どうすると言われてもどうしようもないのが今の隆平。
分裂して三体に増えた化け物を前にしてに青息吐息だ。
化け物はじりじりと迫って来る。
二匹が移動を始め、隆平を囲い込もうとしているようだ。
その動きを助長するかのように、本体である一匹が隆平に襲いかかった。
隆平も今度は障壁ではなく攻撃に転じた。
身の内から溢れ出る何か分からないもの。これが気というものかもしれないが、それを一点に集中させて化け物の身体に叩きつける。
本体が吹っ飛ぶと、間髪をいれず二匹目、三匹目が攻撃してくる。
これはかわすしかない。気を集中させるスピードが遅いためだ。
しかし、二匹目、三匹目をかわしているとすぐに本体が迫ってくる。
どうしよう…どうしたらいい?
本体をかわしながら気を集中させてみる。
少しは早くなるが二匹目には攻撃できても、そのすぐ後の三匹目に反応できない。
三匹目の攻撃をかわし損ねて隆平は仰向けに倒れた。
三匹目は倒れた隆平が身を護るために反射的に出した腕に齧り付いた。
激しい痛みが隆平に声を上げさせた。
化け物はそのまま腕を食いちぎろうとしている。
隆平は噛み付かれた状態のまま破れかぶれで化け物の口へと気を放った。
隆平の傷から血飛沫が舞うのと同時に化け物は中ほどまで二つに裂けた。
一瞬、隆平は相手を倒せたと思った。
だが、ぬか喜びに過ぎなかった。化け物の裂けた身体はあっという間にくっついてしまった。
もし、いま隆平が完全に化け物を二つに引き裂いていたら、果たして化け物は消滅したか…?
隆平の脳裏に突然そんな疑問が浮かんだ。
考えたくもないことだが、その時は四匹目が生まれてしまう可能性もある。
思わずぞっとした。
身を裂かれた化け物は怒り狂って再び隆平に踊りかかった。
二匹目も、本体もほとんど同時に襲いかかった。
隆平ひとりに三体同時はかえってお互いが邪魔をし合う形になり、幸運にも逃れることができたが、化け物の牙や触手によってかなりの痛手を受けた。
隆平の着衣は見る影もなく無残に裂かれて身体中血にまみれていた。
疲れが全身に及んで体力も限界に近付いていた。
隆平は肩で息をし、手で汗を拭いながらもしっかりと化け物を見据えていた。
そうしなければすぐにでも食い殺されそうだった。
どうすれば勝てる…?
隆平の中で何か別の感情が生まれ始めた。
怪我を怖れ、死を怖れ、逃れようともがいてひたすら戦ってきた隆平だが、いま初めて勝ちたいと思った。
勿論、それが生き延びることに繋がることは分かっている。
けれどもそんなことよりも、こいつ等に負けるのは絶対に嫌だという気持ちになってきたのだ。
『完全なる消滅…。』隆平はそう考えた。
その考えは紫峰相伝の奥儀『滅(完全なる死)』に繋がる。
紫峰ことは何も知らないはずの隆平の中に間違いなく受け継がれている紫峰の血。
隆平を観察している修にも隆平の心の変化は読み取れた。
『確かに隆平は紫峰の子…。』修はそう確信した。
化け物たちはだんだんじれてきた
隆平の如き小童ひとりに振り回されるなど考えられないことだ。
ことに何度も失敗を重ねた三匹目の化け物はどうでも隆平を食い殺してやらなければ気が済まなくなった。
長い触手のような腕を伸ばし一匹が隆平の足を狙った。かわそうとしたがさすがに疲れが響いて足を取られた。隆平はもがいた。そのままずるずると引きずって、化け物は自分の目の前に隆平をさかさまにぶら下げ、ざまあ見ろとでも言うように醜い口に不気味な笑みを浮かべた。
このまま地面に叩きつけられでもしたら、全身の骨が砕け散るだろう。
