徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第百四十話 不在の空間)

2009-01-06 23:55:00 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 居間のテレビからニュース番組のテーマ曲が流れ始めた瞬間…ノエルの手がリモコンを握った…。
即座に切り替えられた画面からは幼児向けのコミカルな歌が聴こえてくる…。
慧勠(エリク)が慌てて駆けて行ってテレビの前にちょこんと座った…。

 何気なくリモコンを置きながら…ノエルは横目でチラッと西沢の表情を窺った…。
番組を替えられたことを気にする様子もなく…西沢は普段どおりにノエルの用意した昼食の炒飯を口に運んでいた…。

 こんな時間帯に慧勠向けの幼児番組なんぞ放送していないことを知らない西沢ではない…。
何しろ西沢は慧勠を含めて四人の子供を自分の手で育てている現役パパだ。
前以てノエルがセットしておいたDVDの映像だということぐらい分かっているに違いない…。

 輝が亡くなってから連日のようにマスメディアで取り上げられる事件の様相…。
絶えず周囲を取り巻く不愉快な情報をできるだけ西沢の目に触れないようにするのは至難の業だった。
それほどテレビ好きとはいえない西沢でもニュースは見るし…パソコンを使えばネットからはいくらでも情報が入る…。
新聞や雑誌に至っては見せないわけにもいかない…。

 チャンネルを替えたり、話題を逸らしたり、ノエルはできるだけ西沢の意識を事件から遠ざけるように努力した。
輝の子が御腹に居るせいで体調が悪く、ドクターストップをかけられて家に籠っているノエルだが、それでも四六時中西沢にべったりついてはいられない…。

 それに…ノエルのそうした行動に不自然さを感じないほど…西沢は鈍感ではない…。
ちゃんと気付いていて…黙っている…。
あまりにしつこいと苛々させてしまうことになり…かえって逆効果…。
西沢が事件だけに気を向けて思い詰めないように…他事に集中させるしかない…。

難しいんだから…紫苑さんの感情を読み取るのは…。
鈍いところも確かにあるんだけど…鈍感な振りして誤魔化してることもあるし…。

幸いなことに…急ぎの仕事が立て続けに入った西沢は仕事部屋に軟禁状態…。
TVを見る暇も仕事関係以外のサイトを廻る余裕もない…。
おそらく…事情を知る玲人がわざと多めに仕事を請け負ってきているのだろう…。
御蔭でノエルも西沢の仕事中は気を抜くことができる…。
けれど…今は…。

 慧勠が音楽に合わせて踊り始めた…。
その楽しげな様子に西沢の顔がほころぶ…。
ノエルの緊張が少し揺るんだ…。

「あんまり気を使い過ぎると…身体に障るよ…。 」

愉快そうに慧勠を見つめたまま…西沢が言った…。

ノエルの心臓が震えた…。

「そんなに心配しなくてもさ…奴を殺したりはしないよ…。
御使者の管轄外だし…。
奴のことは…警察に任せておけばいい…。 」

軽く笑みを浮かべ…ノエルの方に眼を向けた…。

「恭介がきみに何を言ったか知らないが…僕もそこまで自制心がないわけじゃない…。
殺したって気が晴れることなんかないしね…。
輝は戻らないんだから…。 」

輝は戻らない…。

その言葉の重さがノエルの胸を締め付けた…。

「復讐…したいとは思わない…?
僕は…奴を叩き殺したいくらいに思ってるよ…。
紫苑さんが何も言わないから…僕も動かないだけで…。 」

自分でも激昂してくるのが分かった…。
感情を抑えるのに苦労した…。

何を馬鹿言ってるんだろう…。
そうさせないように…見張ってるはずの僕が…。

「復讐するのは簡単だ…。
そうしようと思えば…一瞬で終わってしまう…。
だけど…そんなの…意味がないさ…。
被害者は輝だけじゃない…。

何が起こったのかを…被害者側の人々は知りたがっている…。
僕も…だ…。 」

感情を抑えた静かな口調で…西沢は言った…。

「僕は大丈夫だから…心配しなさんな…。
きみの身体は今…大事な時だ…。
その子と自分のことだけを考えていればいい…。 」

番組が終わって…慧勠が慌ててこちらに駆けよった…。
もう一度見たいとせがんだ…。

気の抜けたようなノエルの手が…ゆっくり…リモコンを取り上げた…。
慧勠の身体がまた曲に合わせて動き出した…。



 カタカタとタイピングの音が部屋中に響き渡る…。
向かい合って並べられたデスクのあちらとこちらで…ディスプレイを眺めながら何気ない会話を交わす…。
いつもと変わりない社外データ管理室特務課の昼時の光景である…。

