スミレと連絡がついたのはそれから数日後のことだった。
忙しく飛び回っていたらしく…夕べようよう帰ってきたのよ…と笑っていた。
宗主の依頼とは言え…今更…西沢個人としては直に麗香を訪ねるわけにも行かないから…スミレと会う約束をした。
スミレは庭田の本家から離れたところにマンションを持っている。
そこは…スミレの実母が暮らしていた部屋で…今は誰も住んでいない。
時折スミレが使うので日用品は揃えてあるし…手入れもきちんとさせているけれど…人気のない部屋はどこか寂しい。
ここは唯一…スミレが庭田智明で居られる場所…。
誰にも気を使うことなく…素のままの自分で居られるところ…。
先代の天爵ばばさまの実の孫ではあるが…智明は麗香とは異腹の弟…その母はあまり良い家の出ではなかった。
能力的には勝る智明だが出自の事情から麗香には遠慮があり…何かにつけて姉を立てるように気を使っていた。
心が草臥れてくると…ひとりこの部屋でぼんやりと過ごす。
ほんの数時間…ほんの数分のこともあるけれど…少しだけほっとできる。
むせかえるような薔薇の香りから逃れて…。
姉が嫌いなわけではない…むしろ慕っている。
姉のために身を粉にして働いて…それを厭わないほどに…。
けれど…時々は無性に…自分のための時間が欲しくなる。
今日は…紫苑が来てくれる…。 ここへ来るのは何年ぶり…?
場所を覚えているだろうか…。
遊びに来るわけじゃないとは分かっていてもなんとなくそわそわしてしまう。
紫苑と自分のためにコーヒーを淹れる…。
お姉ちゃまはお茶が好きだけれど…紫苑はいつもコーヒーだった。
お茶でも文句は言わないけれど…僕はちゃんとコーヒーを淹れてあげてた…。
チャイムが鳴る…。
覚えてたんだ…。
何だか…ほっとしたような嬉しいような…。
いそいそと玄関へ向かう…。
「お帰り…紫苑…。 」
眼の前に優しい笑顔…あの頃と少しも変わらない。
お父さんになったって言うのに…ふたりめができたって言うのに…相変わらず…。
カッコいい~!
西沢が花模様の小さな包みを智明に手渡した。
取り立てて甘党というわけではないがチョコレートだけは別物…昔から目がない。
紫苑…ちゃんと覚えててくれたんだね…。
チョコレートよりも…その心遣いが嬉しかった。
「ノエルちゃんの調子はどう…? 」
まあまあ…だね。 今回も予定よりは早くなりそうだけど…。
「そっか…。 大事にしてね…。 」
居間のテーブルにカップを並べ…コーヒーを注ぐ。
独り身だから…智明もそんなに変わっていない。
けれども…その表情には癒されないままの疲れが見て取れた。
西沢は…宗主から内々に言付かった忠告を伝えた。
庭田自身の立場を護るためにも今は焦る気持ちを抑えて、来るべき時を待つようにとの内容だった。
智明はひと言ひと言頷きながら素直に聞いていた。
「有り難いこと…他家の宗主がそれほどに庭田を思ってくださるとは…。
同じように古い歴史を持つ家柄とは言え…これまでそれほどの付き合いはなかったのに…。」
そう言いつつも…悲しげに溜息を吐いた。
「僕もね…紫苑…。 何度も言ったんだ…。 焦っちゃいけないって…。
でも…今のお姉ちゃまには何を言っても無駄…。
最早…お姉ちゃまですらない…。
完全におばばさまになってしまって…耳を貸そうともしない…。 」
智明にしてみれば長い年月をかけて姉の信頼を得たはずの自分が、あっけなく蚊帳の外に置かれてしまったみたいで、ショックを隠しきれない様子だった。
「おばばさまには何か考えがあるのだろうが…スミレちゃんにも内緒で…というのは非常に危険だね…。
何事かあった場合に庭田の内部で分裂を招く可能性がある。 」
分かってる…。 でも…お姉ちゃまが何も話してくれない以上…僕としてはどうしようもないもの…。
三宅だって命令で動いているだけで事情を聞かされているわけじゃない。
他の者もみんな…そう…。
誰も…お姉ちゃまの真意を知らないんだ…。
智明は再び大きく溜息を吐いた。
働いて働いて…尽くして尽くして…やっと…ここまできたのになぁ…。
やっぱり…弟とは…認めて貰えなかったんだろうか…。
「考え過ぎだよ…。 スミレちゃん…。
ばばさまは誰よりも…きみを頼りにしてるじゃないか…。 」
西沢のその言葉に智明は寂しげに微笑んだ。
たまには…僕も頼ってみたいよ…紫苑。
あなたが同族ならよかったのに…。
胸の中で呟いた。
「あ…そうそう…ノエルちゃんにお土産よ…。 ほら…確かバターサンド好きでしょう…?
