【若紫 第三段落本文】
㉖尼君、髪をかきなでつつ、「けづることをうるさがり給へど、をかしの御髪や。㉗いとはかなうものし給ふこそ、あはれにうしろめたけれ。㉘かばかりになれば、いとかからぬ人もあるものを。㉙故姫君は、十ばかりにて殿におくれ給ひしほど、いみじうものは思ひ知り給へりしぞかし。㉚ただ今、おのれ見捨て奉らば、いかで世におはせむとすらむ。」とて、㉛いみじく泣くを見給ふも、すずろに悲し。㉜をさな心地にも、さすがにうちまもりて、伏し目になりてうつぶしたるに、㉝こぼれかかりたる髪、つやつやとめでたう見ゆ。
㉞生ひ立たむありかも知らぬ若草をおくらす露ぞ消えむそらなき
㉟またゐたる大人、「げに。」とうち泣きて、
㊱はつ草の生ひゆく末も知らぬまにいかでか露の消えむとすらむ
【口語訳 第三段落】
㉖尼君は、若紫の髪をかきなでながら、「櫛でとくことを若紫はうるさがっていらっしゃるけれど、すばらしい髪だなあ。㉗若紫がたよりなくていらっしゃることが、しみじみと心配なのです。㉘これぐらいの年齢(若紫ぐらいの年齢)になると、それほどこのようではない(頼りなくない)人もあるのに。㉙無くなった姫君(若紫の母をさす)は、十歳ぐらいで私の夫と死別なさった時、とても物事を理解していらっしゃったのですよ。㉚たった今、私があなたを見捨て申し上げたならば(若紫を残して死ぬこと)、どうやってあなたは世の中
で生きていらっしゃろうとするのだろう。」と言って、㉛尼君が激しく泣くのを(光源氏が)御覧になるのも、むやみに悲しい。㉜若紫は幼い心にも、そうはいっても(幼いとはいっても)じっと見つめて、伏し目になってうつむいているところに、㉝こぼれるようにかかっている髪は、つやつやとしてすばらしく見える。
㉞(尼君の和歌)
成長してゆくような場所も知らない若草のような若紫を後に残して死ぬ露のようにはかない私は(心配で)消える空がない(不安のあまり死ねない)。
㉟また座っていた年輩の女房が、「本当に」と泣いて、
(若紫の代わりに返歌)
㊱初草のような若紫が成長してゆく将来も知らない間にどうして露のようにはかない尼君が消えようとするのだろうか。そんな気弱なことをおっしゃらないでください。
【語句説明】
㉖・うるさがり給へど・・「若紫がうるさがっていらっしゃるけれども」
「給へ」は尊敬語 尼君の会話では、若紫が主語のところでは尊敬語を使っている。
・をかし・・すばらしい
・御髪(みぐし)・・若紫の髪。尼君が感動するほどの美しい髪である。若紫の美しさを強
調している。
・や・・詠嘆 「なあ」
㉗・はかなう・・たよりなく
・ものし・・「ものす」はいろいろな動詞のかわりに使う。この場合は「いる」「ある」ぐら
いの意味。
・こそ(係助詞 強調)→うしろめたけれ(形容詞 うしろめたし已然形 結び 意味は「心配だ」)
・あはれに・・しみじみと
㉘・かばかり・・これぐらい(の年齢) 具体的に言うと「若紫ぐらいの年齢」
・かからぬ・・このようではない 具体的に言うと「若紫のようにたよりなくない」
・ものを・・詠嘆 なのになあ
㉙故姫君・・尼君の娘 若紫の母 これによって、尼君は若紫の祖母であること、若紫の母は亡くなっていることがわかる。
※『源氏物語』では、光源氏も若紫も、幼い時に母を亡くしている。母を知らない人たちの物語となっている。紫式部も母を亡くしたようで、自身の境遇を作品に反映しているのだろうか。
・十ばかり・・十歳ぐらい ・殿・・尼君の夫の大納言。故姫君の父。
・おくれ給ひ・・「おくれ」は「死別する」。「給ひ」は故姫君に対する尊敬。
・ほど・・時 ・いみじう・・とても
・物は知り給へりし・・「物は知り」は「思慮がしっかりしている」。「給へ」は故姫君に対
する尊敬。「り」は完了助動詞。「し」は過去助動詞「き」の連体形
・ぞかし・・だよ
㉚・おのれ・・私 尼君をさす。
