初雪ですなぁ…。 このところずっと暖かい日が続いておりましたが…やはり…冬なんですなぁ…。
何気なく外の景色に眼を遣りながら久継は呟いた。
はらはらと舞い落ちる雪…。
まだ枝に色濃く残る晩秋の色に吸い込まれていく…。
今まさに…季節が移る瞬間…。
甲高い声を残して濡れた枝からヒヨが飛び立つ…。
ひとつ大きく息をついて…久継は話し始めた。
「あれか…これかと検討致しました…が…導き出したものが真実かどうかとなると…自信はありません。
うちのカオリのことだけでしたら…呪文使いの戦い方はどうしても呪文という媒介を通してという形になるので…直接の敵とは見做されないかもしれない…と考えるところなのですが…。
三宅一也のことがあります。
呪文を使う力もない…戦ってもいない…家に古文書があるというだけなのに何度も狙われる。
初めは…三宅一族の末裔すべてを襲うつもりかと我々は考えていました。
力の有る無しに関わらず根絶やしにでもするつもりかと…。
倉橋も昨今…かつてのような家人同士の行き来がなくなってしまったので…三宅の内情が分からず戸惑うばかりでした。
何しろ…三宅最後の業使いと言われていた先々代が亡くなってから久しいことですし…須藤家に養子に入ったというのは、さらにその前の代の話かと思われます。
少なくとも須藤家のことは御使者から伺うまで覚えてもいませんでした。
我々の感覚ではとうに…三宅の業使いの力は絶えていたはずでしたから…。
狙われているのは力を持つ須藤さんの方で…三宅の子は間違えられているのではないか…とも考えました。
カオリの場合と同じで須藤さんが敵と認識されなかったために相変わらず…三宅の子の方が狙われ続けているのではないかと…。
では…何故…一也だけなのか…?
親戚はともかく…親兄弟でさえ襲われていないのに…。
人違い…と考えると…その疑問が残るのです…。 」
そこまで話して久継は、ほっと息を吐き、お茶に手をつけた。
田辺が西沢に茶や菓子を勧めている間に、政直が一旦席を立ち、襖を開けて誰かに声を掛けた。
パタパタと駆けてくる足音がして…双子と思われる亮やノエルくらいの男の子が姿を現した。
ふたりは西沢に向かって丁寧に挨拶をした後、政直の席のすぐ後ろに座った。
「このふたりは政直の子どもで…ご覧のとおり双子です。
信久と敬久…敬久の方には業使いの力が備わっています。
区別がつきましょうか…? 」
久継が西沢に問うた。
双子は一卵性なのか…まるで鏡に映したようにそっくりだ。
「向かって右が信久くん…左が敬久くんですね…。
ですが…極めて微妙な違いです…。
前以て皆さんとのお付き合いが無ければ区別できないところでした。 」
西沢はふたりを一瞥すると即座に答えた。
久継は頷きながら微笑んだ。
「まさに…そこです。
特殊能力者を区別することはこちらにそれなりの力があれば比較的容易ですが…業使いを普通の人と区別することは極めて困難なのです。
正気ではない過去の夢に操られた者たちに…果たしてその区別がつくや否や…そこがどうしても疑問に思われます。
もし…三宅一也に多少なりと業使いの力があったとしても…その家族と本人をどう区別しているのか…一也の中にだけ異なる要素があるのか…。
しかも…ただの業使いの気配というだけではない…カオリにも須藤にも無い何か特別なものが…。
だとしたら…それは何であろうか…と。 」
西沢が疑問視した田辺や須藤が敵と見做されないことなどまったく問題ではなく…重要なのは三宅がなぜ敵と見做されたか…ということの方だと久継は言った。
最初の犠牲者美咲の恋人で…巨石お宅…HISTORIANの使いっ走り…。
少なくとも…英会話塾が襲われた日までは…三宅は誰にも狙われてはいなかった。
英会話塾で…何があったのか…?
「御使者…業使いの力量は気配では分かりません。
まるで何の力も持っていないような弱々しい者が、実は超大物だったりすることもあります。
どうか…そのことだけは胸に留め置いてください…。 」
相変わらず顔には穏やかな笑みを浮かべながらも…久継は強い口調で忠告した。
肝に銘じて…と西沢は答えた。
西沢から託された歳暮の品を持ってノエルは久々に実家へ戻ってきた。
定休日ということもあって智哉は家に居たが…いつもどおりに仕事をしていた。
「おまえみたいな何もできんヤサグレの面倒を親身に看て貰ってるんだ。
こっちが歳暮を持って挨拶に行かなきゃならんくらいなのに…悪いことをした。
紫苑さんにくれぐれもよろしく言ってくれ。 」
くそ親父…相変わらずひと言ずつ多い。
礼を言う時くらい素直にものが言えねぇのか…。
ま…いつものことだけど…さ…。
「なあ…俺…そろそろ…店で働こうと思ってるんだけど…。 」
書店…くびになったのか…?
