飯田史彦 奥村輝実 共著「生きがいの催眠療法」PHPを読んでいました。
やはり、多くの事実報告を含んだ飯田史彦教授の書籍は、真実味があって、とても
感銘を受けます。
「やっぱりそうなんだ」
「なるほど、そういうことだったのか」
という驚きとともに、心のどこかに確信を与えてくれる書籍です。
飯田史彦教授は、魂の存在を医師の立場から肯定している医療法人愛香会奥山医院
の奥山輝実院長の協力のもと、多くの催眠療法(過去世療法)の結果を本書にて
報告しています。
飯田史彦教授は、
「『死』という現象が、いかに物質世界の価値基準を超えたものであるかについて」
事例ををあげた上で、
「さまざまな証言をみると、人生の価値は長さで決まるものではないということ、
そして、何らかの貴重な役割(例えば両親の精神的成長をうながすという使命)を
果たすために、わざわざ短い人生を計画して生まれ、予定通りに若くして亡くなっ
ていく場合があるということがわかります。」とコメントしています。
飯田史彦教授は、
「もちろん、だからといって、お子様を亡くされた親御さんに対して、それで良か
ったのだなどと申し上げるつもりはありません。」
「親であれば誰でも、子どもの健やかな成長を願うのが当然であり、子どもの死を
悲しまない親などいないはずです。」
「しかし、万が一、お子様に先立たれてしまった場合には、ただ嘆き悲しんでいる
ばかりでなく、『もしもあの子が今も意識体として生きて(存在して)いるとすれ
ば、私たち親に、どのような生き方を望んでいるだろうか』と考えてみることこそ
が、再び前を向いて歩み始めるきっかけになるでしょう。」
とおっしゃています。
飯田先生は、ホント優しい人ですね。
私が一番嬉しく感じた、飯田史彦教授の本書での言葉、それは、
「そして、深く良好な催眠状態で、愛する故人の意識や光の存在と触れた受診者は、
例外なく『また会えるのだから、それまで頑張って、精一杯に前向きに生きてくだ
さい』というメッセージを受け取るのです。」と言い切っていただいている言葉です。
・・・
飯田史彦教授は、
「また、たとえ過去の人生で誰かに殺されてしまったとしても、通常は、その恨み
を死んだ後まで持ち越してしまうようなことはないようです。」
「なぜなら、どのような形で死んだ場合にも、人生を終えて肉体を離れ、いったん
修行を終えて本来の姿に戻った意識体は、ものすごく寛容になるからです。」と、
おっしゃっています。
国立大学の教官という逃げも隠れもできない立場にありながら、先生ご自身も霊感
を持ち、故人や光とも対話できる方だからこそ、ここまで言い切れるのだとも思い
ました。
怪しい宗教の教祖の言葉がいくら正しくても、人間は疑ってしまいます。
当然のことです。
飯田史彦教授のように、本来の仕事である教育にも手抜きせず、今や福島大学の教
授職にあり、オカルトだけに走っているわけではない姿こそ、私も見習わないとい
けないことだと感じました。
飯田史彦教授は、
「いずれにしても、催眠状態で『死』を体験した受診者が悟るのは、『死は終わり
ではなく、始まりなのだ』ということであり、『その人生での死は、私たちが何度
も通過していく通過点のひとつにすぎない』ということです。」とおっしゃっています。
・・・
では、催眠療法で、この奥山医院で先立った彼女と逢えるのでしょうか。
飯田史彦教授は、
「最愛の人を亡くされた方々の中には、いかなる激励の言葉も効果がなく、その愛
する故人と直接に話をする以外には、癒しの方法が見つからないという方もいらっ
しゃいます。」とおっしゃっています。
そうそう、そうなんです。そうなんですよね。
まさに、飯田史彦教授は、学者であり研究にて理論的に「あの世」を捉える、「精
神世界、非物質世界の存在」を我々に感じとれるように色々な書籍をお出しになら
れていますが、この「何だかんだ言っても、直接、故人と話がしたいんだ」という
痛切な愛する人を亡くした者の気持ちも汲んでくれているところが、飯田先生の書
籍が大好きになる1つの大きな要因でもありますよね。
最愛の人を亡くした人の気持ちのポイントを、ビシッと的確に突いています。
飯田史彦教授は、
「そのような場合にも、深く良好な催眠状態に入ることによって、愛する故人の意
識体とコミュニケーションをとることができます。」とまで言い切っています。
ただし、
「故人とのコミュニケーションは、相手の事情が許さない限り不可能であり、受診
者が一方的に接触を求めても、故人の方がコミュニケーションをとれる状態にない
ことが少なくありません。」
「また、いくらこちらが接触しようとしても、故人が『今は会うべきではない』と
判断する場合には、現れてくれなかったり、代理のような存在が『今は会えません』
と伝言してくれることあります。」と飯田史彦教授は言っています。
「したがって、故人との再会については、過去生の記憶を思い出したり光と対話す
ることに比べて、かなり成功率が下がることは事実です。」なんだそうです。
その成功例については、飯田史彦 奥村輝実 共著「生きがいの催眠療法」PHP
をご一読ください。
まさに「癒し」と「生き抜くための『生きがい』」までも与えてくれる書籍です。
本章の締めくくりに・・・
飯田史彦教授は、
「以上の記録をご覧になって、あなたは、光の存在からどのようなメッセージを
受け取りましたか?」
「そのメッセージは、きっと、次のようなものであるはずです。」
「『死ぬということは、『肉体から離れて生きる』ということである。」
地位も名誉もある人で、リスクを負ってまでここまで言い切れる方は、
飯田史彦先生だけです。
素晴らしいです。。。
