私の輪行チャリ鉄活動の自転車ルート選定方は、基本的に標高の上から下へ進める、ある意味とてもヘタレwなやり方で、本格的サイクリストから見れば邪道もいいところなのだろうとも思いますが、ローカル線の起点駅から終着の主要都市駅なら、大体が山間部から平地になるものですし、輪行をし易くするために小径フォールディングバイクで走るって言う体制からの限度もあるので、そんなコース設定を選ぶことが多くなるものです。
しかし、今回の京都丹後鉄道宮福線で輪行チャリ鉄活動となると、どうしても400m級の峠を2度通らなくてはいけないという自分的に超ハードな箇所が発生します。
それは、あまりにも主題とかけ離れてしまうので、少し巡り方を変えて尚且つ輪行チャリ鉄活動に合致するようなルートで行いました。
その為、自転車で走るルートは、
大江山口内宮駅から普甲峠を越えて辛皮駅、
辛皮から普甲トンネルで一駅輪行して喜多駅から宮津駅、
宮津から全線乗車で福知山駅、そして
大江山口内宮駅へ戻る、
としました。400mの峠は1度登るだけで、辛皮-喜多は漕がなくなりますが、全駅を自転車で訪れることにできます。とにかく辛皮駅をつなぐ道が急勾配の険しい1本道しか無いので、自分の身体能力も含めこれしか無い感じです。
…なお、このレポート記事の実乗日は、2021年4月後半で結構日にちが過ぎちゃっています、豆腐のメンタルな人なので勤務の加減で1年ほどBlogさわる精神的余裕を失くしていた為、今ごろの記事公開になってしまいました。ご承知置きのうえ御一読ください。m(_ _)m
…順番が入り乱れるので、駅順のレポートに致します。(本来の起点は宮津ですが福知山駅からスタートで)
福知山駅は、京都府北部の交通の要衝となる駅で、山陰本線と福知山線及び、京都丹後鉄道宮福線が通っています。そんな訳で、福知山には過去には機関区があったのですが、駅前再開発に際して廃止され、転車台とC11形蒸気機関車を巨大なモニュメントとして保存しています。C11形40号機は、全身にイルミネーションが仕込んであるのが見て取れるので、点灯している時間に来れば幻想的な姿を見られると思います。
福知山駅では、宮福線内では多分レアな列車なんじゃないでしょうか、抹茶色2連の115系電車による宮福線内宮津行きがいました。宮福線内普通列車はすべて丹鉄のディーゼルカーかと思っていたので意外でした。ディーゼルカーならワンマンですが、この電車列車は車掌乗務になっていたので、人件費的にはツラい運用じゃないかと思ったり。
福知山駅からは高架に沿って宮津方向に走り、次の駅は福知山市民病院口駅。確か昔は駅名が違った様な…と思っていたら、“愛称駅名”として『厚中問屋駅』と書かれていて、当初はこの駅名でしたね。病院の最寄り駅で住宅街も近くて、な駅ですが、乗降数は少ない様です。
次の駅、荒河かしの木台駅は、丘の上に拓かれたニュータウンの最寄りで、丹鉄宮福線の車庫があります。駅入り口の横の急坂を少し登ると車庫の一部が見下ろせます。
その見えるところに元特急「タンゴ・エクスプローラー」のKTR001形が留置されていました。この車両、噂には聞いていましたが、予備車とは言えとても荒れた状態で置かれていて、JR京都駅まで重連の6両編成で颯爽と走ってきていた、第三セクター鉄道界の当時の最高峰の車両と言える最盛期の姿を見ている者からすると、痛々しくて涙が出そうになるほどかわいそうに思える姿で、もう完全引退させてあげて欲しいとも思ってしまいました。
ちょっと後ろ髪引かれる思いを後に、線路に沿った道がないので大きく国道まで回って、次の牧駅へ。ここも“愛称駅名”として『サケの遡上駅』と付されています。
田んぼの真ん中の築堤の上の駅で、ここも乗降は少なそう。丁度福知山行きの新しい車両KTR300形の赤鬼カラー車が到着しました。反向列車の交換待ちをしそうですが、それを待たずに自転車を漕ぎます。
この先、由良川沿いに国道175号を行き途中左側に府道を曲がると、次の下天津駅へ。高架の上の一線駅で、ここも駅の周りは田んぼばかり。
駅に至る2車線行き止まりの道には、電車通学の帰りの学生を迎えに来てるっぽい、お年寄りの運転する車が待機していました。こんな感じで、過疎地域では御老人も自動車の免許もなかなか返納するのが難しいのだろうなぁ、と思います。
再び国道175号線に戻って進むと、鉄道ファンであればすぐ目が行く、明らかに元鉄道線遺構とわかるトンネルが2つ現れます。
宮福線が開通するだいぶ前、福知山から現大江駅近くの河守までを結んでいた北丹鉄道の遺構です。自転車歩行者専用として、内側を厚く補強しているので元々の大きさより少し小さくなっている様ですが、2つのトンネルの並びとか見てると、古い前面4枚窓の気動車がゆっくりと駆け抜ける姿も瞼に浮かんで来そうです。
トンネルを後にして進み、次の公庄(ぐじょう)駅へ。国道沿いにある駅で、小さめの駅前ロータリーがある駅ですが、最新の2018年の情報では乗降数は0人と言う…。駅周辺は、確かに作業用施設みたいなのは目に入るけど、民家的なものは少なく、車の行き交う音ばかりが騒々しい場所でした。
走りに戻って、国道沿いに進み、次の駅は大江駅。宮福線では唯一の有人駅です。観光案内所が業務委託で営業している様です。酒呑童子に因んだ副駅名が付いています。
…売店とかあっても、自転車で回ってるのでおみやげとか収納できないので買うわけにはいかず、申し訳ないので駅構内には立ち入らずに過ぎました。
この先、谷間の集落続きで、“のんのんびより”感が強い場所が続きます。高い高架がトンネルに突入するところにある次の駅は大江高校前。宮福線内で乗降数第3位を計上する名前の通り高校の最寄り駅。
そんな事情ででしょう、学校のPTA会の看板が駅出入り口にあったりしますが、付いてるイラストが、役員の中で絵心のある人がかいてるのんでしょうけれど、だいぶ今風のセンスな感じで、高校生の親御さんと言えども若くなってるなぁ、って言うより、自分、年取ったなぁ…って変なとこで感心してしまいました。。。(苦笑)
線路に沿う道が県道になり、次の駅二俣駅へ。県道から奥まった所に駅があり、駅横に大きな鉄道変電設備がありますが、壁面にこの地域古来からのお祭りが書かれています。
ここまでの駅でも見ていたのですが、使用済みきっぷ回収箱が、沿線の工業高校が制作した金属製の箱になっていて、マイレール意識を盛り上げるツールの一つにしようと言う思いすら感じられます。
県道に戻って緩い坂を登って行くと、元伊勢内宮神社の山門(門前町…に入るのでしょうか?)を経て、大江山口内宮駅に到着です。
このとき、上下列車の交換で宮福線新旧車両が顔をあわせるタイミングになりました。MF100形の車体の塗装面に経年劣化が目立っていて末期感が漂っていますが、まだしばらく元気に走らせてほしいところです。
ここから次の駅が、大きな峠越えになるのですが、上下に長い記事になっちゃいましたので、前後編に分けたいと思います。
拙い文書の自転車小旅の記録の続きですが、宜しければ御一読ください。
https://blog.goo.ne.jp/donkou-box/e/2fb0c556344e9f6fc386a398e6f2ed78
m(_ _)m
STRAVAで記録したここまでの走行ルート
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