こちらも向かずに智哉は訊ねた。
かぁ~そうきたか…。
「そうじゃないけど…店長が気を使ってさ…。 勤務時間減らしちゃったんだ。
増やして貰うよりは…どうせならその分こっちで仕事しようかなって…。 」
経験者…平日時給800円…9:00~19:00…勤務時間相談に応ず…。
智哉は事務的にそう言った。
「きちんと紫苑さんの世話して…ちゃんと学校へ行って…書店の仕事と重ならないように…時間決めろ…。
勤務予定は忘れずに前の週に出せよ。 今週分は今夜ファックスで送って来い。
そん中でバイトが必要な時間チェックして送り返してやるから…。 」
よっしゃぁ…。 働くぜぃ…。 んじゃ…明日からよろしく…。
よろしくお願いしますと言え…馬鹿息子!
へいへいすんません…ノエルはぺこりと頭を下げた。
まったく…おまえというやつは…俺は雇い主に対してそんな無礼な態度をとるような躾方をした覚えはねぇ!
どうしようもねぇ奴だ…と…さも嘆かわしそうに不肖の息子を怒鳴り叱りつけながらも…心なしか智哉の口元が笑っているようにノエルには思えた。
某国からミサイルが飛んできた…というニュースが世界中を駆け巡った。
第一報が入った時…西沢は一瞬ドキッとした。
HISTORIANの陰の努力も虚しく…とうとうそれが始まった…と感じた。
ミサイルは海に落ち…眼に見える被害はなかった…が、これをきっかけにこの国でも軍備増強が叫ばれるようになるだろう。
憲法や法の改正を目指す者たちにとって格好の追い風になる。
再びこの国は闇に向かって走り出すのか…。
どうか…この不安が杞憂となるようにと祈りたい。
「考え方がどんどんエスカレートしていかないといいんだがなぁ…。
相手が攻撃してきたから相手の基地を破壊した…っていうのと、相手が攻撃してこないように相手の基地を破壊した…ってのとはわけが違うからな。 」
そう言って滝川はコーヒーの最後のひと口を飲み干した。
あ…余分があったらもう少しくれない…?
徹夜の仕事が明けた西沢のために濃い目のコーヒーを入れていたノエルにカップを差し出した。
ちょっと苦いかもよ…と言いながらノエルは滝川にもコーヒーを注いでやった。
いや…美味しいよ…ノエル腕あげたじゃん…。
滝川に褒められてノエルはちょっと肩を竦めて笑った。
「少し…寝た方がいいぞ紫苑…顔色が良くない。
ここんとこ徹夜続きの上に…仕事がない日にはノエルと囮調査してるんだし…。
そうはそうは…身体が持たないぜ…。
いくらお務めだからっておまえが病院行きになったら元も子もないんだから…。」
滝川は心配そうに西沢の顔を覗き込んだ。
あかん…熱あるわ…こいつ…目がうるうる…。
「紫苑さん…。 仕事明けたんなら…無理しない方がいいよ。 」
ノエルにまで言われて…西沢は眠そうにうんうんと頷いた。
そんじゃ…ちょっと寝るわ…。 欠伸しながら寝室へと向かった。
「ノエル…今日はずっと実家…? 」
滝川が訊ねた。
「うん…昼に一旦…様子見に帰ってくるよ。 亮にも声かけとく…。 」
そっか…じゃ…頼むな…。
僕もできるだけ早めに帰ってくるけど…紫苑…普段は丈夫なくせに熱出すと必ずひどくなるからな…。
ノエルと滝川が仕事に出かけた後…ひとり寝室に残された西沢は滝川の予測どおり熱に浮かされていた。
起きているのか寝ているのか…現実か非現実か…まるで酔っ払ったかのように頭の中で映像がくるくる回る。
力のない業使いと…それを執拗に追う発症者…。
DNAの螺旋階段をぐるぐると上る下る…。
逃げろ! 逃げろ…三宅! 追いつかれる…!
