6月29日(木) 曇り一時豪雨(札幌)
函館マラソンの番外編です。フィニッシュ後の行動や感想などをメモ代わりに書いておきます。
***函館マラソン完走記-その2***
フィニッシュして時計を止めてから右手のリストバンドに縫い付けたぶんちゃんワッペンに挨拶した。走る間もチラチラ見てその都度勇気づけられパワーをもらったので、好記録の支えとなったのは間違いない。ありがとう、ぶんちゃん。
チップを外してもらい、メダル、タオル、ペットボトルをもらってから手荷物を受け取りに行った。チップを外すとそこに「おもてなしチケット」が入っている仕組みである。また、メダルは大きくて立派なのだが、いずれ捨てることになるのだから個人的には不要と思っている。
預けたときと異なり非常にスムースに手荷物を受け取って競技場外の芝生で着替えた。そして所定の場所まで歩いて行き参加賞を受け取った。と、あっさり書いたが、疲れて大儀なのでこれだけで30分以上かかった。
おもてなし会場の「えらべる振る舞い」コーナーでおにぎり+ソーセージ2本をもらったが、胃の不具合からその場では食べられずザックに入れた。「もれなく振る舞い」コーナーでがごめ汁をいただいた。がごめ昆布の味噌汁をいただくとその塩分が身体に染み渡った。牛乳ももらえるのだが、私の胃と相性が悪いためパス。
さてと、これでマラソン大会は終了したので函館観光開始なのだが、まずは公園内にあるはずの久慈次郎像探しだ。函館オーシャンに所属した日本野球初期の名捕手・久慈次郎の像があるはずなのだが、と思ってきょろきょろすると、がごめ汁のテントのすぐ裏にあった。久慈次郎のミットは旭川市に向けられている。旭川スタルヒン球場にあるスタルヒン像からの投球を今でも待っているのだ。
公園を出て近くにあるはずの函館中部高校に向かった。これも少しウロウロしてしまったが、ようやく発見。明治28年設立の旧制函館中学は父の母校なので一度見ておきたかったのだ。父が通っていたのは約90年も前だからおそらく数回建て替えられたはずだが、校庭の太い樹々が往時を偲ばせた。
次は五稜郭に向かった。もうヨレヨレなので時速3kmくらいでしか歩けず、赤信号で止められるとホッとするような有り様なのだが、函館観光の目玉、五稜郭だけは抑えておきたいところだ。目玉は、函館山と五稜郭が二強と思われるが、マラソン会場が比較的五稜郭に近いという理由で選んだだけなのだが。
五稜郭のすぐそばにはタワーがそびえるのでいい目印となり迷わずに行けた。着くなり1000円払ってタワー展望台へ。半分くらいが中国からの観光客のようだった。
当然五稜郭の全貌を見渡せるのだが、思ったよりも大きくてカメラに収まり切らないほどだ。これは確かに素晴らしい眺めであった。こんなに規模が大きいのに、幕軍が簡単に降伏したのは、海に近すぎるので艦砲射撃にやられてしまったためだ。もう少し内陸部、例えば今の新函館北斗駅辺りに作れば相当持ちこたえたのではと思われる。知らんけど。
タワーから降りてロビーのようなところでしばし休息。ソフトクリームを食べたかったが節約のため自粛。胃の調子が戻りつつあったためタワーのはす向かいにあるラッキーピエロに向かった。ハンバーガーとコーラ程度ならば食べられそうだ。ところがギッチョン(古!)、店の外まで行列ができているではないか。さすが人気店、日曜の午後ともなれば観光客と函館市民が押し寄せるのだった。
行列嫌いなのであっさりパスした。でも腹が減ってきて(胃の調子が悪くとも腹は減る)、とりあえずコンビニを見つけて菓子パンでも食べようかと思い、タワー付近からJR五稜郭駅方面を目指して歩いた。42km以上走った脚に加えてハンガーノック気味なのでエッチラオッチラと亀のように進むだけ。
途中に銭湯・田家の湯があるのは事前チェック済みなので、とりあえずそこを目指した。10分ほど歩いて田家の湯を発見、そしてその手前に我らがセイコーマートも発見。セコマでバナナとガラナを買って、入り口の縁石に座って食べた。
人心地ついてから田家の湯の前まで行ってしばし熟考。ひと風呂浴びたいが、ここでまったりし過ぎて弛緩/脱力モードになってしまうとJRの駅まで歩けなくなる不安があったのだ。駅まであと1km以上はある。
結局パス、とりあえず駅まで行って時間をつぶすことに決め、五稜郭駅方面へポクポクと歩いた。また腹が減ったためコンビニに寄って豆パンとコーヒーを補給した。コーヒーはブラック派なのだが、このときは甘さに飢えていて砂糖を入れた