・見捨て奉らば・・「あなた(若紫)を見捨て申し上げたならば」
見捨て・・尼君が若紫を残して死ぬこと 「奉ら」・・謙譲語 若紫に対する敬意。
四段動詞「奉る」の未然形「奉ら」接続の「ば」は、仮定の意味。
・いかで・・どうやって
・世におはせむとすらむ・・若紫は生きていらっしゃろうとするのだろうか。
「おはせ」尊敬語 意味は「いらっしゃる」 主語若紫に対する尊敬
「む」・・意志助動詞 「す」・・サ変動詞 「らむ」現在推量助動詞
・とて・・と言って
㉛・いみじく泣く・・尼君がひどく泣く (主語が尼君 尊敬語を使わない)
・見給ふ・・光源氏が見ていらっしゃる (主語が光源氏 尊敬語を使う)
・すずろに・・むやみに
㉜・さすがに・・そうはいっても ・うちまもり・・じっと見つめる
・うつぶし・・うつぶせになり(泣いている)
㉝・めでたう・・「めでたく」ウ音便 意味は「すばらしく」
㉞尼君の和歌 若紫の将来を憂える内容になっている。
・生ひ立たむありか・・成長してゆくような場所
「生ひ立た」意味は「成長する」 「む」婉曲助動詞 意味は「ような」
・ありか・・場所
・知らぬ・・「知らない」 「知ら」は四段動詞「知る」未然形 未然形接続の「ぬ」は
打消助動詞「ず」の連体形
・若草・・若い草=若紫の比喩 ・おくらす・・跡に残して消える(死ぬ)。
・露・・露のように消えやすい尼君
・消えむそら・・「消えてゆくような空」 「む」婉曲助動詞
・ぞ(強調係り助詞)→なき(結び 形容詞「なし」連体形)
㉟・げに・・本当に
㊱大人(年配の女房)の和歌 尼君の悲しみに共感する内容となっている。
・はつ草・・「若草」と同じ。若紫をさす。 ・末・・将来 ・ま・・間
・いかでか・・どうして~か、いや・・・(反語)
・消えむ・・消えよう 「む」は意志助動詞
・すらむ・・するのだろうか。「す」・・サ変動詞 「らむ」現在推量助動詞
㉖尼君、髪をかきなでつつ、「けづることをうるさがり給へど、をかしの御髪や。㉗いとはかなうものし給ふこそ、あはれにうしろめたけれ。㉘かばかりになれば、いとかからぬ人もあるものを。㉙故姫君は、十ばかりにて殿におくれ給ひしほど、いみじうものは思ひ知り給へりしぞかし。㉚ただ今、おのれ見捨て奉らば、いかで世におはせむとすらむ。」とて、㉛いみじく泣くを見給ふも、すずろに悲し。㉜をさな心地にも、さすがにうちまもりて、伏し目になりてうつぶしたるに、㉝こぼれかかりたる髪、つやつやとめでたう見ゆ。
㉞生ひ立たむありかも知らぬ若草をおくらす露ぞ消えむそらなき
㉟またゐたる大人、「げに。」とうち泣きて、
㊱はつ草の生ひゆく末も知らぬまにいかでか露の消えむとすらむ
【口語訳 第三段落】
㉖尼君は、若紫の髪をかきなでながら、「櫛でとくことを若紫はうるさがっていらっしゃるけれど、すばらしい髪だなあ。㉗若紫がたよりなくていらっしゃることが、しみじみと心配なのです。㉘これぐらいの年齢(若紫ぐらいの年齢)になると、それほどこのようではない(頼りなくない)人もあるのに。㉙無くなった姫君(若紫の母をさす)は、十歳ぐらいで私の夫と死別なさった時、とても物事を理解していらっしゃったのですよ。㉚たった今、私があなたを見捨て申し上げたならば(若紫を残して死ぬこと)、どうやってあなたは世の中
で生きていらっしゃろうとするのだろう。」と言って、㉛尼君が激しく泣くのを(光源氏が)御覧になるのも、むやみに悲しい。㉜若紫は幼い心にも、そうはいっても(幼いとはいっても)じっと見つめて、伏し目になってうつむいているところに、㉝こぼれるようにかかっている髪は、つやつやとしてすばらしく見える。
㉞(尼君の和歌)
成長してゆくような場所も知らない若草のような若紫を後に残して死ぬ露のようにはかない私は(心配で)消える空がない(不安のあまり死ねない)。
㉟また座っていた年輩の女房が、「本当に」と泣いて、
(若紫の代わりに返歌)
