拉致家族、冷静に「時を待つ」 全員救出へ日本の“戦略”求める
5月24日夜、トランプ氏は北朝鮮が米国高官らを名指しして批判を繰り返している状況などをあげ、「会談実施は不適切」と首脳会談の中止を発表した。拉致被害者の帰国へ尽力を明言してきたトランプ氏。金(キム)正恩(ジョンウン)朝鮮労働党委員長と交渉すれば拉致問題の解決を迫ると約束していただけに、米朝首脳会談への期待は日に日に高まっていた、ただ、会談中止にも家族らの受け止めは冷静だった。「すべての拉致被害者を帰国させるのが大前提。国際情勢が二転三転することは過去にも繰り返されてきた。短期的動きに惑わされず静かに推移を見守る」。早紀江さんは語る。昭和52年にめぐみさんが姿を消して20年後の平成9年、拉致の事実を知った。14年に北朝鮮は拉致を認めたが、めぐみさんを「死亡」とし偽の遺骨を提出した。被害者帰国へ交渉の雰囲気が高まり、そのたびにしぼんだ
「期待は何度も裏切られてきた。でも、後ろ向きになりすぎると、心が押しつぶされる。北朝鮮については『想定外』が起きて当たり前。いつも『真ん中』の心持ちで冷静に見て、時を待つつもりでいます」
今回は、過去に米国に揺さぶりをかけ、見返りを得てきた北朝鮮の思惑を切り捨てるようにトランプ氏が“ノー”を突きつけた形だが、早紀江さんに驚きはなかった。「熾烈(しれつ)な交渉の中で思惑があり、今後も各国の駆け引きや、さまざまな動きがあるはず」。早紀江さんは過去の歴史も振り返るように淡々と語った
それぞれの家族も、動揺することなく情勢を見すえていた。家族会代表で田口八重子さん(62)=同(22)=の兄、飯塚繁雄さん(79)は5月25日、報道陣に「中身が伴わなければ中止、延期するということなら適正な判断では」と感想を話した
飯塚さんは、北朝鮮が非核化などの外交上の約束をたびたびほごにしてきたことを念頭に「トランプ大統領がそういうことを察知したのでは」と推察した。一方、北朝鮮への制裁継続の重要性を挙げながら「事態が変われば会談が実現してほしい。米国が『拉致問題は日本政府と直接交渉しなさい』と言ってくれれば、日朝会談の大きなテーマになる」とも語った
増元るみ子さん(64)=同(24)=の弟、照明さん(62)も「北朝鮮はあの手この手で揺さぶりをかけ、譲歩を引き出してきた。米国の対応は正しい選択。本音の話し合いが求められる状況になってきた」と受け止める
実際に事態は変わりつつある。米国が中止を発表した直後、米朝首脳会談の再設定へ各国の動きが活発化。会談が実現すれば、拉致解決に向けた米国の「後押し」と、その後の動きにいよいよ関心が集まる
5月の家族会訪米で、拉致問題への理解が深く浸透した米政府の状況に手応えを感じていためぐみさんの弟、拓也さん(49)は「米国は毅然(きぜん)とした姿勢を貫いていると評価したい」と話す
5月28日には、政府側の呼びかけで安倍晋三首相と家族会が面会、首相は不透明となった朝鮮半島情勢について説明した。安倍首相は、トランプ氏に拉致解決への協力要請を改めて念押しするとしたうえで「最終的解決には日朝首脳会談が必要」との認識を家族らに伝えたという
早紀江さんは被害者全員の救出を強く願いながら、こう語る。「最後は日本がいかに被害者を救出するかの戦略が求められる。国を挙げた解決への動きをさらに強めていただきたい」
産経新聞