徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第百三十二話 困った癖 )

2008-01-14 18:15:18 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 助けて…などという言葉が西沢の口から発せられるのを…滝川はこれまで一度も耳にしたことはなかった…。
おふざけや遊びで…ならともかく…まともなら西沢は他人に救いを求めるような性格ではない…。

「紫苑…ちょっと横になれ…。 顔色…良くないぞ…。 」

滝川がそう勧めると、それは何とか聴こえたのか、微かに頷き、ベッドの上に倒れこんだ…。

滝川はすぐに西沢の体調を調べた…。
取り立てて身体に異常は見当たらないが…酷く混乱しているようだ…。

「慌てなくていいよ…紫苑…。 焦らず…まずは…ゆっくり呼吸を整えよう…。
大丈夫…ちょっとパニックを起こしたんだよ…。 
多分…記憶がいち時に溢れ出して…自分の中で収拾がつかなくなっているんだ…。
落ち着けば…すぐに楽になるからな…。 」

枕辺に腰を下ろして…滝川は子供を宥める時のように優しく西沢の髪を撫でた…。

祥さんの前では…ずっと気を張ってたんだろうなぁ…。
真相が分かって気が抜けたか…。
とにかく…積年溜まっているものを吐き出させなきゃ…。

ぶつ切り状態の記憶が複雑に絡み合って…何処が頭で尻尾なのか…分からない…。
浮かんでは消え…見えては隠れ…それでも少しずつ形になってきた言葉を繋ぎ合せてみる…。

「…お気に入りの場所…だったんだ…。 」

ぼんやりと天井を見つめていた西沢が…不意に呟いた…。
西沢は…自分の中で断片化した記憶をデフラグしながら…ぽつりぽつりと語り始めた…。

「恭介の…昔の部屋…あのワンルーム…。
時々…泊めてもらったよな…。
恭介が破った…あの写真を撮った部屋…。

あそこに居る間は…誰も追っては来ない…。
痛い目にも遭わないし…切ない思いもしなくて済む…。
いつでも…安心して眠れた…。

少しだけ…期待してたんだ…。
このまま…ずっとこの部屋に居られたらいいなぁ…。
恭介の傍は温かい…。

でも…だめだった…。
僕のたったひとつの逃げ場所は…あっさり閉ざされてしまった…。
あの日…扉を開けたら…和ちゃんが居たんだ…。

恭介が幸せになるのは嬉しかったけど…ちょっとだけ悲しかった…。
僕の安らげる所は…もう何処にも無いんだ…。 」

 それは滝川にとっては…後悔の記憶だった…。
初恋の紫苑ちゃんが、年下の親友紫苑に変わってからも、家門の異なる滝川は西沢の苦境を知り得ないでいた…。
滝川の部屋で楽しそうに遊んでいく西沢を心から愛しく想うものの、距離を保つべく深入りは避けていた…。
そうしなければ…滝川の方が何処までも突き進んでしまいそうだったから…。

西沢のモデル仲間だった和と意気投合して、すぐに同棲を始めたのも、本をただせば西沢に変な奴だと思われないため…。
無論…和への愛情は…嘘偽りではないけれど…。

距離を置いたのは失敗だった…。
もっと早い段階で…気付くべきだったんだ…。
紫苑が助けを必要としていることに…。

「間の悪いことに…その晩…英武はすごく調子が悪くて…大暴れしたんだ…。
例の如く…僕は…抵抗できずにいた…。
いつもなら…致命傷に至らないくらいには防御するんだけど…うっかりしてあばらをやられた…。

ひどく痛んで…呼吸もままならなくて…英武が部屋を出て行った後も…起き上がれずにいた…。
痛みには慣れているはずだったんだけど…呼吸が乱れて…さすがに…自分では上手く治療できなかった…。