私も結構好きだから…多めに取り寄せたの…。 持ってくるわね…。 」
智明の胸の内を隠すかのようにスミレが顔を覗かせた。
スミレちゃん…。
居た堪れずにその場を立とうとする智明に西沢は声をかけた。
「ここに居て…吐き出して…きみが胸に抱えていること…。
家門の違う僕は…きみの傍に居てあげられない…。
こんなにも疲れ切ってる…きみを支えてあげられない…。
けど…きみの心が少しでも軽くなるなら…話せるだけ話して…。
受け止めるから…。
裁きの一族の木之内紫苑としてではなく…西沢紫苑として…受け入れるから…。」
受け入れるって…紫苑…何を…私を…?
あなたって…本当に馬鹿が付くくらいのお人好し…。
昔からそうだった…。
スミレはぽろぽろと子どものように涙をこぼした。
家門の大事に触れることは言わなかったが…積年に亘って胸に痞える様々な想いをぽつりぽつり打ち明けた。
西沢の腕がスミレの肩を抱き寄せた…。
はるか昔に…ほんのひと時だけ耳にして聞き覚えた胸の鼓動が伝わる中で…幾つもの想いを口にした。
話して…泣いて…話して…泣いて…何年分もの胸の痛みが和らいでいく…。
責任と重圧に押し潰されて凝り固まった身体が溶けていく…。
苦悩の涙は…やがて…悦びの涙に変わる…。
お帰りなさい…と玄関先に迎えに出たノエルの鼻先にあの薔薇の香りが再び漂った。
気付かない振りをして笑顔を向ける。
ベビー・サークルの中から吾蘭が手を伸ばして抱っこを強請る。
「アラン…ただいまぁ…。 」
勿論…抱っこ…ゲット!
僕もゲットしたいんだけど…とノエルは心の中で口を尖らせる。
どうも…子どもが御腹にできると毎度…嫉妬心が湧いてきて…自分でも不思議…。
「紫苑さん…晩御飯は…? 僕…さっき先生と食べたけど…。 」
まだ…なんだ…。 恭介は…?
「305号…夜中から撮影に出かけるんだって…。 明日の昼には帰ってくるって言ってたよ…。 」
お知らせ音がチンッと鳴った。
はい…肉じゃができました…。 温めただけで~す。
「ノエルにお土産…だって…。 バターサンド…。 」
きゃ~好きなんだぁ…けど相手が悪い…。
薔薇の君のお土産じゃあねぇ…。
「スミレちゃんから…ね。 」
えっ…スミレちゃん…?
「今日の浮気の相手って…スミレちゃんなのぉ? 」
浮気…って…露骨に言うね…。
信用ないなぁ…まったく…。
「誰だと思ってたの…? 」
薔薇のお姉さん…。
ないない…それは有り得ません…。
うふふ~安~心! ノエルはバターサンドの箱を開けた。
ノエルが口にするのを吾蘭がしっかり見ている。
ンマンマ…ンマママママ…。
「どうしよう…これって洋酒入ってるよね…? 」
ビスケットのところは大丈夫じゃないかぁ…?
