福島とつながる種まきプロジェクトネットワーク

(通称:たねまきネット)
農と食を中心に、小さな種をまきながら、永続的な支援活動を行う。

ふくしま県外避難者支援フォーラム

2013年03月22日 | 団体紹介

”広げよう つながろう 県外避難者ネットワーク”

3月20日(水・休日)に、アーバンネット神田カンファレンスで県外避難者支援フォーラムが開かれました。たねまきネットにも参加のお誘いがあったので出席させていただきました。会場は神田駅から徒歩2分程の便利なところですが、ちょっとわかりにくいところで、案内の方が看板を持って立っていてくださったので迷いませんでしたが、避難者の方を対象にする集いには、こういう配慮が大切だなと思いました。プログラムは以下のようです。

現在、県外避難者は57135名いらっしゃるそうです。そのうち東京には約7000名の方たちがお住まいになっています。そしてそれぞれの地域で避難者どおしのつながり作り、居場所作りに力を注いでいらっしゃる方たちのお話をきくことができました。

最初に、4人の方たちが作っているネットワークやつながりをつくるきっかけや経緯をおききしました。

木村さんは赤プリに避難されています。最初同行会を作ったときにはなかなか人が」集まらなかったが、今ようやく会員が増えてきた。最初の世話人は自分ひとりだったが今は4人で企画を考える。月1回の世話人会を開いている。交流会に行政の人をよんで話をきくのも、情報共有できてよい。

市村さんは富岡第2小学校でPTA会長をしていた。今は都営住宅に避難している。「とみおか子ども未来ネットワーク」は昨年2月11日に立ち上げた。PTAの保護者会のつながりがあり、携帯電話で連絡を取り合った。自分たちあの世代は子どもと自分の親との間にはさまって、どうしようか?と悩む世代。話す場がほしかった。子どもたちにとって大切な地域の関係がなくなってしまった。もとに戻すことはできないだろう。だから未来の地域をそうやってつくるか考えたい。3つの事業をしている。1、交流サロン、2、学習支援・つどい事業・・・3・11は卒業式だった学校がたくさんある。3、タウンミーティング事業を8回やった。去年は福島のビッグパレットでもやった。47都道府県全部に富岡の人がいる。全国各地でタウンミーティングをやっていきたい。

かん澤さんは郡山から夫と娘と避難してきた。6か所を転々とし赤プリについた。さわやか財団のことも知らなかった。母子避難の会を2011年6月に、郡山から避難している3人で立ちあげた。月に1~2回ランチとおしゃべりする会をもって、ブログに書いたらそれを見て口コミで増えていった。自主避難者は他の母子がどこにいるのjかわからないでいた。12月に自主避難者にも賠償を求める政府交渉に行ってみたらそこで知り合った支援者が品川・戸越に事務所を提供してくれて、居場所ができ口コミでだんだん人が集まるようになった。

鈴木さんは社会福祉協議会課長。荒川区はもともと東北出身者の多い地域。今福島の方は43世帯116名いらっしゃる。毎月変わる。2013年3月17日に原発から避難された方が洋服がほしいということから支援が始まった。24日には緊急小口資金貸付を始めた。荒川区は小さい町なので自転車が便利。自転車商組合からリサイクル自転車を提供してもらった。また住宅提供も受けた。9月には東京都孤立化防止事業に取り組み、交流会・個別訪問・飲み会もやっている。飲み会は男性の発案。その方たちが自主サロンも始めた。

以上のような活動を通して感じる「絆」、集まって話すことの良さは

・交流会でマスコミにない情報が得られる。・最初はみんなで大きな集まりを持つが、そのうちその中から小さな自主サロンができる。小さな交流会をコンスタントにやることで、関係が近くなる。・まずは自分の町の話をしたい。被災元の話と避難先の話と両方したい。人生の問題は10代60代も同じ。集まりはおおがかりにすると来ても話せない人が出る。話せなくては来ても意味がない。行政を呼ぶと質問攻めになって終わってしまうので最近は呼ばない。・特に「絆」を意識しない。事務所があるといつでもいける良さがある。そこに行けば誰かいる。人によって会いたい時間が違うので。他愛のない話で緩やかにつながりたい。避難者は支援者に「ありがたい、感謝してる」といいてくれる。住みやすい町といってくれる。でも、やはり避難者どおしになると「帰りたい」という話になる。それが本音と思う。

困りごと・心配ごとを解決するために、まずは「人」にかかわること。

今同行会は565人の会員。もっと多くていい。くれば誰かに会える。世話人も増やしたい。

一人暮らしの高齢者の方には傾聴ボラがよい。おしゃべりの中に困りごとが出る。」弁護士相談も特別にするのでなく交流会の中に弁護士に入ってもらい、何気ない会話の中で出てくる困りごとの相談に乗るというのがよい。そのまま家まで行ってくれる弁護士もいる。

何を相談してよいかわからないので、話の中で汲み取ってもらえるとよい。

ふるさとは懐かしむものではない。懐かしむふるさとはなくなった。故郷って、暮らしや家族があるから故郷だ。それがない今。新しいコミュニティを再構築するしかない。再建ではない。

ここで司会から、パネリストではないが居場所の紹介として「ふくしま オルガン堂 下北沢」が紹介されました。CSOネットワークの黒田さんがお話されました。種まきネットの協力のことも黒田さんが紹介してくださいました。

運営資金について

豊田さんからH725年度も、また県外避難者支援のための助成金がある。またボラサポも助成金を出していて5人集まれば任意団体で申し込める。こうした助成金を活用してぜひいろんな活動をしてほしい。

最後に「絆」づくりのために

お世話になるだけはいや。近くて簡単にいける居場所がいい。各j地に仲間がいるので問題を共有する場がほしい。「仮の街」という話があるが、仮の住民は仮の人生を生きなくてはいけないのか?!という人がいて、そうだなあと思った。帰る帰らないだけでなく第3のこたえ=自分で決めたこと、を認め合うことが大切でありルール。この選択のルールを守りたい。

以上,とても簡単にまとめました。エッセンスです。でもようやくこうした場がもてるようになり、それぞれが考えを述べ合う場がもてるようになったのだと感じました。

この後は地域ごとに分かれて交流。私は南相馬のテーブルに。原町に住んでいた方とお話ししました。大根かりんとうをご存じでした。家に帰った時にとった写真を見せてくださいました。ネズミの死骸の写真でした。家もちょっと行くだけで何もできないんだよね、と。

私たち地域でともに暮らす者として、日々の何気ないお付き合いが何より大事なのだと改めて思った次第です。