ひとつの身体に集約されて最悪の凶器と化したプログラムの恐怖が全世界を襲う。
三宅…危ない…!
いらない記憶きえろぉ!
三宅の口から…突然…ノエルの声が響く…。
えっ…どうなってるの? いつの間にか…三宅がノエルの姿に変わっている…。
これはプログラム同士の戦いだ…須藤の声が聞こえる。
別の場所に三宅の身体がある…三宅の姿はしているがそれは空洞…。
三宅…三宅…どうしたんだ?
何かのうねりが押し寄せる…空っぽな三宅の身体を目掛けて突進する。
傾れ込むように三宅の身体を満たしていく…。
危ない! 三宅…逃げろ!
叫び声をあげたような気がして西沢は飛び起きた。
汗で身体中がびっしょり濡れていた。
鰹節の匂いが漂ってくる…。
寝室の扉からノエルが覘いた。
「おじや炊いたけど…食べられる…? 」
えっ…西沢は時計を見た。 ノエルが居るということは…もう昼か…。
覚え無しに寝てた…。
「わざわざ…途中で帰ってきたんだ…? ごめんな…。 」
西沢はベッドを降りてふらふらとキッチンの方へ向かった。
大丈夫…? 扉のところでノエルがそっと手を差し出した。
ノエル…おじやの作り方知ってたの…?
母さんに炊くばっかりにして貰ったんだ…。
鍋ごと持ってきたから…簡単。
そっか…。
おまえん中には父さんの遺伝子ばっかりが詰まってるに違いないって言われた。
あんなにごつくねぇぜ…って言ったら、それじゃ外側だけ私のだよ…だって…。
突然…西沢は黙り込んだ。
じっと考え込んでいる。
ノエル…プログラムはふたつあったんだよな…?
集約されるのは…覇権・覇者のプログラムばかりじゃないんだ…。
対抗するワクチン…と言ってよければだが…の方だって…もしかしたら…。
三宅は…ワクチン・プログラムの完全結集体か…?
だから…発症者…にとっては最大の敵と見做されるわけだ…。
熱出してる場合じゃないぞ…紫苑…。
早く何とかしないと…三宅はとんでもないものを敵にまわすことになる…。
本人がそれに気付いているかどうかは…謎だが…。
次回へ
何気なく外の景色に眼を遣りながら久継は呟いた。
はらはらと舞い落ちる雪…。
まだ枝に色濃く残る晩秋の色に吸い込まれていく…。
今まさに…季節が移る瞬間…。
甲高い声を残して濡れた枝からヒヨが飛び立つ…。
ひとつ大きく息をついて…久継は話し始めた。
「あれか…これかと検討致しました…が…導き出したものが真実かどうかとなると…自信はありません。
うちのカオリのことだけでしたら…呪文使いの戦い方はどうしても呪文という媒介を通してという形になるので…直接の敵とは見做されないかもしれない…と考えるところなのですが…。
三宅一也のことがあります。
呪文を使う力もない…戦ってもいない…家に古文書があるというだけなのに何度も狙われる。
初めは…三宅一族の末裔すべてを襲うつもりかと我々は考えていました。
力の有る無しに関わらず根絶やしにでもするつもりかと…。
倉橋も昨今…かつてのような家人同士の行き来がなくなってしまったので…三宅の内情が分からず戸惑うばかりでした。
何しろ…三宅最後の業使いと言われていた先々代が亡くなってから久しいことですし…須藤家に養子に入ったというのは、さらにその前の代の話かと思われます。
少なくとも須藤家のことは御使者から伺うまで覚えてもいませんでした。
我々の感覚ではとうに…三宅の業使いの力は絶えていたはずでしたから…。
狙われているのは力を持つ須藤さんの方で…三宅の子は間違えられているのではないか…とも考えました。
カオリの場合と同じで須藤さんが敵と認識されなかったために相変わらず…三宅の子の方が狙われ続けているのではないかと…。
では…何故…一也だけなのか…?
