくなる」と鈴木先生は指摘する。
1993年に比べると、大騒ぎする状況ではなかった
昨夏の猛暑の影響で、一等米の比率が落ちたこと。コロナがほぼ終焉し、インバウンド需要が増えたこと。この2点が“令和の米騒動”の要因だと報じるメディアが目立った。けれど、この説に鈴木先生は異論を唱える。
「インバウンド需要が増えたところでせいぜい1%。2023年のコメの作況指数は、平年を100として101。減っていません」
まだ記憶に新しい1993年のコメ不足は、記録的な日照不足と冷夏が原因だった。
「あの年は作況指数が70ぐらいまで落ち込みました。それに比べれば、今年は大騒ぎするような状況ではありません」
備蓄米を流通させなかったワケ
8月末、大阪府知事は、「備蓄米を流通させてほしい」と政府に要望。けれど、政府は、「全国的に見て需給は逼迫(ひっぱく)しておらず、備蓄米を開放する予定はない」と回答した。
「1993年の大不作をきっかけに政府は、1995年から毎年100万トン程度のコメを備蓄しています。この備蓄米をもっと柔軟に運用すべきでした」
どのような状況になったら備蓄米を放出するのか。数値を決めていれば府知事も国民も納得したはずだというのだ。
「役所は面子を重んじます。コメは余っていると言い張ってきた以上、放出すると自分たちが間違っていたことを認めることになる。備蓄米を流通させる状況ではないと判断したのでしょう」
そもそもの発端は「減反政策」
2024年の夏は、南海トラフ巨大地震の注意報が出たことでコメを買いだめした人も多かった。
「買いだめもコメ不足を招いた要因のひとつですが、そもそもの発端は政府が長年続けてきた『減反政策』にあります」
減反政策は2006年に廃止されたことになっているが、実はいまも実施されているという。
「さらに最近ひどいのは、財務省を中心に、農水省以上に権限を持っている財政当局の政策が短絡的になってきています。コメは余っているのだから田んぼを畑に変えてしまおう、田んぼをつぶせば一時金を出す、という政策を導入しています」
米農家がおかれた現状
なぜ「コメはもっと高くていい」のか。米農家がおかれた現状を説明してもらった。
「海外情勢の悪化で、肥料が2倍近くになり、燃料代も5割高。現在の正確な統計はまだ出ていませんが、コメ1俵(60キロ)のコストが16000円とか17000円になっている可能性が高いです」
農家が米農家に払う概算金(集荷時に支払う前払い金)は地域により異なるが、2023年はコメ1俵が12000円ぐらい。今年は上がったとはいえ16000円とか17000円程度。
「やっとトントン。これでは利益が出ず赤字が膨らむ一方。辞める人が続出しています」
流通の自由化がもたらした弊害
20年前までは、米農家はコメ1俵を20000円で売っていた。その後、米価は下がり続けた。コロナ禍で外食需要が激減した頃は、9000円まで下がった。20000円がなぜ半分以下になったのか。
「コメの流通を自由化したからです」
どういうことか、教えてもらった。
「『食糧管理制度』(1942年施行)により政府は長年、全国の農家からコメを買い上げていました。供出価格と供出量を政府が決定していたのです。たとえば、農家から1俵20000円で高く買い入れ、消費者に安く売っていました」
その差額を政府が補填していた。ところが、1994年に食糧管理制度が廃止。コメの流通が自由化された。それでも当初はまだ政府がコメを大量に買い上げていたため、政府が米価を調整できた。
「やがて買い上げの量が縮小。100万トンに減ったことで、政府が米価を動かせなくなりました」
農家は米を買い叩かれる
諸物価高騰を理由に多くの食品メーカーが値上げしている。農家も米価を上げればいいはずだが、できない裏事情がある。
「米価は、大手小売チェーン店がいくらで売りたいかで決まります。農家は買い叩かれています」