「ふ~ん…そんじゃ…奴についての資料は紫苑さんに渡さない方がいいのかな…?
別に頼まれたわけじゃないけど…少しだけ調べてみたんだ…。 」

仲根がディスプレイを睨んだまま…そう訊ねた…。
思うところに確信が持てない亮は即答するのを躊躇った…。

「う~ん…先生は僕等にはあんなこと言ってますけど…本心では別のこと考えていると思うんですよ…。
その気になれば…僕等が注意してようとしまいと…紫苑は相手のデータを簡単に読み取るでしょう…。
実際…僕等がどんな手を打ったところで…紫苑が動こうとするのを止めることなんかできないんです…。 」

そりゃぁ…そうだ…と仲根は頷いた…。

「多分…先生が逸らさせようとしているのは…紫苑の方じゃなくて…僕等の方じゃないかと思うんです…。
僕等の意識を紫苑に集中させて…何か…やらかそうと考えているんじゃないかと…。
ノエルは単純だから…額面どおりに受け取ってますけど…。 」

滝川先生が…何を…?
訝しげな仲根の顔がパソコンの向うから覗いた…。

「そいつは…分からないんですけどね…。
先生が何かするとなれば…紫苑のために決まってます…。
まさか…紫苑に代わって復讐するなんてことまでは…しないでしょうが…。 」

有り得ないことではない…という不安を払拭できない亮は…できれば仲根が自分の代わりにそれを強く否定してくれるよう期待していた…。

けれども…。

「いや…ないとは…言えないなぁ…。
紫苑さんが本気で相手に殺意を抱いたら…先生は動くかも知れない…。

けどまぁ…多分…大丈夫だろ…。
胸ん中はどうあれ…紫苑さんは普通の人間に手を出すような人じゃない…。
紫苑さんが静かなら…先生も沈黙…。 」

仲根の答えは…完全否定とまではいかなかった…。

…だと…いいんだけど…。

亮は大きく溜息をついた…。




 ベッドライトの明かりが不在の空間を照らす…。
西沢と滝川の間にぽっかり空いた空間を…。
別に珍しいことではないが…今夜は少し事情が違う…。

 突然の輝の死は大人たちに衝撃を与えただけではなく、子供たちにも影響を及ぼした…。
自分の傍から急に消えてしまった母親…まだ幼い絢人にはよく事情が飲み込めない…。
ママは死んだのだ…と聞かされても本当の意味では理解できずに居る…。
ただ…もう会えない…と言われたのが悲しい…寂しい…。

 子供たちがどこか落ち着かない様子なので、ノエルはほとんど子供部屋で寝起きしている…。
絢人の不安げな顔を見た時、滝川は一瞬、自分が傍に居てやろうかとも思ったが、ノエルという実の父親が傍に居るのに差し出がましい真似はできないと考え直した…。
この屋敷で同居生活を始めてからノエルにも甘えるようになってきた絢人…。
今が大切な時かも知れない…と…。

それに…。

もうひとりの子供…。
西沢の中の…4歳の紫苑…その感情の動きも気がかりだった…。

 再会した時にはすでに過去の女性であったにも関わらず、麗香が亡くなった折には素直にその死を悲しんだ西沢が、現役の恋人輝を失って未だ一滴の涙も流してはいない…。
滝川にはそれが…ひどく不自然な気がしてならない…。
我慢強い男ではあるけれど…堪えている…というわけでもないようだ…。
今は目を離すべきではない…と滝川は思った…。

 ベッドライトを消そうと伸ばした指を止めて…西沢は小さく溜息をついた…。
眠れないわけではないが…眠りたくない…そんな妙な気分…。
背中に心配そうな滝川の視線を感じた…。