親戚はともかく…親兄弟でさえ襲われていないのに…。
人違い…と考えると…その疑問が残るのです…。 」
そこまで話して久継は、ほっと息を吐き、お茶に手をつけた。
田辺が西沢に茶や菓子を勧めている間に、政直が一旦席を立ち、襖を開けて誰かに声を掛けた。
パタパタと駆けてくる足音がして…双子と思われる亮やノエルくらいの男の子が姿を現した。
ふたりは西沢に向かって丁寧に挨拶をした後、政直の席のすぐ後ろに座った。
「このふたりは政直の子どもで…ご覧のとおり双子です。
信久と敬久…敬久の方には業使いの力が備わっています。
区別がつきましょうか…? 」
久継が西沢に問うた。
双子は一卵性なのか…まるで鏡に映したようにそっくりだ。
「向かって右が信久くん…左が敬久くんですね…。
ですが…極めて微妙な違いです…。
前以て皆さんとのお付き合いが無ければ区別できないところでした。 」
西沢はふたりを一瞥すると即座に答えた。
久継は頷きながら微笑んだ。
「まさに…そこです。
特殊能力者を区別することはこちらにそれなりの力があれば比較的容易ですが…業使いを普通の人と区別することは極めて困難なのです。
正気ではない過去の夢に操られた者たちに…果たしてその区別がつくや否や…そこがどうしても疑問に思われます。
もし…三宅一也に多少なりと業使いの力があったとしても…その家族と本人をどう区別しているのか…一也の中にだけ異なる要素があるのか…。
しかも…ただの業使いの気配というだけではない…カオリにも須藤にも無い何か特別なものが…。
だとしたら…それは何であろうか…と。 」
西沢が疑問視した田辺や須藤が敵と見做されないことなどまったく問題ではなく…重要なのは三宅がなぜ敵と見做されたか…ということの方だと久継は言った。
最初の犠牲者美咲の恋人で…巨石お宅…HISTORIANの使いっ走り…。
少なくとも…英会話塾が襲われた日までは…三宅は誰にも狙われてはいなかった。
英会話塾で…何があったのか…?
「御使者…業使いの力量は気配では分かりません。
まるで何の力も持っていないような弱々しい者が、実は超大物だったりすることもあります。
どうか…そのことだけは胸に留め置いてください…。 」
相変わらず顔には穏やかな笑みを浮かべながらも…久継は強い口調で忠告した。
肝に銘じて…と西沢は答えた。
西沢から託された歳暮の品を持ってノエルは久々に実家へ戻ってきた。
定休日ということもあって智哉は家に居たが…いつもどおりに仕事をしていた。
「おまえみたいな何もできんヤサグレの面倒を親身に看て貰ってるんだ。
こっちが歳暮を持って挨拶に行かなきゃならんくらいなのに…悪いことをした。
紫苑さんにくれぐれもよろしく言ってくれ。 」
くそ親父…相変わらずひと言ずつ多い。
礼を言う時くらい素直にものが言えねぇのか…。
ま…いつものことだけど…さ…。
「なあ…俺…そろそろ…店で働こうと思ってるんだけど…。 」
書店…くびになったのか…?
こちらも向かずに智哉は訊ねた。
かぁ~そうきたか…。
「そうじゃないけど…店長が気を使ってさ…。 勤務時間減らしちゃったんだ。
増やして貰うよりは…どうせならその分こっちで仕事しようかなって…。 」
経験者…平日時給800円…9:00~19:00…勤務時間相談に応ず…。
智哉は事務的にそう言った。
「きちんと紫苑さんの世話して…ちゃんと学校へ行って…書店の仕事と重ならないように…時間決めろ…。
勤務予定は忘れずに前の週に出せよ。 今週分は今夜ファックスで送って来い。
そん中でバイトが必要な時間チェックして送り返してやるから…。 」
よっしゃぁ…。 働くぜぃ…。 んじゃ…明日からよろしく…。
よろしくお願いしますと言え…馬鹿息子!
へいへいすんません…ノエルはぺこりと頭を下げた。
まったく…おまえというやつは…俺は雇い主に対してそんな無礼な態度をとるような躾方をした覚えはねぇ!
どうしようもねぇ奴だ…と…さも嘆かわしそうに不肖の息子を怒鳴り叱りつけながらも…心なしか智哉の口元が笑っているようにノエルには思えた。
某国からミサイルが飛んできた…というニュースが世界中を駆け巡った。
第一報が入った時…西沢は一瞬ドキッとした。
HISTORIANの陰の努力も虚しく…とうとうそれが始まった…と感じた。
ミサイルは海に落ち…眼に見える被害はなかった…が、これをきっかけにこの国でも軍備増強が叫ばれるようになるだろう。
憲法や法の改正を目指す者たちにとって格好の追い風になる。
再びこの国は闇に向かって走り出すのか…。
どうか…この不安が杞憂となるようにと祈りたい。
「考え方がどんどんエスカレートしていかないといいんだがなぁ…。
相手が攻撃してきたから相手の基地を破壊した…っていうのと、相手が攻撃してこないように相手の基地を破壊した…ってのとはわけが違うからな。 」
そう言って滝川はコーヒーの最後のひと口を飲み干した。
あ…余分があったらもう少しくれない…?