㊱初草のような若紫が成長してゆく将来も知らない間にどうして露のようにはかない尼君が消えようとするのだろうか。そんな気弱なことをおっしゃらないでください。
【語句説明】
㉖・うるさがり給へど・・「若紫がうるさがっていらっしゃるけれども」
「給へ」は尊敬語 尼君の会話では、若紫が主語のところでは尊敬語を使っている。
・をかし・・すばらしい
・御髪(みぐし)・・若紫の髪。尼君が感動するほどの美しい髪である。若紫の美しさを強
調している。
・や・・詠嘆 「なあ」
㉗・はかなう・・たよりなく
・ものし・・「ものす」はいろいろな動詞のかわりに使う。この場合は「いる」「ある」ぐら
いの意味。
・こそ(係助詞 強調)→うしろめたけれ(形容詞 うしろめたし已然形 結び 意味は「心配だ」)
・あはれに・・しみじみと
㉘・かばかり・・これぐらい(の年齢) 具体的に言うと「若紫ぐらいの年齢」
・かからぬ・・このようではない 具体的に言うと「若紫のようにたよりなくない」
・ものを・・詠嘆 なのになあ
㉙故姫君・・尼君の娘 若紫の母 これによって、尼君は若紫の祖母であること、若紫の母は亡くなっていることがわかる。
※『源氏物語』では、光源氏も若紫も、幼い時に母を亡くしている。母を知らない人たちの物語となっている。紫式部も母を亡くしたようで、自身の境遇を作品に反映しているのだろうか。
・十ばかり・・十歳ぐらい ・殿・・尼君の夫の大納言。故姫君の父。
・おくれ給ひ・・「おくれ」は「死別する」。「給ひ」は故姫君に対する尊敬。
・ほど・・時 ・いみじう・・とても
・物は知り給へりし・・「物は知り」は「思慮がしっかりしている」。「給へ」は故姫君に対
する尊敬。「り」は完了助動詞。「し」は過去助動詞「き」の連体形
・ぞかし・・だよ
㉚・おのれ・・私 尼君をさす。
・見捨て奉らば・・「あなた(若紫)を見捨て申し上げたならば」
見捨て・・尼君が若紫を残して死ぬこと 「奉ら」・・謙譲語 若紫に対する敬意。
四段動詞「奉る」の未然形「奉ら」接続の「ば」は、仮定の意味。
・いかで・・どうやって
・世におはせむとすらむ・・若紫は生きていらっしゃろうとするのだろうか。
「おはせ」尊敬語 意味は「いらっしゃる」 主語若紫に対する尊敬
「む」・・意志助動詞 「す」・・サ変動詞 「らむ」現在推量助動詞
・とて・・と言って
㉛・いみじく泣く・・尼君がひどく泣く (主語が尼君 尊敬語を使わない)
・見給ふ・・光源氏が見ていらっしゃる (主語が光源氏 尊敬語を使う)
・すずろに・・むやみに
㉜・さすがに・・そうはいっても ・うちまもり・・じっと見つめる
・うつぶし・・うつぶせになり(泣いている)
㉝・めでたう・・「めでたく」ウ音便 意味は「すばらしく」
㉞尼君の和歌 若紫の将来を憂える内容になっている。
・生ひ立たむありか・・成長してゆくような場所
「生ひ立た」意味は「成長する」 「む」婉曲助動詞 意味は「ような」
・ありか・・場所
・知らぬ・・「知らない」 「知ら」は四段動詞「知る」未然形 未然形接続の「ぬ」は
打消助動詞「ず」の連体形
・若草・・若い草=若紫の比喩 ・おくらす・・跡に残して消える(死ぬ)。
・露・・露のように消えやすい尼君
・消えむそら・・「消えてゆくような空」 「む」婉曲助動詞
・ぞ(強調係り助詞)→なき(結び 形容詞「なし」連体形)
㉟・げに・・本当に
㊱大人(年配の女房)の和歌 尼君の悲しみに共感する内容となっている。
・はつ草・・「若草」と同じ。若紫をさす。 ・末・・将来 ・ま・・間
・いかでか・・どうして~か、いや・・・(反語)
・消えむ・・消えよう 「む」は意志助動詞
・すらむ・・するのだろうか。「す」・・サ変動詞 「らむ」現在推量助動詞
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