「輝が…居ないんだ…。 部屋にも…庭にも…家中捜しても…何処にも…。
気配を感じて扉を開けてみるんだけど…居ないんだ…。 

分かってる…輝は死んだ…。
もう何処にも居ないことは…分かってる…。 」

分かっていない…と…滝川は感じた…。
大切なものをあまりにもあっけなく失ってしまったから…西沢の心は未だ輝の死を受け入れられないでいる…。

「紫苑…如何したい…? 如何して欲しい…?
殺すか…? じわじわと苦しめてやるか…?
何でもしてやるよ…。 紫苑の望むままに…。 」

滝川の過激な物言いを聞いて…驚いたように西沢は振り向いた…。

「馬鹿なことを…恭介…。 治療師の言う台詞か…。
ノエルといい…おまえといい…なんでそんな…。 」

治療師の目がそこにあった…。

「輝は…おまえを置き去りにしたわけじゃないぞ…。
輝自身…何があったのか気付かぬままだ…多分…な…。 」

西沢の中の4歳の紫苑が悲鳴をあげた…。

「だからといって…そのことが輝の生存を肯定するわけじゃない…。
輝はもう居ない…それが真実だ…。
紫苑…認めたくないのは分かるが…。 」

滝川の視線から目を逸らし…西沢はひとつ深い溜息をついた…。
そうして…今度は真っ直ぐに滝川の目を見つめた…。

「…手を…汚すな…恭介…。 望んでいない…そんなこと…。
僕のためなら…なおさら…だ…。

これは…輝の仕組んだいつもの意地悪なんだ…。

…分かってる…すべて分かってるけど…そう思っていたいんだ…。

この力で何十億の人間の命を救った英雄と言われているけど…僕は輝を救えなかった…。
ずっと傍に居たのに…。

輝は怒っているだろう…。
いったい…あなたは何をしていたの…って…。 」

それは…と反論しようとして…滝川は言葉に詰まった…。

「あの時…最期の声が聴こえたんだ…。
紫苑…と…ひと言だけ…。

何を言いたかったんだろう…?
輝の…その次の言葉を知りたくて…僕は輝を捜している…。

見つけられない限り…輝もまた僕を呪縛する…永遠に…。 」

いい加減にしろ…という言葉が喉まで出かかっているのを、滝川は堪え飲み込んだ…。
母親の遺した言葉だけでも厄介なのに…またしても…言葉の呪縛…。

逆戻りだ…せっかくここまできて…。
別の意味で…犯人をぶっ殺してやりてぇ…。

西沢の中の小さな紫苑…その心のケアに力を尽くしてきた滝川…その努力が脆くも崩れ去ろうとしている…。

頼むぜ…輝…。
呪縛だなんて…おまえはそんな女じゃなかったろ…。
紫苑の自由を誰よりも望んでいたのはおまえなんだから…。

ふふん…と…鼻先で笑ったような輝の顔が…滝川の脳裏に浮かんで消えた…。







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4 コメント

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まとめて読みますね (KEN-SAN)
2009-01-07 09:33:26
前に「正」の方を読んだときのメモ持ってます。
これだけ打ち込むだけでも大変ですよね。書くのが好きなんですよね。
>まあ詩も小説も自分で訴えたい事、他があって書くわけで、その凝縮した部分が輝く?ためには物語りという「過程」が必要ですね。久し振りのパートなので。
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KEN-SANへ (dove-2)
2009-01-07 17:42:04
続…の方は本来…前・中・後編に分かれている話ですから…かなり長いです。

書くのは勿論大好きですよ…。
そんな夢みたいな仕事…あったら良いのに…と思うほど…。
ジャンルは問わないんです。
小説じゃなくて学論でも…。
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伝えるだけなら (KEN-SAN)
2009-01-07 20:58:59
要点=メッセージを伝えるだけなら
エッセイでもOKですよね。
理系的な答えがないから物語や詩にするんですよね。
「反戦」、「人生観」とか主張だけなら短文で訴えることはある意味可能です。+アルファの不思議さが文学だと僕は思ってますが・・。
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KEN-SANへ (dove-2)
2009-01-07 23:00:54
自分の書いているものが文学かどうか…などは普段あまり考えてないんです…。
そんな上等なものだとは思えないですし…。
何しろ…書きたいものを書くに過ぎないので…。

ただ…doveが読むのであれば…感性と論理…両翼を備えたもの…が好きです…。
どちらかに偏っているのではなく…。
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