村瀬 興雄 「アドルフ・ヒトラー―「独裁者」出現の歴史的背景」

2009年01月25日 13時32分04秒 | 巻十六 読書感想
16年くらい前に入手した本です。
初めて、手に取って読んでみました。

アドルフ・ヒトラー―「独裁者」出現の歴史的背景 (1977年) (中公新書)
村瀬 興雄
中央公論社

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ヒトラーに興味のあった女性からのお下がりです。
逆に俺からは本多勝一の「検証カンボジア大虐殺」をお貸ししました。
どんだけアレでしょーかw

この本、
アドルフ=ヒトラー本人の生い立ちとか思想とか権力行使とか破滅とかの過程、
それらが体系的に書かれてはいるわけではありません。
そういう意味で、彼の伝記ではありません。
生涯をたどるのはせいぜいミュンヘン一揆どまりです。
彼の一生を概観したければウィキペディアでも覗いた方がよいでしょう。

では、この書物の言うところは何なのか?

ヒトラーの故郷であるオーストリア。
19世紀末から第一次大戦前後にかけての、
オーストリアの政治状況、社会状況。
わけても、のちの「ナチス」の源流となる思想の流れ。
そして、ヒトラー自身はその潮流の中に生まれた一人に過ぎないこと。
つまり、第三帝国が招いた災禍の原因が、
ヒトラー個人の素質とか性格とかましてや先天的な他の何かに帰すべきものではないこと。
少なくとも、ドイツ社会に存在したナチス的なものの「下地」は無視できないこと。
そういうことを、言っております。

本書の初版が1977年ですから、実に30年前!です。
当然この間に新たな事実や研究が提示されている事でしょう。
でもしかし、
アドルフ一人を悪人にすればいい、という問題でないことだけは
すでに揺るぎないでしょうね。

ここで、無理やり現代の問題意識に繋げてみると。
ほら、例の、
世の中の不平不満の解消を一身に浴びて登場した政治家が、いたでしょう。

バラク=オバマです。

彼個人がいくらカリスマであっても、
それで世の中が劇的に転換することなどあり得ない訳です。

まして、超凝り固まった軍産複合体と清教徒由来の歴史の国です。

ちょっと脳なし人気なしの前任者が退場して、
ちょっと演説上手で人気者の後任者が入れ替わった「だけ」かも知れません。
要は、過度な期待は禁物である、と。かと言って悲観的眼差しも不毛。

オバマについては言いたいこと多いなあ。

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