農家の懐具合もコストも関係なく、農家不在のもとで米価が決定されている。
「価格転嫁ができない農家に対し、『農業は大変だよなあ』と言う人がいます。でも、これは他人事ではありません。農業問題はわれわれ消費者の問題。自分の、子どもの命の問題です」
先進国でもっとも農家への補助金が低い日本
米価を上げられないとしても「農家は補助金で保護されているじゃないか」と多くの人が思っているのではないか。記者も長年そう思い込んでいた。けれど、鈴木先生は、「農家は補助金漬けではない」と自著『農業壊滅』に記している。
日本の農家の所得のうち、補助金の占める割合は30%程度なのに対して、英仏では農業所得に占める補助金の割合は90%以上、スイスではほぼ100%と、日本は先進国でもっとも低いのだ。(『農業壊滅』より)
この一文にはないが、アメリカは40%だと鈴木先生は指摘。日本と大差がないようだが、この数字には裏がある。市場価格の状況で補助金が変動するのだ。
「たとえば、アメリカの農家がコメ1俵を4000円で売っているとします。生産には12000円のコストがかかるとすると、差額分の8000円を政府が全額負担しています。そのおかげで農家はコメが安くても安心して農業を続けることができます」
鈴木先生は自著『世界で最初に飢えるのは日本』でアメリカの農業政策について言及している。
アメリカでは、コロナ禍による農家の所得減に対して、総額3.3兆円もの直接給付を行っている。また、3300億円を支出し、農家から余剰在庫を買い上げて、困窮世帯に配布している。(『世界で最初に飢えるのは日本』より)
食料こそがもっとも安い武器
アメリカは農家を手厚く保護するだけでなく、農作物を輸出している。その意図はなにか。
「補助金を付けることで、農作物を安く輸出するためです。その結果、たとえば、日本人の胃袋をコントロールしてきました。『食料こそがもっとも安い武器』だというのがアメリカの国策。農産物の補填だけで多い年は1兆円を使っています」
民主党政権時の2009年、アメリカの農業政策に似た「戸別所得補償制度」が施行された。
「販売価格と生産コストの差額を農家に補填する制度でした。米農家の所得が増え、大規模農家がさらに拡大するような動きがありました」
その後、自民党政権に戻り、制度が廃止された。だから、いま、農家が厳しい状況に置かれていると鈴木先生は説く。
アメリカの対日対策だった「減反政策」
先に、令和の米騒動の要因は減反政策だと述べた。実は、減反政策も、第二次世界大戦後のアメリカの、対日本の政策だった。
「すべてはアメリカの、戦後の過剰農産物の処理のためでした。アメリカ産の小麦を日本にねじ込むには、コメを食べられてはと困る。そのために“コメを食うと馬鹿になる”と主張が載った本『頭脳―才能をひきだす処方箋』が1958年に出版されました」
著者は慶應大学名誉教授の林髞(たかし)氏。
当時は発売3年で50刷を超える大ベストセラーであり、日本社会に与えた影響は非常に大きかったのである。(『世界で最初に飢えるのは日本』より)
コメを食うと馬鹿になる。いま思えばまさに噴飯ものだが、慶應大学名誉教授が書いたこともあり、「コメ食否定論」がまかり通り、朝日新聞の天声人語でもコメ食否定論が紹介された。
「日本を米国産農作物の一大消費地に仕立て上げるため、コメの消費を減らす政策をアメリカが行ないました。それがいまの流れの根底にあり、日本の農業政策を狂わせてきました」
小麦の関税を実質、日本に撤廃させ、アメリカ産の小麦が大量に輸入されるようになった。日本では小麦を長年コメの裏作で栽培してきたが、生産量が激減。いまや輸入小麦の割合が9割になってしまった。
いざとなれば罰則で脅す
2024年6月、「食料供給困難事態対策法」が成立。有事や異常気象などの緊急事態には、政府がコメやサツマイモ、ジャガイモなどカロリーの高い作物への生産転換を指示できることになった。簡単に書くと、輸入・生産拡大や出荷・販売調整の計画作成と届け出を政府に指示し、従わなければ、20万円以下の罰金を科すという法律だ。