肉じゃがをパクつきながら西沢が言った。
ノエルはできるだけバターのところを避けてビスケットを小さく割った。
欠片を吾蘭に渡すと吾蘭は満足げに口に運んだ。
アランの居るところじゃ…お菓子もうっかり食べられないや…。
「ノエル…。 スミレちゃんだったら気にならないわけ…? 」
可笑しそうに西沢が訊いた。
「個人的に…気に入ってんだ…あの人…。 明るいし…面白いし…。 」
スミレちゃん…本当は寂しがりやなのに…忙し過ぎて友達が少ないんだよ。
周りに手助けしてくれるような人も…相談できる相手も居ないしね。
ひとりでずっとがんばっている人なんだ…。
あんなに明るくて楽しい人だけど…大変なこといっぱい背負ってる…。
僕は幸せだとつくづく思うよ…。
僕の周りには仲間や友だちや家族が大勢居て…みんなで僕を支えてくれてるんだからね…。
薔薇屋敷に戻ってからも、さっきあの部屋で起きたことが現実のものとは思えなくて、スミレは何時になく自分の部屋でぼんやりと過ごしていた。
もう二度とは起こり得ない奇跡のようなものだけれど…これは長いこと頑張ったご褒美かもね…。
お蔭で…また…頑張れそうだよ…紫苑…。
あなたは本当にいい友達…。
不意に…ポケットの携帯が震えてメールが届いたことが分かった。
あら…ま。 送信者名を見てスミレは思わずドキッとした。
怒らせちゃったかしら…ね。
『スミレちゃん…バターサンド有難うございました…。 好きなんだぁこれ…。
この前のクッションもそうだけど…スミレちゃん…よく僕の好きなもの分かるね。
僕にはあまりそういう能力がないから羨ましいな。
僕ね…紫苑さんみたいにいろんな知識がないから面白い話はできないけど…あほな失敗談はいっぱいある。
馬鹿話聞きたい時にはメールください…洗いざらい告白します…。
きっと笑えるよ…。 』
眼をぱちくりさせた。
これ一応は…お礼のメールよね…。
瞬時…思いを巡らせて…スミレはクスッと笑った。
メル友ができちゃったわ…。
今日はとてもいい日…。
素敵なご褒美と可愛いメル友さん…。
問題は山積みだけれど…何ひとつ解決もしていないけれど…今日はいい日だった…。
スミレは久々に穏やかな気持ちで一日を終えた…。
次回へ
忙しく飛び回っていたらしく…夕べようよう帰ってきたのよ…と笑っていた。
宗主の依頼とは言え…今更…西沢個人としては直に麗香を訪ねるわけにも行かないから…スミレと会う約束をした。
スミレは庭田の本家から離れたところにマンションを持っている。
そこは…スミレの実母が暮らしていた部屋で…今は誰も住んでいない。
時折スミレが使うので日用品は揃えてあるし…手入れもきちんとさせているけれど…人気のない部屋はどこか寂しい。
ここは唯一…スミレが庭田智明で居られる場所…。
誰にも気を使うことなく…素のままの自分で居られるところ…。
先代の天爵ばばさまの実の孫ではあるが…智明は麗香とは異腹の弟…その母はあまり良い家の出ではなかった。
能力的には勝る智明だが出自の事情から麗香には遠慮があり…何かにつけて姉を立てるように気を使っていた。
心が草臥れてくると…ひとりこの部屋でぼんやりと過ごす。
ほんの数時間…ほんの数分のこともあるけれど…少しだけほっとできる。
むせかえるような薔薇の香りから逃れて…。
姉が嫌いなわけではない…むしろ慕っている。
姉のために身を粉にして働いて…それを厭わないほどに…。
けれど…時々は無性に…自分のための時間が欲しくなる。
今日は…紫苑が来てくれる…。 ここへ来るのは何年ぶり…?
場所を覚えているだろうか…。
遊びに来るわけじゃないとは分かっていてもなんとなくそわそわしてしまう。
紫苑と自分のためにコーヒーを淹れる…。
お姉ちゃまはお茶が好きだけれど…紫苑はいつもコーヒーだった。
お茶でも文句は言わないけれど…僕はちゃんとコーヒーを淹れてあげてた…。
チャイムが鳴る…。
覚えてたんだ…。
何だか…ほっとしたような嬉しいような…。
いそいそと玄関へ向かう…。
「お帰り…紫苑…。 」
眼の前に優しい笑顔…あの頃と少しも変わらない。
お父さんになったって言うのに…ふたりめができたって言うのに…相変わらず…。
カッコいい~!