五稜郭駅に着いたのが16時半頃、五稜郭駅はいさりび鉄道の起点でもあり、一時は茂辺地駅まで行って寝台特急北斗星の車両を改造した宿泊施設・北斗星スクエアに泊まることも考えたのだが、早く札幌に戻るのを優先したのだ。
予約したのは五稜郭駅1757発の特急北斗19号であるが、その前の北斗17号にも間に合うため、窓口で変更可能か聞いたら満席とのことだった。1時間以上待たざるを得ない。五稜郭駅前は意外に発展していて、コジマ電気、ヤマダ電機、スタバもあったが、出歩くのはかったるかった。待合室でお茶なんぞを飲みながらスマホで将棋をしていた。
時間が来て特急に乗車、結構混んでいて指定は満席に近かったが、幸いにも私の隣は空いていたので、おもてなしフェスタでもらったおにぎりとカールレーモンのソーセージ2本を食べた。よほどビールを飲もうかと思ったのだが、爆睡の危険があり自粛。
電車の中で今日の好タイムの要因を考えてみた。前日の半田屋ラーメンライス、前夜のカニめし弁当、エイドの五勝手屋羊かん、コンサユニランナーとのエール交換、沿道の声援、ハイペリオンテンポ、5週間前の30km走、5月の月間400kmなどなど。
要するに、これらのどれかということではなく全ての要素の複合要因なのだろう。加えて運営事務局はじめ関係者のホスピタリティが実に素晴らしかったからと言えるのではないか。手荷物預けの長蛇の列だけはちょっとアレだったが、他は全く問題がなかった。エイドの塩ラーメンを食べられなかったのは自分のせいだし(もったいなかった…)。
さて来年はどうするのか、ワシ。また函館に出たい気持ちはあるが、時期の近い千歳またはピンネシリにも出たいので、来年は来年でまた考えることにしたいと思う。
最後に一言、関係者の皆様、素晴らしい大会をありがとうございました。
***完走記終わり***
本日の札幌、昼前にじゅんかんコンビニに行って金属類を回収してもらったあとセコマに寄って買い物をしている間に突然の豪雨になりました。30分前は渇いていた車道がこんなことに…
当然横断歩道も10cmくらいの水深になったため、仕方なくシューズ水没覚悟でジャボジャボウォーク。しばらく乾かないでしょうな、エボライド2。
ラン資金 -11023円
月間走行距離 358km
年間走行距離 2118km
函館マラソンの番外編です。フィニッシュ後の行動や感想などをメモ代わりに書いておきます。
***函館マラソン完走記-その2***
フィニッシュして時計を止めてから右手のリストバンドに縫い付けたぶんちゃんワッペンに挨拶した。走る間もチラチラ見てその都度勇気づけられパワーをもらったので、好記録の支えとなったのは間違いない。ありがとう、ぶんちゃん。
チップを外してもらい、メダル、タオル、ペットボトルをもらってから手荷物を受け取りに行った。チップを外すとそこに「おもてなしチケット」が入っている仕組みである。また、メダルは大きくて立派なのだが、いずれ捨てることになるのだから個人的には不要と思っている。
預けたときと異なり非常にスムースに手荷物を受け取って競技場外の芝生で着替えた。そして所定の場所まで歩いて行き参加賞を受け取った。と、あっさり書いたが、疲れて大儀なのでこれだけで30分以上かかった。
おもてなし会場の「えらべる振る舞い」コーナーでおにぎり+ソーセージ2本をもらったが、胃の不具合からその場では食べられずザックに入れた。「もれなく振る舞い」コーナーでがごめ汁をいただいた。がごめ昆布の味噌汁をいただくとその塩分が身体に染み渡った。牛乳ももらえるのだが、私の胃と相性が悪いためパス。
さてと、これでマラソン大会は終了したので函館観光開始なのだが、まずは公園内にあるはずの久慈次郎像探しだ。函館オーシャンに所属した日本野球初期の名捕手・久慈次郎の像があるはずなのだが、と思ってきょろきょろすると、がごめ汁のテントのすぐ裏にあった。久慈次郎のミットは旭川市に向けられている。旭川スタルヒン球場にあるスタルヒン像からの投球を今でも待っているのだ。
公園を出て近くにあるはずの函館中部高校に向かった。これも少しウロウロしてしまったが、ようやく発見。明治28年設立の旧制函館中学は父の母校なので一度見ておきたかったのだ。父が通っていたのは約90年も前だからおそらく数回建て替えられたはずだが、校庭の太い樹々が往時を偲ばせた。
次は五稜郭に向かった。もうヨレヨレなので時速3kmくらいでしか歩けず、赤信号で止められるとホッとするような有り様なのだが、函館観光の目玉、五稜郭だけは抑えておきたいところだ。目玉は、函館山と五稜郭が二強と思われるが、マラソン会場が比較的五稜郭に近いという理由で選んだだけなのだが。
