徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

三番目の夢(第十一話 奇妙な三角)

2005-09-08 16:06:16 | 夢の中のお話 『彷徨える魂』
 黒田の事務所の長椅子の上に仰向けになって修はぼんやり天井を見ていた。
会社帰りとはいっても時計はすでに0時を廻っていて、残業を終えた身体は鉛のように重かった。

黒田は修の傍に腰掛けると修の額に手をあてて目を閉じた。

 「修…これ以上無理をすると内臓にくるぞ。 若いからといって油断するな。」

黒田の大きな手が胸に腹に腰にと順番に触れた。

 以前、息子同然に育てた冬樹を失って憔悴しきった身体で、透の相伝のために断食の潔斎を行い、さらに透の修練の犠牲になってぼろぼろ状態だった修の身体を黒田が治療してくれたことがある。

 それまでずっと自分の治癒能力に頼ってきた修だったが、それ以来、時々黒田に治療を任せるようになった。

 修の身体は不思議と黒田には大きな拒絶反応を示さないようで、何処に触れられても黒田にパンチを食らわしたことはない。
 我慢できない時には黒田のほうで気が付いてくれて対処してくれるので余計なことを話さずに済む。

 河原先生の件を頼むためにメールを送ったあと、遅くなってもかまわないから寄ってくれという返信があり、立ち寄った途端、強制的に治療を受けさせられた。

 「透と隆平が藤宮へ遊びに行った帰りに頼んでいったんだ。 
おまえが相当参っているから何とかしてやって欲しいってね…。 」

修は相手が黒田だという安心も手伝ってうとうとしかかっていた。
 
 「さあ…もういいぞ。 身体が少しは軽くなったろ? 」

修は夢見心地で頷いた。治療の終わるこの瞬間のまどろみがなんとも心地よい。

 「坊や…。 ほらしゃんとして…。 はい…抱っこ。 よっこらせ! 」

 黒田は居眠りする子どもを抱き起こすように修を抱いて起き上がらせた。
特に嫌がる様子もなく修はされるがままだ。

 「あ~肩がすごく楽になった。 助かったよ黒田…。 
この頃スポーツジムにも行けなくてさ。 調子悪かったんだ。 」

 修は肩に手をやりながら言った。

 黒田は世間的には実業家だが紫峰一族の間では治療師として名が売れていた。
勿論一族の間だけの内緒の仕事である。

 「そうか…。 そいじゃご褒美にキッスでもしておくれ。 」

 黒田はからからと笑いながら言った。
透の実父である黒田は自分の代わりに透を育ててくれた修に恩義を感じていて、できる限り修のためにいろいろ便宜を図ってくれる。
15歳ほども齢は離れているが結構友達としていい関係にある。

 「きれいなお姉さんからじゃなくていいの? 僕はお兄さんだけど…。 」

 「ま…できりゃあな…。 だけど俺は差別しない主義! はい…ここに。 」

 黒田はほっぺたを指差した。修は笑いながらキスをした。
黒田が相手だと修は抵抗を感じることなく触れられる。

 修は唐島のことがなくてもとても幸せとはいえない幼少期を過ごしてきた。
黒田はできるだけ修の失われた幼年期から少年期を取り戻させようと考えている。 幼少年期の通常の親子に見られるような自然な行動を心がけてするように努めていた。

 「それで…河原先生の件なんだが…やってみてもらえるかな? 」

修がそう言うと黒田はうんうんと頷いて見せた。

 「藤宮の輝郷さんに依存がなければ…俺としては別に問題ないよ。
巧くいくかどうかは分からんがねえ…。 」

 修はほっとしたような表情を浮かべた。
黒田は時間も遅いので泊まっていくように勧めたが、笙子のマンションに行くからと断って黒田のオフィスを後にした。
 



 玄関の鍵をかけてしまうと修はふらふらとリビングへ行き、クッションのような柔らかい座椅子に身体をもたせ掛けてそのままうつらうつら眠ってしまった。

 修が帰ってきた音に気付いた笙子は寝室から出てきたが、修がすでに寝息を立てているので起こさずにいた。
 
 「史朗ちゃん…そこの毛布取って…修寝ちゃったから。」

寝室から史朗が姿を現した。

 「だめですよ…笙子さん。 ちゃんと寝かさないと…疲れがたまっちゃいます。
修さん…さあ…ベッドまでがんばって…。 」

 史朗は修に呼びかけてから手を引いた。修はうとうとしながら言った。

 「いいよ史朗ちゃん…。もう…眠くて動けない。ベッドは…君が使って…。
僕…もう…寝る…。 」

修は完全に寝てしまった。笙子は笑って毛布を掛けてやった。

史朗は溜息をついた。

 「寝るわよ…史朗ちゃん。 」

 「修さんをここに寝かせて僕がそちらって訳にはいきませんよ。
僕もここでいいです。 笙子さんはどうぞそちらへ…。 」

笙子はやれやれと言うように肩をすくめると寝室へ戻っていった。

 笙子が行ってしまうと史朗は修の傍に横になった。
修の寝顔を見つめながらよほど疲れてるんだろうな…と思った。

 普通なら夫と愛人が寝室で出くわしたなんてことになったら流血ものだろうが、修は史朗がいても別段どうということはないようで、今までに騒ぎになったことは一度もない。それどころかいつも史朗に優しい。
 