西沢が花模様の小さな包みを智明に手渡した。
取り立てて甘党というわけではないがチョコレートだけは別物…昔から目がない。
紫苑…ちゃんと覚えててくれたんだね…。
チョコレートよりも…その心遣いが嬉しかった。
「ノエルちゃんの調子はどう…? 」
まあまあ…だね。 今回も予定よりは早くなりそうだけど…。
「そっか…。 大事にしてね…。 」
居間のテーブルにカップを並べ…コーヒーを注ぐ。
独り身だから…智明もそんなに変わっていない。
けれども…その表情には癒されないままの疲れが見て取れた。
西沢は…宗主から内々に言付かった忠告を伝えた。
庭田自身の立場を護るためにも今は焦る気持ちを抑えて、来るべき時を待つようにとの内容だった。
智明はひと言ひと言頷きながら素直に聞いていた。
「有り難いこと…他家の宗主がそれほどに庭田を思ってくださるとは…。
同じように古い歴史を持つ家柄とは言え…これまでそれほどの付き合いはなかったのに…。」
そう言いつつも…悲しげに溜息を吐いた。
「僕もね…紫苑…。 何度も言ったんだ…。 焦っちゃいけないって…。
でも…今のお姉ちゃまには何を言っても無駄…。
最早…お姉ちゃまですらない…。
完全におばばさまになってしまって…耳を貸そうともしない…。 」
智明にしてみれば長い年月をかけて姉の信頼を得たはずの自分が、あっけなく蚊帳の外に置かれてしまったみたいで、ショックを隠しきれない様子だった。
「おばばさまには何か考えがあるのだろうが…スミレちゃんにも内緒で…というのは非常に危険だね…。
何事かあった場合に庭田の内部で分裂を招く可能性がある。 」
分かってる…。 でも…お姉ちゃまが何も話してくれない以上…僕としてはどうしようもないもの…。
三宅だって命令で動いているだけで事情を聞かされているわけじゃない。
他の者もみんな…そう…。
誰も…お姉ちゃまの真意を知らないんだ…。
智明は再び大きく溜息を吐いた。
働いて働いて…尽くして尽くして…やっと…ここまできたのになぁ…。
やっぱり…弟とは…認めて貰えなかったんだろうか…。
「考え過ぎだよ…。 スミレちゃん…。
ばばさまは誰よりも…きみを頼りにしてるじゃないか…。 」
西沢のその言葉に智明は寂しげに微笑んだ。
たまには…僕も頼ってみたいよ…紫苑。
あなたが同族ならよかったのに…。
胸の中で呟いた。
「あ…そうそう…ノエルちゃんにお土産よ…。 ほら…確かバターサンド好きでしょう…?
私も結構好きだから…多めに取り寄せたの…。 持ってくるわね…。 」
智明の胸の内を隠すかのようにスミレが顔を覗かせた。
スミレちゃん…。
居た堪れずにその場を立とうとする智明に西沢は声をかけた。
「ここに居て…吐き出して…きみが胸に抱えていること…。
家門の違う僕は…きみの傍に居てあげられない…。
こんなにも疲れ切ってる…きみを支えてあげられない…。
けど…きみの心が少しでも軽くなるなら…話せるだけ話して…。
受け止めるから…。
裁きの一族の木之内紫苑としてではなく…西沢紫苑として…受け入れるから…。」
受け入れるって…紫苑…何を…私を…?
あなたって…本当に馬鹿が付くくらいのお人好し…。
昔からそうだった…。
スミレはぽろぽろと子どものように涙をこぼした。
家門の大事に触れることは言わなかったが…積年に亘って胸に痞える様々な想いをぽつりぽつり打ち明けた。
西沢の腕がスミレの肩を抱き寄せた…。
はるか昔に…ほんのひと時だけ耳にして聞き覚えた胸の鼓動が伝わる中で…幾つもの想いを口にした。
話して…泣いて…話して…泣いて…何年分もの胸の痛みが和らいでいく…。
責任と重圧に押し潰されて凝り固まった身体が溶けていく…。
苦悩の涙は…やがて…悦びの涙に変わる…。
お帰りなさい…と玄関先に迎えに出たノエルの鼻先にあの薔薇の香りが再び漂った。
気付かない振りをして笑顔を向ける。
ベビー・サークルの中から吾蘭が手を伸ばして抱っこを強請る。
「アラン…ただいまぁ…。 」
勿論…抱っこ…ゲット!