やはり、多くの事実報告を含んだ飯田史彦教授の書籍は、真実味があって、とても
感銘を受けます。
「やっぱりそうなんだ」
「なるほど、そういうことだったのか」
という驚きとともに、心のどこかに確信を与えてくれる書籍です。
飯田史彦教授は、魂の存在を医師の立場から肯定している医療法人愛香会奥山医院
の奥山輝実院長の協力のもと、多くの催眠療法(過去世療法)の結果を本書にて
報告しています。
飯田史彦教授は、
「『死』という現象が、いかに物質世界の価値基準を超えたものであるかについて」
事例ををあげた上で、
「さまざまな証言をみると、人生の価値は長さで決まるものではないということ、
そして、何らかの貴重な役割(例えば両親の精神的成長をうながすという使命)を
果たすために、わざわざ短い人生を計画して生まれ、予定通りに若くして亡くなっ
ていく場合があるということがわかります。」とコメントしています。
飯田史彦教授は、
「もちろん、だからといって、お子様を亡くされた親御さんに対して、それで良か
ったのだなどと申し上げるつもりはありません。」
「親であれば誰でも、子どもの健やかな成長を願うのが当然であり、子どもの死を
悲しまない親などいないはずです。」
「しかし、万が一、お子様に先立たれてしまった場合には、ただ嘆き悲しんでいる
ばかりでなく、『もしもあの子が今も意識体として生きて(存在して)いるとすれ
ば、私たち親に、どのような生き方を望んでいるだろうか』と考えてみることこそ
が、再び前を向いて歩み始めるきっかけになるでしょう。」
とおっしゃています。
飯田先生は、ホント優しい人ですね。
私が一番嬉しく感じた、飯田史彦教授の本書での言葉、それは、
「そして、深く良好な催眠状態で、愛する故人の意識や光の存在と触れた受診者は、
例外なく『また会えるのだから、それまで頑張って、精一杯に前向きに生きてくだ
さい』というメッセージを受け取るのです。」と言い切っていただいている言葉です。
・・・
飯田史彦教授は、
「また、たとえ過去の人生で誰かに殺されてしまったとしても、通常は、その恨み
を死んだ後まで持ち越してしまうようなことはないようです。」
「なぜなら、どのような形で死んだ場合にも、人生を終えて肉体を離れ、いったん
修行を終えて本来の姿に戻った意識体は、ものすごく寛容になるからです。」と、
おっしゃっています。
国立大学の教官という逃げも隠れもできない立場にありながら、先生ご自身も霊感
を持ち、故人や光とも対話できる方だからこそ、ここまで言い切れるのだとも思い
ました。
怪しい宗教の教祖の言葉がいくら正しくても、人間は疑ってしまいます。
当然のことです。
飯田史彦教授のように、本来の仕事である教育にも手抜きせず、今や福島大学の教
授職にあり、オカルトだけに走っているわけではない姿こそ、私も見習わないとい
けないことだと感じました。
飯田史彦教授は、
「いずれにしても、催眠状態で『死』を体験した受診者が悟るのは、『死は終わり
ではなく、始まりなのだ』ということであり、『その人生での死は、私たちが何度
も通過していく通過点のひとつにすぎない』ということです。」とおっしゃっています。
・・・
では、催眠療法で、この奥山医院で先立った彼女と逢えるのでしょうか。
飯田史彦教授は、
「最愛の人を亡くされた方々の中には、いかなる激励の言葉も効果がなく、その愛
する故人と直接に話をする以外には、癒しの方法が見つからないという方もいらっ
しゃいます。」とおっしゃっています。
そうそう、そうなんです。そうなんですよね。
まさに、飯田史彦教授は、学者であり研究にて理論的に「あの世」を捉える、「精
神世界、非物質世界の存在」を我々に感じとれるように色々な書籍をお出しになら
れていますが、この「何だかんだ言っても、直接、故人と話がしたいんだ」という
痛切な愛する人を亡くした者の気持ちも汲んでくれているところが、飯田先生の書
籍が大好きになる1つの大きな要因でもありますよね。
最愛の人を亡くした人の気持ちのポイントを、ビシッと的確に突いています。
飯田史彦教授は、
「そのような場合にも、深く良好な催眠状態に入ることによって、愛する故人の意
識体とコミュニケーションをとることができます。」とまで言い切っています。
ただし、
「故人とのコミュニケーションは、相手の事情が許さない限り不可能であり、受診
者が一方的に接触を求めても、故人の方がコミュニケーションをとれる状態にない
ことが少なくありません。」
「また、いくらこちらが接触しようとしても、故人が『今は会うべきではない』と
判断する場合には、現れてくれなかったり、代理のような存在が『今は会えません』
と伝言してくれることあります。」と飯田史彦教授は言っています。
「したがって、故人との再会については、過去生の記憶を思い出したり光と対話す
ることに比べて、かなり成功率が下がることは事実です。」なんだそうです。
その成功例については、飯田史彦 奥村輝実 共著「生きがいの催眠療法」PHP
をご一読ください。
まさに「癒し」と「生き抜くための『生きがい』」までも与えてくれる書籍です。
本章の締めくくりに・・・
飯田史彦教授は、
「以上の記録をご覧になって、あなたは、光の存在からどのようなメッセージを
受け取りましたか?」
「そのメッセージは、きっと、次のようなものであるはずです。」
「『死ぬということは、『肉体から離れて生きる』ということである。」
地位も名誉もある人で、リスクを負ってまでここまで言い切れる方は、
飯田史彦先生だけです。
素晴らしいです。。。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます