徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

三番目の夢(第十四話 きみを選んだ)

2005-09-11 23:47:18 | 夢の中のお話 『彷徨える魂』
 家に戻った途端、三人ははるの怒りの声に迎えられた。

 「なんということをなさったのです! 宗主のお留守中に! 」

 三人はそのまま奥の座敷へ連れて行かれた。多分藤宮本家から連絡があったのだろう。晃が父親の輝郷に白状させられたに違いない。

 座敷では祖父一左が待っていた。さすがに笑っていない。

 「ただいま帰りました。 」

三人は正座して祖父に挨拶をした。
 
 「少し…悪戯の度が過ぎたな。 」

三人を見据えながら一左は落ち着いた声でそう言った。
三人は畳に視線を落とした。
 
 「御大…申しわけございません。 はるの不行き届きでございます。 」
はるは手を突いて詫びた。はるは一左が三人に雷を落とすだろうと思っていた。 

 「隠居の身に何も言うことはない。 宗主に任せておけばよい。 」

 予想に反して一左は穏やかに言った。
座敷の襖のところで西野が修の帰館をを告げた。

 修の姿が襖の前に現れると、一左は宗主である修に上座を譲るべく座を移ろうとしたが、修はそれを断るように手で制した。
修は三人には一瞥もくれず先ず祖父に向かって帰館の挨拶をした。

 修はゆっくり三人の方へ振り返った。
雅人の前で片膝つくような姿勢をとると手を上げた。
殴られる…と雅人は思った。 

 だが修の手はそっと雅人の頬に触れた。

 「怪我は…ないか?  」

修は心配そうな声で訊いた。

 「ありません…。 」

消え入りそうな声で雅人は答えた。修は安心したように頷いた。

 「そうか…他の二人も大事無いか? 」

ふたりとも顔を上げることができず、はいとだけ答えた。

 「透! 」

 修は厳しい口調で透を呼んだ。
いつもの優しい修さんではなく完全に宗主の顔になっている。

 「はい。 」

怯えた声で透が返事をした。

 「おまえは次期宗主だぞ! 暴走する雅人を止めるのがおまえの務めだろう!
同調して愚かな振る舞いに及ぶとは何ごとだ!  」

 はるも西野も自分の耳と目を疑った。修が透を厳しく叱咤している。
いつもなら透を穏やかに諭す修が…。

 「紫峰に起きる事はすべて宗主の責任だ! たとえおまえ自身が何の関与もしていなかったとしても、起きてしまった事に対する責めを逃れることはできない。

それなのに、その宗主がことを起こした本人になってどうするのだ! 」

 「申しわけありません! 宗主の自覚が足りませんでした! 
すべて僕の責任です。 藤宮へもお詫びに伺います。 」

透は手を突いて謝った。

 「透を叱らないで下さい。 僕がやりました。 僕が計画してみんなにやらせました。 透のせいではありません。 」

雅人が訴えるように言った。

 「いいえ…僕があの霊たちのことを黙っていればよかったんです。
ついしゃべってしまったからこんなことに…。」

隆平が涙声になっていた。

 「雅人…勿論おまえが悪い。 後見は常に宗主の立場を考えて行動しなければならない。 宗主が危うい立場に陥らないように配慮してこその後見だ。

 宗主を謝りに行かせるようなことをしでかしては、とても後見の務めを果たしているとは言えん。 」

 「ご免なさい。 本当にご免なさい。 」

雅人も畳に顔をこすり付けるようにして謝った。

 「隆平…鬼面川の祭祀を学んだおまえがこの世に未練を残した霊の恐ろしさを知らぬはずはあるまい。

 これまでのおまえなら絶対に勇み足などしなかっただろうに。

 たとえ紫峰の家の子となっても鬼面川の教えを忘れてはいけない。
このふたりが誤った行動を取ろうとする時には身を呈してでも止めよ。 」

 「はい。 そう致します。 」

修は再び祖父の方へ向き直ると平伏して宗主として長老への詫びを述べた。

 「宗主…藤宮への対処はどうなっているのかね? 」

祖父はそれが一番気になるとでも言うように訊ねた。

 「はい…先ほど藤宮本家当主にお詫びを申し上げて参りました。
快くお許し頂きましたが…それなりのことを手配致します。 」

安心したというように一左は微笑んで頷いた。
 
 「唐島の…先生のことは…。 」

 雅人が一番気になっていることを訊いた。紫峰の力と鬼面川の力を見られてしまった。もしこのことが世間に知れたら…。

 「その点は大丈夫だ。 目撃者が唐島だけだったことに感謝するんだな。
唐島なら立場上、確かでないことを不用意にしゃべったりはしない。 

 すべてが終わったら記憶を消しておく…。 」

あなたに関する記憶は…とはさすがに訊けなかった。



 ひとり早めの夕食を済ませると修はまた何処かへ出かけていった。
海外出張から帰国したばかりだというのに休む間もなく。

 雅人は騒ぎを起こして修を怒らせてしまったことを悔やんでいた。
事を起こした張本人の雅人のことならともかく、修が透をあんなに激しく叱責するとは思わなかった。

 透はいま宗主の責任の重さを改めて考えさせられて自責の念にかられ、部屋に閉じこもってしまっている。

 隆平は隆平で自分が余計なことをしたせいだと思い込んでしょげてしまった。
それもこれもすべて雅人が招いたことだと思うと申し訳けなかった。

 きっと晃も父親に厳しく叱られたんだろうな…。悪いことをしてしまった。
雅人はそう思って晃の携帯にメールを送った。

 すぐに返信があった。
いつもの調子で『だいじょ~うぶす! 気にすんな!(^^)! 』と書かれてあった。
雅人の口元が思わず緩んだ。



 ひとりきりの部屋で雨の音を聞きながら史朗はぼんやり考えていた。
あの幽霊たちを一先ずその場から追い払ったものの、河原先生に憑いている者たちだとすれば、河原先生とともにまた舞い戻ってくるだろう。

 きちんと対処するには祭祀の場を設けなければならないが、学園にも河原先生の入院している病院にも人目につかない場所なんてありえない。
 彰久なら祭祀をしなくても持っている力で何とかなるかもしれないが…。

 突然、インターホンが来客を告げた。  
覗き窓の向こうに修の姿があった。史朗は慌てて玄関のドアを開いた。

 「お帰りなさい。 修さん。 お疲れさまでした。 」

史朗は思わずそう言った。言ってしまってからどこかおかしいとは思った。

 「ただいま。 史朗ちゃん。 」

修は笑いながら史朗に合わせて、本場の紹興酒や茶葉の入った包みを手渡した。

 「子どもたちが世話になったね。 助かったよ。 」

 「そのことなんですけど…。 あ…汚いところですけどお座り下さい。 」

 史朗はさっきまで考えていたことを話した。
あの霊たちはどうも単なる事故死とか病死の人の霊ではないように思えること。
河原先生自身には憑依されているという自覚はないだろうということ。

 河原先生を利用して生きている人を自分たちの世界に引きずり込もうとしているのではないかということ。特に若い男の霊の力が大きいと感じたこと。 

 「正式な祭祀による見解ではないので自信はありませんが…。 」

史朗の話を聞いた修は宇佐から聞いた集団自殺の事件を思い浮かべた。

 「多分 史朗ちゃんの見解が正しいよ。 思い当たることがあるんだ。 」

そうでしたか…と答えながら史朗の表情が曇った。

 「修さん。 彰久さんの方が巧く対処してくださるのでは…?
僕には祭祀の力しかありません。 祭祀ができなくては…どうすることも…。 」

 彰久のように本人に力がある場合には祭祀の力など必要なく、ストレートに戦える。同じ結果を生むとしても便宜性が全く異なる。
悔しいが彰久のように身軽には戦えない。

 修はじっと史朗を見ていたが、やがてこぼれるような笑顔を向けた。

 「心配ないって。 彰久さんにお願いするなら最初からそうしているよ。
僕はきみを選んだの。 自信持っていいよ。 」

 そう言われても史朗は不安だった。
失敗したら…とんでもないことになる。
自分の失敗で自分が命を落とすのは仕方ないとしても、河原先生の命と唐島の命…ひょっとしたら修だって巻き込んでしまうかもしれない。

 そう思うと震えが止まらなくなった。歯の根が合わない。
自分の中の祭祀の力を信じることができなくなってきた。
暗闇の中に落ち込んでいきそうだ。

 あっと思った時、修の腕がしっかりと震える史朗を抱きとめた。

 「史朗ちゃん。 大丈夫だ。 きみは強い力を持っている。
彰久さんにも劣らない素晴らしい祭祀の力を…。

 僕がきみを選んだ。 きみだから選んだ…。  」
 
修はそう囁いた。

史朗の心臓が高鳴った。

史朗が身を強張らせると修はあっさり史朗から離れた。

 修に対しては身を尽くし心を尽くし…という想いがいつも史朗のどこかにある。
それはどれほど愛しく想っていても笙子には感じられないもの。

 笙子を蔑ろにしているわけじゃない。
笙子にだって身も心も尽くして仕えているつもりだ。
けれど…それ以上に…別のなにかが史朗の中にある。

いつか伝わるだろうか…伝えられるだろうか…。

この切ない想い…。




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