僕もゲットしたいんだけど…とノエルは心の中で口を尖らせる。
どうも…子どもが御腹にできると毎度…嫉妬心が湧いてきて…自分でも不思議…。
「紫苑さん…晩御飯は…? 僕…さっき先生と食べたけど…。 」
まだ…なんだ…。 恭介は…?
「305号…夜中から撮影に出かけるんだって…。 明日の昼には帰ってくるって言ってたよ…。 」
お知らせ音がチンッと鳴った。
はい…肉じゃができました…。 温めただけで~す。
「ノエルにお土産…だって…。 バターサンド…。 」
きゃ~好きなんだぁ…けど相手が悪い…。
薔薇の君のお土産じゃあねぇ…。
「スミレちゃんから…ね。 」
えっ…スミレちゃん…?
「今日の浮気の相手って…スミレちゃんなのぉ? 」
浮気…って…露骨に言うね…。
信用ないなぁ…まったく…。
「誰だと思ってたの…? 」
薔薇のお姉さん…。
ないない…それは有り得ません…。
うふふ~安~心! ノエルはバターサンドの箱を開けた。
ノエルが口にするのを吾蘭がしっかり見ている。
ンマンマ…ンマママママ…。
「どうしよう…これって洋酒入ってるよね…? 」
ビスケットのところは大丈夫じゃないかぁ…?
肉じゃがをパクつきながら西沢が言った。
ノエルはできるだけバターのところを避けてビスケットを小さく割った。
欠片を吾蘭に渡すと吾蘭は満足げに口に運んだ。
アランの居るところじゃ…お菓子もうっかり食べられないや…。
「ノエル…。 スミレちゃんだったら気にならないわけ…? 」
可笑しそうに西沢が訊いた。
「個人的に…気に入ってんだ…あの人…。 明るいし…面白いし…。 」
スミレちゃん…本当は寂しがりやなのに…忙し過ぎて友達が少ないんだよ。
周りに手助けしてくれるような人も…相談できる相手も居ないしね。
ひとりでずっとがんばっている人なんだ…。
あんなに明るくて楽しい人だけど…大変なこといっぱい背負ってる…。
僕は幸せだとつくづく思うよ…。
僕の周りには仲間や友だちや家族が大勢居て…みんなで僕を支えてくれてるんだからね…。
薔薇屋敷に戻ってからも、さっきあの部屋で起きたことが現実のものとは思えなくて、スミレは何時になく自分の部屋でぼんやりと過ごしていた。
もう二度とは起こり得ない奇跡のようなものだけれど…これは長いこと頑張ったご褒美かもね…。
お蔭で…また…頑張れそうだよ…紫苑…。
あなたは本当にいい友達…。
不意に…ポケットの携帯が震えてメールが届いたことが分かった。
あら…ま。 送信者名を見てスミレは思わずドキッとした。
怒らせちゃったかしら…ね。
『スミレちゃん…バターサンド有難うございました…。 好きなんだぁこれ…。
この前のクッションもそうだけど…スミレちゃん…よく僕の好きなもの分かるね。
僕にはあまりそういう能力がないから羨ましいな。
僕ね…紫苑さんみたいにいろんな知識がないから面白い話はできないけど…あほな失敗談はいっぱいある。
馬鹿話聞きたい時にはメールください…洗いざらい告白します…。
きっと笑えるよ…。 』
眼をぱちくりさせた。
これ一応は…お礼のメールよね…。
瞬時…思いを巡らせて…スミレはクスッと笑った。
メル友ができちゃったわ…。
今日はとてもいい日…。
素敵なご褒美と可愛いメル友さん…。
問題は山積みだけれど…何ひとつ解決もしていないけれど…今日はいい日だった…。
スミレは久々に穏やかな気持ちで一日を終えた…。
次回へ