このまま…あの世行きなら…相庭にだけは知らせておかないと…。
仕事…キャンセルになったら…迷惑かけるし…。

ゴメン…と…ひと言…伝えるのがやっとだった…。

床に転がったまま…ぼんやり考えた…。
これでおさらばしたら…僕の生まれた意味は…何処にあるんだろう…。
まだ…何にもしてないのに…。

痛みは…どんどんひどくなってくるし…だんだんボーっとしてきた…。
このまま終わるのが…何だか…すごく惨めで…情けなくて…。

意味があろうがなかろうが…そう簡単に死んでたまるか…。
僕がこの先どうなっていくのか…ちゃんと見届けてやるんだ…。
何とか…しなきゃ…。

必死に…自助しようとした…。
痛みがさらに増してきて…息苦しくて…すぐにへたっちまった…。
あの時はまだ…僕も子供だったからなぁ…。

恭介…恭介なら…こんな怪我…すぐに治してくれるのに…。
そこから…意識がなくなった…。 」

滝川の心臓がギュッと痛んだ…。
身内の誰にも頼れない西沢が…届くはずもないと知りながら…心の中で滝川に救いを求めていたのだと思うと…思わず涙がこぼれた…。

 本気出せば…負けるはずのない紫苑…。
けれど…怜雄や英武には…無抵抗のまま…殴られても蹴られても抗う術を知らない…。
ふたりが発作を起こすのは…紫苑のせいだと思い込まされていたから…。

 始終…身体のあちこちに傷を残して…僕の部屋に来た…。
モデルのくせに…とブツブツ言う僕の治療を受けながら…友達と喧嘩したんだ…なんて笑ってた…。
あんな誤魔化しを見破れなかったなんて…。
紫苑は…あの頃まだ…高校出たか出ないか…くらいの齢だったのに…。

あのくらいの傷なら…消そうと思えば…自分で消せたはずなんだ…。
それでも誰かに…僕に…治してもらいたかったんだろう…。
そんな形でしか甘えられなかったんだ…。

「どのくらいそうしてたのか分からないけれど…急に温かくなって…呼吸も楽に出来るようになった…。
気がついたらベッドに寝かされていて…木之内の父が診てくれていた…。
相庭が急を察して…何もかも手配してくれたんだ…。

 何処かで…英武の泣き声がしていた…。
僕のことで養父から…かなり厳しく叱られたようだ…。
可哀想に…英武が悪いんじゃないのに…。
怜雄や英武がどれほど頼んでも治療を受けさせてくれない祖父のせいだ…。」

そう言った後で…西沢は少し戸惑ったような表情を浮かべた…。

いったい…何を言っているんだろう…?
言わなくていいことばかり口走って…。

「紫苑…いいんだよ…。 胸に痞えていること…みんな話してしまうんだ…。
言葉なんて選ばなくていい…。 思いつくままで構わない…。
そうすれば…気分がずっと良くなるから…。 」

滝川がそう促しても…西沢はそれ以上語ろうとはしなかった…。
代わりにそっと両手を差し伸べた…。

「ゲーム…しよう…恭介…。
それで全部忘れる…。 何もかも…忘れる…。 」

滝川の気を逸らそうとしている…。

僕の差し出す手には応えないくせに…こんな時には自分から手を伸ばす…。

「紫苑…分かってるだろう…?
溜まったものを吐き出してしまわなければ…治るものも治らないんだよ…。
けど…今すぐ全部…ってのは…無理だろうな…。 」

滝川は大きく溜息をついた…。
本当は人一倍寂しがりやの甘えっこなのに、そのことには誰も気付かない…。
能力者たちの英雄…強い西沢だけを…誰もが見ているから…。

「おまえが言ったように…英武と怜雄は完治したんだ…。
もう…ふたりから暴力を受けることもない…。
いつでも安心して眠れるよ…。
僕が間抜けだったばっかりに…ずいぶんと長いこと…助けてやれなかった…。
ゴメンな…。
何度も…おまえの期待を裏切ってしまった…。 」

