知多半島「まるは食堂」の名物おばあちゃんのうめさんが、
26日に、97歳で亡くなられたことを 夕刊で知った。
実は先週、授業のない次男と
ぶらりと夕方にドライブに出かけ、「まるは」に行ってきた。
いつものように ”ジャンボエビフライ”をいただき、
「うめさんは、お元気なのかなぁ~」と帰り道に話していた。
子どもたちが、小さい頃、
大学時代の友達親子と 一緒に
「まるは食堂」で昼食、
お隣の「うめの湯」へ温泉に入りに来た事がある。
食事を終えて、会計をしているときに、
うめさんが 子どもたちに 声をかけてくださった。
優しいおばちゃんの顔だった。
「また、遊びにいらしゃい」と握手した手は、
皺だらけで、その皺一つ一つに、
行商から始まり、一代で料理旅館に発展させた人生が
しっかりと刻み込まれていたような気がした。
うめさんを 偲んで・・・・合掌
26日に、97歳で亡くなられたことを 夕刊で知った。
実は先週、授業のない次男と
ぶらりと夕方にドライブに出かけ、「まるは」に行ってきた。
いつものように ”ジャンボエビフライ”をいただき、
「うめさんは、お元気なのかなぁ~」と帰り道に話していた。
子どもたちが、小さい頃、
大学時代の友達親子と 一緒に
「まるは食堂」で昼食、
お隣の「うめの湯」へ温泉に入りに来た事がある。
食事を終えて、会計をしているときに、
うめさんが 子どもたちに 声をかけてくださった。
優しいおばちゃんの顔だった。
「また、遊びにいらしゃい」と握手した手は、
皺だらけで、その皺一つ一つに、
行商から始まり、一代で料理旅館に発展させた人生が
しっかりと刻み込まれていたような気がした。
うめさんを 偲んで・・・・合掌