五稜郭のすぐそばにはタワーがそびえるのでいい目印となり迷わずに行けた。着くなり1000円払ってタワー展望台へ。半分くらいが中国からの観光客のようだった。
当然五稜郭の全貌を見渡せるのだが、思ったよりも大きくてカメラに収まり切らないほどだ。これは確かに素晴らしい眺めであった。こんなに規模が大きいのに、幕軍が簡単に降伏したのは、海に近すぎるので艦砲射撃にやられてしまったためだ。もう少し内陸部、例えば今の新函館北斗駅辺りに作れば相当持ちこたえたのではと思われる。知らんけど。
タワーから降りてロビーのようなところでしばし休息。ソフトクリームを食べたかったが節約のため自粛。胃の調子が戻りつつあったためタワーのはす向かいにあるラッキーピエロに向かった。ハンバーガーとコーラ程度ならば食べられそうだ。ところがギッチョン(古!)、店の外まで行列ができているではないか。さすが人気店、日曜の午後ともなれば観光客と函館市民が押し寄せるのだった。
行列嫌いなのであっさりパスした。でも腹が減ってきて(胃の調子が悪くとも腹は減る)、とりあえずコンビニを見つけて菓子パンでも食べようかと思い、タワー付近からJR五稜郭駅方面を目指して歩いた。42km以上走った脚に加えてハンガーノック気味なのでエッチラオッチラと亀のように進むだけ。
途中に銭湯・田家の湯があるのは事前チェック済みなので、とりあえずそこを目指した。10分ほど歩いて田家の湯を発見、そしてその手前に我らがセイコーマートも発見。セコマでバナナとガラナを買って、入り口の縁石に座って食べた。
人心地ついてから田家の湯の前まで行ってしばし熟考。ひと風呂浴びたいが、ここでまったりし過ぎて弛緩/脱力モードになってしまうとJRの駅まで歩けなくなる不安があったのだ。駅まであと1km以上はある。
結局パス、とりあえず駅まで行って時間をつぶすことに決め、五稜郭駅方面へポクポクと歩いた。また腹が減ったためコンビニに寄って豆パンとコーヒーを補給した。コーヒーはブラック派なのだが、このときは甘さに飢えていて砂糖を入れた
五稜郭駅に着いたのが16時半頃、五稜郭駅はいさりび鉄道の起点でもあり、一時は茂辺地駅まで行って寝台特急北斗星の車両を改造した宿泊施設・北斗星スクエアに泊まることも考えたのだが、早く札幌に戻るのを優先したのだ。
予約したのは五稜郭駅1757発の特急北斗19号であるが、その前の北斗17号にも間に合うため、窓口で変更可能か聞いたら満席とのことだった。1時間以上待たざるを得ない。五稜郭駅前は意外に発展していて、コジマ電気、ヤマダ電機、スタバもあったが、出歩くのはかったるかった。待合室でお茶なんぞを飲みながらスマホで将棋をしていた。
時間が来て特急に乗車、結構混んでいて指定は満席に近かったが、幸いにも私の隣は空いていたので、おもてなしフェスタでもらったおにぎりとカールレーモンのソーセージ2本を食べた。よほどビールを飲もうかと思ったのだが、爆睡の危険があり自粛。
電車の中で今日の好タイムの要因を考えてみた。前日の半田屋ラーメンライス、前夜のカニめし弁当、エイドの五勝手屋羊かん、コンサユニランナーとのエール交換、沿道の声援、ハイペリオンテンポ、5週間前の30km走、5月の月間400kmなどなど。
要するに、これらのどれかということではなく全ての要素の複合要因なのだろう。加えて運営事務局はじめ関係者のホスピタリティが実に素晴らしかったからと言えるのではないか。手荷物預けの長蛇の列だけはちょっとアレだったが、他は全く問題がなかった。エイドの塩ラーメンを食べられなかったのは自分のせいだし(もったいなかった…)。
さて来年はどうするのか、ワシ。また函館に出たい気持ちはあるが、時期の近い千歳またはピンネシリにも出たいので、来年は来年でまた考えることにしたいと思う。
最後に一言、関係者の皆様、素晴らしい大会をありがとうございました。
***完走記終わり***
本日の札幌、昼前にじゅんかんコンビニに行って金属類を回収してもらったあとセコマに寄って買い物をしている間に突然の豪雨になりました。30分前は渇いていた車道がこんなことに…
当然横断歩道も10cmくらいの水深になったため、仕方なくシューズ水没覚悟でジャボジャボウォーク。しばらく乾かないでしょうな、エボライド2。
ラン資金 -11023円
月間走行距離 358km
年間走行距離 2118km