 史朗の方も決して修を蔑ろにするようなことはしない。いつも修を立てて控えている。修のことを本心から大切に思っている。

 本当に不思議な関係だ。他じゃちょっとありえないだろうな…。
あれこれ考えているうちに睡魔が襲ってきて史朗もいつの間にか眠ってしまった。

 
 

 ベーコンの香ばしい匂いがキッチンに漂った。
笙子が食卓の用意をしている傍で史朗が手早くベーコンを焼き、スクランブルエッグを添えて皿に盛る。
 
 体調が悪いのかいつもは早起きな修が珍しくまだ眠っている。
笙子がそっと起こしに行った。

 目が覚めた時史朗は、修の毛布の中で修に寄り添うようにして寝ている自分に気付いて赤面した。

 いつの間にか修が布団も掛けずに寝ていた史朗を毛布に入れてくれたのだ。  
あれだけくっついて寝ていたんじゃ修さん相当つらかったんじゃないのかな…?
悪いことしちゃった…そんなことを考えた。
 
 「あら…大丈夫よ。 史朗ちゃん。 この人子育てに慣れているから添い寝は問題ないの。 」

 笙子が笑って言った。 読まれた…と感じて史朗はまた赤面した。
さっきからチラチラと修の様子を窺っていたので、笙子が史朗の心を読んだのだ。

 修がシャワーを浴びている間に笙子は修の着替えを用意してやった。
史朗は笙子が結構まめに修の世話をすることに気が付いて少し意外に思った。

 寝過ごした修は挨拶もそこそこに史朗の作った朝食を掻っ込むと慌てて部屋を飛び出して行こうとしたが、行きしなに史朗に声を掛けた。

 「史朗ちゃん。 ひょっとしたら、鬼面川の力が必要になるかも知れないからよろしく頼むよ。 詳しいこと笙子に聞いといて。 」

 それだけ言うと本当に飛ぶかと思うような勢いで出かけていった。
史朗は呆気に取られてただ頷いただけだった。

 「せわしないわねえ。 ごめんね。 史朗ちゃん。 」

 笙子は今までの藤宮学園での出来事を掻い摘んで話し、取り敢えずは黒田に手助けを頼んだのだが、場合によっては史朗の力が必要になるかもしれないことを伝えた。

 「生きた人の魂ですか…? 鬼面川でも少しは扱いますよ。
亡くなった人の魂の方が専門ですが…全然できないってことではありません。 」

史朗は言った。

 「紫峰でも藤宮でもそれぞれ少しは心得があるのよ。
でも、ほとんど専門外なのよね…。 
とにかく鬼面川にも手を貸してほしいと修は思ってるわけ…。 」

笙子がそう伝えると史朗は快く承諾した。



 縁あって親族となった三つの家はそれぞれ異なる特色を持っている。

 魂だ祖霊だと言ってはいても紫峰と藤宮は基本的には超能力者の集まりで宗教色が薄く、そういった分野にもたまには関わるという程度にとどまっている。
 紫峰と藤宮は戦闘と守護、死と生に関する奥儀を継承している一族である。特に紫峰は戦闘と死に、藤宮は守護と生にその力を発揮する。

 史朗の属する鬼面川は宗教色が割合に濃く、祭祀の所作や文言に宿る霊力を使って亡くなった人たちの魂を鎮めることを主な役割りとしている。
鬼面川の奥儀は魂の救済に関するもので他の二つの家とは大きく異なる。
 
 河原先生が単独の場合は黒田の力だけでもコンタクトが可能だろうが、おそらくそれだけではないというのが修の見解だった。

 未だ相手の存在さえつかめない状態の中で、何が起こるかも予測できないため、できる限り備えだけは万全にしておきたいと考えた。
何しろ場所が学校であるだけに何か起きた場合には犠牲者の数も半端じゃない。

 少なくとも三つの家の力が揃っていれば、大概の不測の事態には対処できるはずである。

とにかく安全第一ということで輝郷には了承を得た。

後は唐島が再び職場に戻るのを待って行動に移す。

仕返しはしないと言ったが囮くらいにはなってもらいましょう。

修はそんなふうに思っていた…。




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