生きてきて、どうも心に引っかかるモノが常に
あったように思う。幼い頃はそれが何かわから
ず、恐怖心や不安感を感じていた。日常は、感
じないのであるが、ふとしたことがキッカケで
何かを感じる。
10代の後半はスポーツに夢中になっていて、あ
まり考えることは無かった。働き出した20代
の頃は、それが何か知りたくて苛立ち、刺々し
い発言をして周りに迷惑をかけた。10人いたら
1人か2人、理解してくれる人がいたらいい。そ
んな感じの時代であった。
30代で独立開業して世間の波に溺れそうになり
ながら何とか生きてきた。そんな時代も仕事と
は別に何か心に引っかかるものがあった。そん
な感じでいつの時代も何か心に引っかかるもの
を抱えながら生きてきた。
他の人はどうなんだろうと思うが、環境も何も
かも違うので聞いても仕方ないと思っている。
生きていくといろいろあるもので、それに対し
てどう行動するかが大切だと思っている。
行動しないと何も始まらない。だけど心に引っ
かかる何かはいまだにわからない。一体、ボク
は何に対して引っかかるものがあるのだろうと
思う。
このモヤモヤしたものは時には夢に出てきたり
した。夢の中でもモヤモヤしたままで起きた時
に何かわからないのであるが、モヤモヤした印
象だけが残る。
50才代になった今も心に引っかかるものは残っ
ている。これは様々な感情の集大成みたいなも
のでずっと残るものであり、それは解決できな
いもののように思う。
これが何かはいまだにわからない。たぶん、死
ぬまでわからないと思う。これは心の傷ではな
く、次へのステップのための引っ掛かりだと思
いたい。
何かわからないものだから、解決できないので
ある。今の自分対しての何かの願望なのであろ
うか。それすらわからない。年齢を重ねても、
いつまで経っても、変わらない自分がいる。
これはストレスではなく、何かに導かれている
ような、そんな気配を感じる。それが心に引っ
かかるような気がする。
こんなことを考えるのも年末という節目なので
考えしまうのか。でも、1年の内、何度かそうい
う時期が来る。我武者羅に何かに没頭できる時
代は過ぎたと思う。そういう時はそれで気が紛
れた。
心に引っかかるモノが何かはわからない。わか
らないが、いつかわかる時がくるのであろうか。
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