西沢はちょっと眉を吊り上げて微笑むと…両手を下ろした…。

西沢の今現在の年齢がどうあれ…過去に失ってきたもの…与えられなかったもの…を少しでも取り戻させる…。
それが最良の方法だと滝川は信じた…。

それが何であるか…は…西沢の心の奥底に封印された幼い紫苑だけが知っている…。
大人になった今…西沢自身にもはっきり…これだ…とは…言い表わせないだろうけれど…。

 かつては相庭がすべてを背負い、いつ起こるとも知れない崩壊から幼い西沢を護っていた…。
相庭も誠心誠意だったには違いないが、どこかに御役目的な気持ちがあったことは否めない…。
西沢にとって無防備に甘えられる相手ではなかったのは…確かだ…。

「期待する方が間違いなんだ…。
同族でもない恭介に…甘えちゃいけなかった…。
分かってたんだ…。
ゴメン…変なこと言って…忘れてくれていいよ…。
もう…昔のことなんだし…。 」

自嘲するような笑みに…西沢の唇がゆがんだ…。

「今の僕は…裁きの一族の要人…一応…同族扱いだ…。
どれだけ甘えてくれたって構わないぜ…紫苑…。
大歓迎…。 」

いつもながらの滝川の答えに…西沢は声を上げて笑い出した…。

「甘えろったって…おまえ…僕をいくつだと思ってるの…?
いい齢をしたおじさん…二児の父親…もう…あの頃には戻れないんだ…。 」

そこまで言って…不意に…西沢の笑顔が翳った…。

「それに…恭介には…これまでだって十分…甘えさせてもらった…。
僕に力が無いばかりに…いつまでも付き合わせてしまって…申しわけないと…思ってる…。
これ以上…恭介の人生を犠牲にはできない…。
僕の為に…生涯を…棒に振るようなマネはさせられない…。 」

だから…と言いかけた西沢を…滝川は制した…。

「言ったろう…。 僕の幸せは僕が考える…。
ひとつしかない人生だ…僕の好きなようにさせてくれ…。

もし…また…おまえから離れるような馬鹿な過ちを繰り返したなら…僕はどれほど後悔したってしきれない…。
僕の生きる意味も存在の意味もなくなってしまうんだ…。
それがどういうことか…おまえが一番よく知ってるはずじゃないか…? 」

何度…話して聞かせても…西沢の中から消えない困った癖…。
他人に要らざる気を使い過ぎて…自らを孤独と不幸の中に追い込んでしまう…。
そのたびに幾度となく繰り返される説得…さすがの滝川も少し苛々した口調になる…。

その原因は未だに西沢を苛む実母の遺した言葉の呪縛…。

要らない子…。

まったく…とんでもない事を言い遺してくれたもんだ…。
あんたの言葉で…この齢になってまでも…紫苑がどれほど苦しんでいるか…見せてやりたいね…。

「紫苑…ずっと僕の心配をしてくれてたんだな…。
そんなに気を使うな…。
僕はとても幸せなんだ…。
紫苑の傍で…紫苑の為に生きられることが…嬉しいし…楽しい…。

 分かるだろう…?
僕には存在する意味があるんだよ…。
紫苑の中に居る…その化け物を封印し続けるためには…僕の力が必要なんだ…。

 それにな…何でもかんでもひとりで背負い込んで…黙って耐えていくことが男らしいなんて思い違いだぜ…。
それで世界が吹っ飛んだら…何にもならねぇ…。
弱音吐いたって…何かに縋りついたって…みっともねぇ姿曝してでも…護るべきものを護るのが真の強さだと…僕は思うぞ…。 」

何かに…縋りついてでも…?

西沢の問いかけるような眼が滝川に向けられた…。

「そうだ…。
この前の闘いだって…生きて生きて生き抜いて…人という存在…を護り抜いたじゃないか…。
 おまえはあの時の自分の姿を無様と笑ったが…おまえ以外の誰も…あの姿を笑うことはできない…。
生きることに真摯なあの姿こそが…エナジーの心を揺り動かし…人を滅びの危機から救ったんだから…。 」

そう…要らない子なんかじゃない…。
おまえにはちゃんと生きる意味があるんだよ…。
この世に存在する理由も…ね…。

さぁ…打ち砕け…紫苑…。
そんな呪縛の言葉なんか…。

おまえは幸せになるべきなんだ…。
背負い切れないほどの重荷に耐えながら…みんなを護ってきたんだから…。






次回へ