徹夜の仕事が明けた西沢のために濃い目のコーヒーを入れていたノエルにカップを差し出した。
ちょっと苦いかもよ…と言いながらノエルは滝川にもコーヒーを注いでやった。
いや…美味しいよ…ノエル腕あげたじゃん…。
滝川に褒められてノエルはちょっと肩を竦めて笑った。
「少し…寝た方がいいぞ紫苑…顔色が良くない。
ここんとこ徹夜続きの上に…仕事がない日にはノエルと囮調査してるんだし…。
そうはそうは…身体が持たないぜ…。
いくらお務めだからっておまえが病院行きになったら元も子もないんだから…。」
滝川は心配そうに西沢の顔を覗き込んだ。
あかん…熱あるわ…こいつ…目がうるうる…。
「紫苑さん…。 仕事明けたんなら…無理しない方がいいよ。 」
ノエルにまで言われて…西沢は眠そうにうんうんと頷いた。
そんじゃ…ちょっと寝るわ…。 欠伸しながら寝室へと向かった。
「ノエル…今日はずっと実家…? 」
滝川が訊ねた。
「うん…昼に一旦…様子見に帰ってくるよ。 亮にも声かけとく…。 」
そっか…じゃ…頼むな…。
僕もできるだけ早めに帰ってくるけど…紫苑…普段は丈夫なくせに熱出すと必ずひどくなるからな…。
ノエルと滝川が仕事に出かけた後…ひとり寝室に残された西沢は滝川の予測どおり熱に浮かされていた。
起きているのか寝ているのか…現実か非現実か…まるで酔っ払ったかのように頭の中で映像がくるくる回る。
力のない業使いと…それを執拗に追う発症者…。
DNAの螺旋階段をぐるぐると上る下る…。
逃げろ! 逃げろ…三宅! 追いつかれる…!
ひとつの身体に集約されて最悪の凶器と化したプログラムの恐怖が全世界を襲う。
三宅…危ない…!
いらない記憶きえろぉ!
三宅の口から…突然…ノエルの声が響く…。
えっ…どうなってるの? いつの間にか…三宅がノエルの姿に変わっている…。
これはプログラム同士の戦いだ…須藤の声が聞こえる。
別の場所に三宅の身体がある…三宅の姿はしているがそれは空洞…。
三宅…三宅…どうしたんだ?
何かのうねりが押し寄せる…空っぽな三宅の身体を目掛けて突進する。
傾れ込むように三宅の身体を満たしていく…。
危ない! 三宅…逃げろ!
叫び声をあげたような気がして西沢は飛び起きた。
汗で身体中がびっしょり濡れていた。
鰹節の匂いが漂ってくる…。
寝室の扉からノエルが覘いた。
「おじや炊いたけど…食べられる…? 」
えっ…西沢は時計を見た。 ノエルが居るということは…もう昼か…。
覚え無しに寝てた…。
「わざわざ…途中で帰ってきたんだ…? ごめんな…。 」
西沢はベッドを降りてふらふらとキッチンの方へ向かった。
大丈夫…? 扉のところでノエルがそっと手を差し出した。
ノエル…おじやの作り方知ってたの…?
母さんに炊くばっかりにして貰ったんだ…。
鍋ごと持ってきたから…簡単。
そっか…。
おまえん中には父さんの遺伝子ばっかりが詰まってるに違いないって言われた。
あんなにごつくねぇぜ…って言ったら、それじゃ外側だけ私のだよ…だって…。
突然…西沢は黙り込んだ。
じっと考え込んでいる。
ノエル…プログラムはふたつあったんだよな…?
集約されるのは…覇権・覇者のプログラムばかりじゃないんだ…。
対抗するワクチン…と言ってよければだが…の方だって…もしかしたら…。
三宅は…ワクチン・プログラムの完全結集体か…?
だから…発症者…にとっては最大の敵と見做されるわけだ…。
熱出してる場合じゃないぞ…紫苑…。
早く何とかしないと…三宅はとんでもないものを敵にまわすことになる…。
本人がそれに気付いているかどうかは…謎だが…。
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