「価格転嫁ができずバタバタ倒れている米農家を支援せず、いざとなれば罰則で脅し、コメを作らせる。そんなアホな発想しかできないんです」
コメの備蓄を進めるべき
今後、日本はどうすべきなのか。
「コメの増産を奨励すべきです。生産量は農家に一任する。赤字になりそうなときは政府が補填する。コメができすぎたときは買い取り、備蓄すべきです」
中国では有事に備えて14億人の国民が1年半食べられるだけの備蓄をするため、世界中の穀物を買い占めているという。
「現在、日本のコメの備蓄量は100万トン。全国民の1.5か月分しか確保されていません」
鈴木先生が提案している超党派議員法案がある。数兆円規模の援助金を農家に出す「(仮称)食料安全保障推進法」だ。
「超党派の議員連盟『協同組合振興研究議員連盟』が検討してくれています。自民党の『責任ある積極財政を推進する議員連盟』の方々をはじめ、自民党からも多くの賛同を得られる可能性があります」
「日本のコメ」の未来
日本のコメに未来はあるのか。
「いまのままではありません。あと5年もつかどうか。そのことを政府はわかっているのか」
日本の農業は風前の灯火(ともしび)である。農家の平均年齢は68.4歳。フランスの農家の平均年齢は51.4歳であることを考えると、これがいかに異常な数字かがわかるだろう。(『国民は知らない『食料危機』と『財務省』の不適切な関係』鈴木宣弘・森永卓郎共著より)
安い輸入小麦に飛びついてきた結果、コメの消費量が減り続けてきた。高いのなんのと言わず、地元産のコメを食べるようにすれば農家が助かるし、結果的に自分たちも助かる。
「そのためにも地元産のコメを地元で消費する、循環させる仕組みをつくるべきだ、と私は提案しています。そのひとつが学校給食です」
千葉県いすみ市では2017年以来、市内の全小中学校(公立小学校10校と公立中学校3校)の学校給食を地元産の有機米を提供している。その後、野菜も地元産有機野菜に変わった。その話を鈴木先生のセミナーで聞いた京都府亀岡市の市長は、亀岡市でも地元産のオーガニック米の給食を実施することにした。
「給食を核にした地域循環が各地で盛んになり、国内で地元でとれたコメや野菜を大事にする食生活を見直すことができれば、流れを変えられます。少々高くても地元のコメをもっと食べるべきです」
自給率は「見た目の数字でしかない」
カロリーベースの自給率は約38%だが、「見た目の数字でしかない」という。
野菜自体の自給率は80%あるが、種を計算に入れると、真の自給率は8%しかない。種は日本の種会社が売っているものの、約9割は海外の企業に生産委託しているのが現状だ。(『世界で最初に飢えるのは日本』より)
卵はどうか。
鶏の卵は(中略)97%を自給できているが、鶏の主たるエサであるトウモロコシの自給率は、ほぼゼロである。(中略)そもそも、鶏のヒナは、ほぼ100%輸入に頼っている。(『世界で最初に飢えるのは日本』より)
日本の食生活の「危うさ」
日本は「美食の国」といわれている。本当に美食の国と呼べるのだろうか。
「料理人の腕はあると思いますが、野菜の種もヒヨコもエサも化学肥料もほぼ全部輸入。イタリアのように地元産の食材を大事にし、おいしい料理を作るのが本来の姿。日本の食生活は、非常に危ういと思います」
食材がどこから来ているのか、農薬の問題も含め、食材にどれだけリスクがあるのか。そういうことも含めて考えると、単においしいだけではすまされない。
「農は国の本なり」。食料危機が到来し、農の価値がさらに評価される時代が来ている。今を踏ん張れば、未来が拓ける。(『世界で最初に飢えるのは日本』より)
「美食の国」の民として、現状を直視し、考えるべき時代が来ている。選挙へ行こう。