「あれが三左ならば…。冬樹の死も頷ける。三左は修行についても、相伝についても何も知らん。俺が冬樹に前修行をさせろと言ったので、奴はあわてたに違いない。」
次郎左はそう言いながら修の方を見た。
「おまえのせいではない。修よ。自分を責めるな。おまえが奴を炙り出すために俺を紫峰へ送り込んだとしても、その炙り出し方を考えたのは俺だ。」
次郎左にそう諭されても修の心は晴れなかった。
「黒田、ずっと悪役を演じてもらって悪かったな。透にも辛い思いをさせた。」
わざと話をそらすように貴彦は言った。
「何の。眠れる一左と話ができるのは私だけですし…。それに、徹人や豊穂からも紫峰のことはくれぐれもと頼まれておりましたから…。」
黒田はいつもとはまったく違った口調で答えた。
透は頭の中を整理するので手一杯だった。味方のはずの祖父が敵で、敵のはずの父が本当は味方だったとは。しかも黒田は迫真の演技で自分に対してさえ憎らしいまでに悪役を演じきった。
「次郎左叔父。輝郷。紫峰のことで藤宮に迷惑をかけて申し訳ないのだが、この上は、修か透に早急に相伝を行わねばならぬ。奴に知られてはまずい。奴を屋敷の外へ連れ出すために力をお貸し願いたい。」
貴彦は二人に深々と頭を下げた。
「そうだ。貴彦。うちの女房を付き添わせて奴をしばらく温泉へでも連れ出そう。招待理由は冬樹のことでさぞ力を落とされているであろうからお見舞い申し上げるというのはどうだ…?」
輝郷が申し出た。事情を知らない輝郷の妻はボランティア活動が趣味のような人だから、純粋に老人の世話をするだろう。万一彼女の心を読むようなことがあっても、こちらの思惑が相手にばれることはない。
「それは有難い。俺が温泉へなどと言ったら、かえって疑われるかも知れんからな。」
貴彦と輝郷との間でそのような計画がなされている時に、次郎左はそれを適当に聞き流しながら、修の方をじっと見つめていた。いつにもまして物静かな修の様子に次郎左はただならぬものを感じた。
「相伝は透に…それでよいかな?修よ。」
次郎左が修に語りかけた。修は無言で頷いた。
「なぜ…?なぜ僕なんですか?修さんの方が正当な跡取りではないですか?」
驚いた透は思わず大声を出した。あの黒田の前で、自分は黒田の子、豊穂の連れ子なのにと口に出してしまいそうだった。しかし、当の黒田は次郎左の発言にさほど驚いてはいないようだった。
修を除いてその場の者が皆、次郎左の真意を探るべく彼の方に目を向けた。
「修は…俺の…後見の跡取りだ。その方がよかろう…?そうしたいのだろう…修よ?」
次郎左は笑いながら修を見た。修は、はっとしたように次郎左を見つめ返した。
さすが次郎左は一族での発言力を一左と二分するだけの事はあって、修の中の、未だ外に現れていない何かに気付いたようだった。
ただ一人、蚊帳の外に置かれたような不安が透を取り巻いていた。知らないことが沢山あり過ぎて、話の輪に入っていけない。今、透にできることは、この場の成り行きをただ見守ることだけだった。
次回へ
次郎左はそう言いながら修の方を見た。
「おまえのせいではない。修よ。自分を責めるな。おまえが奴を炙り出すために俺を紫峰へ送り込んだとしても、その炙り出し方を考えたのは俺だ。」
次郎左にそう諭されても修の心は晴れなかった。
「黒田、ずっと悪役を演じてもらって悪かったな。透にも辛い思いをさせた。」
わざと話をそらすように貴彦は言った。
「何の。眠れる一左と話ができるのは私だけですし…。それに、徹人や豊穂からも紫峰のことはくれぐれもと頼まれておりましたから…。」
黒田はいつもとはまったく違った口調で答えた。
透は頭の中を整理するので手一杯だった。味方のはずの祖父が敵で、敵のはずの父が本当は味方だったとは。しかも黒田は迫真の演技で自分に対してさえ憎らしいまでに悪役を演じきった。
「次郎左叔父。輝郷。紫峰のことで藤宮に迷惑をかけて申し訳ないのだが、この上は、修か透に早急に相伝を行わねばならぬ。奴に知られてはまずい。奴を屋敷の外へ連れ出すために力をお貸し願いたい。」
貴彦は二人に深々と頭を下げた。
「そうだ。貴彦。うちの女房を付き添わせて奴をしばらく温泉へでも連れ出そう。招待理由は冬樹のことでさぞ力を落とされているであろうからお見舞い申し上げるというのはどうだ…?」
輝郷が申し出た。事情を知らない輝郷の妻はボランティア活動が趣味のような人だから、純粋に老人の世話をするだろう。万一彼女の心を読むようなことがあっても、こちらの思惑が相手にばれることはない。
「それは有難い。俺が温泉へなどと言ったら、かえって疑われるかも知れんからな。」
貴彦と輝郷との間でそのような計画がなされている時に、次郎左はそれを適当に聞き流しながら、修の方をじっと見つめていた。いつにもまして物静かな修の様子に次郎左はただならぬものを感じた。
「相伝は透に…それでよいかな?修よ。」
次郎左が修に語りかけた。修は無言で頷いた。
「なぜ…?なぜ僕なんですか?修さんの方が正当な跡取りではないですか?」
驚いた透は思わず大声を出した。あの黒田の前で、自分は黒田の子、豊穂の連れ子なのにと口に出してしまいそうだった。しかし、当の黒田は次郎左の発言にさほど驚いてはいないようだった。
修を除いてその場の者が皆、次郎左の真意を探るべく彼の方に目を向けた。
「修は…俺の…後見の跡取りだ。その方がよかろう…?そうしたいのだろう…修よ?」
次郎左は笑いながら修を見た。修は、はっとしたように次郎左を見つめ返した。
さすが次郎左は一族での発言力を一左と二分するだけの事はあって、修の中の、未だ外に現れていない何かに気付いたようだった。
ただ一人、蚊帳の外に置かれたような不安が透を取り巻いていた。知らないことが沢山あり過ぎて、話の輪に入っていけない。今、透にできることは、この場の成り行きをただ見守ることだけだった。
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