「百万一心」 掲げ自衛隊員ら懸命の捜索
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「家族のもとへ全員を帰す」。72人の命をのみ込んだ広島市の土砂災害の行方不明者はあと2人。朝から雨がちらついた29日も、警察官や消防士、自衛隊員ら総勢約3400人の捜索隊は、いつ再び崩れるか分からない山を背にスコップをふるい、がれきと格闘した。自衛隊員のヘルメットには心合わせを意味する「百万一心(ひゃくまんいっしん)」のステッカーが貼られ、命がけの意気込みが伝わってくる。
「手掘り、お願いします」。重機で大きながれきを取り除いた後にかけ声がかかると、消防団や警察学校の生徒ら数十人が、一斉に「はい」と大声を上げ、スコップを地面に突き立てた。埋まった人を傷つけないよう、手作業で掘るのが基本だ。
60代の大屋弘子さんと西田末男さんが行方不明となった安佐南区八木3丁目。背後には中腹がえぐれた山が迫る。辺り一面、がれき、石、大木だらけ。足場は極めて悪い
「作業止めて」。土の中から電信柱よりふたまわりほど太い木が現れた。消防隊員がチェンソーの刃を立て、切断。重機で木を取り除き、再びスコップを手に取った。少しずつ掘り起こしては土砂やがれきをバケツに入れ、リレー方式で排出する。体力の消耗は激しく、効率が落ちないよう10~15分間隔で班を入れ替えて捜索は進んだ。
近くで、陸上自衛隊が巨石に挑んでいた。
隊員のヘルメットには「百万一心」のステッカー。力を合わせて心を一つに協力すれば何事もなし得るという意味で、「三本の矢」の逸話で知られる中国地方の戦国武将、毛利元就の言葉だ。この教えが代々伝えられてきた陸自第13旅団(広島県)がこの日、すべての不明者の発見を誓い、貼ったという。
ドドドドドッ。ドリルが岩をうがつ轟音(ごうおん)が山間に響く。3メートル四方の巨大な岩は約30分かけて50センチほどに砕かれた。やっと先に進める。隊員は再びスコップを手に土砂に立ち向かった。
花崗岩(かこうがん)が風化してできた「まさ土(ど)」は乾燥すると固くなり、スコップが入りづらい。雨が降れば大量の水を含んでもろくなる。土砂崩れのリスクと隣り合わせの捜索はまさに命がけだ。
午後になり、雨脚が強まった。不安定な天候が続き、発生から9日間、捜索は何度も中断した。「雨がなければもっと早く不明者を帰すことができた」。第13旅団司令部の鈴木克典3佐(46)は悔しさをにじませ、空を見つめた。
まだ遺体の一部が見つかっていない人もいる。「家族の元にご遺体の全部を戻してあげたい。それが私たちの思いです」。最後の行方不明者が見つかった後も隊員の捜索は続く。