『殺られて堪るか!』そう思った瞬間、隆平の身体を再びあの怒りの焔が包んだ。
怒りの炎は瞬く間に化け物に燃え移り、化け物の全身を覆いつくした。
慌てた化け物は隆平の身体から手を離した。
隆平は受身もできずに石畳の上に頭から墜落した…はずだったが、修が衝撃を軽減させたおかげでそれ以上の怪我を免れた。
燃え尽きた化け物は塵となって砕け散った。
何とか一匹は消滅させたものの、まだ本体ともう一匹が残っている。
隆平は何とか起き上がって体勢を立て直そうとしたが、化け物に引きずられたときに足を痛めたことに気付いた。
立ち上がろうとすると激しく痛む。
その様子は化け物たちにもはっきりと見て取れた。チャンスとばかりに化け物たちが攻撃を仕掛けてくる。
動けない隆平は防御するしかない。おまけにさっきので力を使い果たしたのか、なかなか気を集中できずにいた。
化け物たちは絶好の機会を逃そうとはしなかった。
今度こそ隆平を血祭りにあげるべく、倒れたままの隆平めがけて一気に襲い掛かった。
『もうだめ!』隆平は目を閉じてしまった。
はっと目を開けると化け物はあらぬ方向へと吹っ飛んでおり、目の前には修の姿があった。
「そう簡単に諦めるもんじゃないよ。」
修は隆平を振り返るとそう言って笑った。
「まあ…一匹やっつけたんだから…合格点あげちゃおうかな。」
修の背後に体勢を立て直した化け物が迫っていた。
隆平はこの状態で冗談が言える修の心境を量りかねた。
「修さん。『完全なる死』はやめにしてくださいね!」
少し離れたところから彰久が声をかけた。
「大丈夫。こんなところで紫峰の奥儀なんか使いませんよ。」
化け物が二匹同時に修に覆いかぶさるように飛び掛った。
その瞬間に修が何をしたのか隆平には感じ取ることすらできなかった。
ただ、瞬きする間に化け物の身体がガラスのように砕け散ったのは覚えている。
隆平があれだけ苦労して一匹倒したのに…修が二匹片付けるのに要した時間はほんの一瞬。
がっくりだった。情けなかった。力が抜けてしまい、その場に大の字に転がった。
「そう嘆くことないよ。 あの人は別格さ。」
雅人がそう言いながら隆平の手当てをしてくれた。
「僕等が戦っても結果は似たようなもんだからね。 慣れてくればもっと楽に戦えるよ。」
透も元気づけるように言った。
「隆平…大丈夫かい? 痛かったろうに…。」
孝太の心配そうな声もいまはうつろに響いた。
自分を目いっぱい可愛がって愛してくれる人だけど、孝太兄ちゃんは…僕に優しすぎる。
僕を甘やかしてしまうだろう。
僕はもっと強くなりたい。鍛えなきゃいけない。
「やれやれ…だ…。」
いつの間にか皆魔物を消し終えたらしく集まってきていた。
夜が白々と明け始めていた。
「まだ終わったわけではないよ。
形骸は確かに破壊したが、多くの魂が路頭に迷ったままだからね。
ほっとけばまた同じことの繰り返しだ。 」
修が言った。
「今度は鬼面川の出番だわ。 彰久さん。史朗ちゃん。 『救』を…。」
笙子が鬼面川祭祀を促した。
「分かりました。 史朗くん。 同時に行きますよ。」
彰久が史朗に声をかけた。史朗は黙って頷いた。
「待ってください。 今、社を開けます。 その方が人目につきません。 」
夜も明けたことなので孝太の言う所に従って皆は社へ移動した。
修が気になっているのは久松を取り巻いていたあの大勢の浮かばれぬ人々の正体。
久松はどうもあの人たちを満足させようとして身内殺しをしているように思えてならない。
あの人たちは何故、鬼面川をそれほど憎むのか?
思い当たるのは、当代長のせいで災害が増えたことによって、亡くなったという被害者たちだが、災害はもともと自然のなせる業である。
例えば公共の工事に手抜きがあったとか、公がちゃんとした対処をしなかったとかで災害が大きくなったとすれば、憎まれるのは役人だと思うのだが…。
とにかくも彰久と史朗によって鬼面川の祭祀のひとつが始まった。
ここからはさまよえる魂と鬼面川との戦いになる。
修は千年ぶりに見る鬼将と華翁の祭祀の力に大いに期待していた。
次回へ
分裂して三体に増えた化け物を前にしてに青息吐息だ。
化け物はじりじりと迫って来る。
二匹が移動を始め、隆平を囲い込もうとしているようだ。
その動きを助長するかのように、本体である一匹が隆平に襲いかかった。
隆平も今度は障壁ではなく攻撃に転じた。
身の内から溢れ出る何か分からないもの。これが気というものかもしれないが、それを一点に集中させて化け物の身体に叩きつける。
本体が吹っ飛ぶと、間髪をいれず二匹目、三匹目が攻撃してくる。
これはかわすしかない。気を集中させるスピードが遅いためだ。
しかし、二匹目、三匹目をかわしているとすぐに本体が迫ってくる。
どうしよう…どうしたらいい?
本体をかわしながら気を集中させてみる。
少しは早くなるが二匹目には攻撃できても、そのすぐ後の三匹目に反応できない。
三匹目の攻撃をかわし損ねて隆平は仰向けに倒れた。
三匹目は倒れた隆平が身を護るために反射的に出した腕に齧り付いた。
激しい痛みが隆平に声を上げさせた。
化け物はそのまま腕を食いちぎろうとしている。
隆平は噛み付かれた状態のまま破れかぶれで化け物の口へと気を放った。
隆平の傷から血飛沫が舞うのと同時に化け物は中ほどまで二つに裂けた。
一瞬、隆平は相手を倒せたと思った。
だが、ぬか喜びに過ぎなかった。化け物の裂けた身体はあっという間にくっついてしまった。
もし、いま隆平が完全に化け物を二つに引き裂いていたら、果たして化け物は消滅したか…?
隆平の脳裏に突然そんな疑問が浮かんだ。
考えたくもないことだが、その時は四匹目が生まれてしまう可能性もある。
思わずぞっとした。
身を裂かれた化け物は怒り狂って再び隆平に踊りかかった。
二匹目も、本体もほとんど同時に襲いかかった。
隆平ひとりに三体同時はかえってお互いが邪魔をし合う形になり、幸運にも逃れることができたが、化け物の牙や触手によってかなりの痛手を受けた。
隆平の着衣は見る影もなく無残に裂かれて身体中血にまみれていた。
疲れが全身に及んで体力も限界に近付いていた。
隆平は肩で息をし、手で汗を拭いながらもしっかりと化け物を見据えていた。
そうしなければすぐにでも食い殺されそうだった。
どうすれば勝てる…?
隆平の中で何か別の感情が生まれ始めた。
怪我を怖れ、死を怖れ、逃れようともがいてひたすら戦ってきた隆平だが、いま初めて勝ちたいと思った。
勿論、それが生き延びることに繋がることは分かっている。
けれどもそんなことよりも、こいつ等に負けるのは絶対に嫌だという気持ちになってきたのだ。
『完全なる消滅…。』隆平はそう考えた。
その考えは紫峰相伝の奥儀『滅(完全なる死)』に繋がる。
紫峰ことは何も知らないはずの隆平の中に間違いなく受け継がれている紫峰の血。
隆平を観察している修にも隆平の心の変化は読み取れた。
『確かに隆平は紫峰の子…。』修はそう確信した。
化け物たちはだんだんじれてきた
隆平の如き小童ひとりに振り回されるなど考えられないことだ。
ことに何度も失敗を重ねた三匹目の化け物はどうでも隆平を食い殺してやらなければ気が済まなくなった。
長い触手のような腕を伸ばし一匹が隆平の足を狙った。かわそうとしたがさすがに疲れが響いて足を取られた。隆平はもがいた。そのままずるずると引きずって、化け物は自分の目の前に隆平をさかさまにぶら下げ、ざまあ見ろとでも言うように醜い口に不気味な笑みを浮かべた。
このまま地面に叩きつけられでもしたら、全身の骨が砕け散るだろう。
『殺られて堪るか!』そう思った瞬間、隆平の身体を再びあの怒りの焔が包んだ。
怒りの炎は瞬く間に化け物に燃え移り、化け物の全身を覆いつくした。
慌てた化け物は隆平の身体から手を離した。
隆平は受身もできずに石畳の上に頭から墜落した…はずだったが、修が衝撃を軽減させたおかげでそれ以上の怪我を免れた。
燃え尽きた化け物は塵となって砕け散った。
何とか一匹は消滅させたものの、まだ本体ともう一匹が残っている。
隆平は何とか起き上がって体勢を立て直そうとしたが、化け物に引きずられたときに足を痛めたことに気付いた。
立ち上がろうとすると激しく痛む。
その様子は化け物たちにもはっきりと見て取れた。チャンスとばかりに化け物たちが攻撃を仕掛けてくる。
動けない隆平は防御するしかない。おまけにさっきので力を使い果たしたのか、なかなか気を集中できずにいた。
化け物たちは絶好の機会を逃そうとはしなかった。
今度こそ隆平を血祭りにあげるべく、倒れたままの隆平めがけて一気に襲い掛かった。
『もうだめ!』隆平は目を閉じてしまった。
はっと目を開けると化け物はあらぬ方向へと吹っ飛んでおり、目の前には修の姿があった。
「そう簡単に諦めるもんじゃないよ。」
修は隆平を振り返るとそう言って笑った。
「まあ…一匹やっつけたんだから…合格点あげちゃおうかな。」
修の背後に体勢を立て直した化け物が迫っていた。
隆平はこの状態で冗談が言える修の心境を量りかねた。
「修さん。『完全なる死』はやめにしてくださいね!」
少し離れたところから彰久が声をかけた。
「大丈夫。こんなところで紫峰の奥儀なんか使いませんよ。」
化け物が二匹同時に修に覆いかぶさるように飛び掛った。
その瞬間に修が何をしたのか隆平には感じ取ることすらできなかった。
ただ、瞬きする間に化け物の身体がガラスのように砕け散ったのは覚えている。
隆平があれだけ苦労して一匹倒したのに…修が二匹片付けるのに要した時間はほんの一瞬。
がっくりだった。情けなかった。力が抜けてしまい、その場に大の字に転がった。
「そう嘆くことないよ。 あの人は別格さ。」
雅人がそう言いながら隆平の手当てをしてくれた。
「僕等が戦っても結果は似たようなもんだからね。 慣れてくればもっと楽に戦えるよ。」
透も元気づけるように言った。
「隆平…大丈夫かい? 痛かったろうに…。」
孝太の心配そうな声もいまはうつろに響いた。
自分を目いっぱい可愛がって愛してくれる人だけど、孝太兄ちゃんは…僕に優しすぎる。
僕を甘やかしてしまうだろう。
僕はもっと強くなりたい。鍛えなきゃいけない。
「やれやれ…だ…。」
いつの間にか皆魔物を消し終えたらしく集まってきていた。
夜が白々と明け始めていた。
「まだ終わったわけではないよ。
形骸は確かに破壊したが、多くの魂が路頭に迷ったままだからね。
ほっとけばまた同じことの繰り返しだ。 」
修が言った。
「今度は鬼面川の出番だわ。 彰久さん。史朗ちゃん。 『救』を…。」
笙子が鬼面川祭祀を促した。
「分かりました。 史朗くん。 同時に行きますよ。」
彰久が史朗に声をかけた。史朗は黙って頷いた。
「待ってください。 今、社を開けます。 その方が人目につきません。 」
夜も明けたことなので孝太の言う所に従って皆は社へ移動した。
修が気になっているのは久松を取り巻いていたあの大勢の浮かばれぬ人々の正体。
久松はどうもあの人たちを満足させようとして身内殺しをしているように思えてならない。
あの人たちは何故、鬼面川をそれほど憎むのか?
思い当たるのは、当代長のせいで災害が増えたことによって、亡くなったという被害者たちだが、災害はもともと自然のなせる業である。
例えば公共の工事に手抜きがあったとか、公がちゃんとした対処をしなかったとかで災害が大きくなったとすれば、憎まれるのは役人だと思うのだが…。
とにかくも彰久と史朗によって鬼面川の祭祀のひとつが始まった。
ここからはさまよえる魂と鬼面川との戦いになる。
修は千年ぶりに見る鬼将と華翁の祭祀の力に大いに期待していた。
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