「報道の自由」とは何か
昨日に引き続き、「和の国・日本の民主主義」著:馬淵睦夫 発行所:KKベストセラーより、
メディア報道の洗脳の検証例を述べさせていただきます。
●<検証例1>杉原千畝の「命のビザ」問題
まず、「日本のシンドラー」と言われる杉原千畝(すぎはらちうね)の話からいきましょう。今でも彼を主人公にした映画やドラマが作られたりしています。ご存じの方も多いと思いますが、いわゆる杉原千畝の「命のビザ」問題です。
これは第二次世界大戦の最中、リトアニアのカウナスの副領事に赴任していた杉原千畝が、ユダヤ難民に対して日本の「通過ビザ」を出したという話です。
ここで問題としたいのは、日本政府が「ビザを出すな」と言っているのに、それに抵抗して杉原が個人的にビザを出したと言われていることです。映画もドラマも基本的にこのラインで貫かれています。
しかし、私がイスラエルに赴任していたとき、いろいろな外務省の文書にあたってこの問題をチェックしましたが、映画やドラマで描かれるようなは話はひとつも出てきませんでした。あれはまったくのフィクションなのです。
当時、外務省からは「統一の訓令」が出ています。外務省は「ユダヤ難民にビザを発給してもいい」と言っています。その場合に、「十分な旅費を持っていること」「(通過ビザですから)最終目的地のビザを持っていること」を条件としてはいますが、それをクリアさえしていればビザを発給してよいと指示していました。
ちょっと考えてみれば、当たり前のことでしょう。外務省の人間なら誰でも知っていることですが、ビザは本国政府が「YES」と言わないと発給できません。だから、それに逆らって、現地のいち外交官がビザを発給するということはあり得ません。
あり得ないことが起こったというふうにドラマは作られる。ここからもう洗脳が始まっているのです。
当時、日本に用務で一時帰国していた私は、某テレビ局から「杉原千畝のテレビドラマを作るので、事情をレクチャーして欲しい」という依頼を受けました。そこで私は、日本政府がビザの発給を拒否しなかったこと、杉原千畝はその後順調に出世をして勲章までもらっていること、彼が外務省を辞めたのは外務省の人員整理の一環であったことなどを、テレビ局のディレクターに詳しく説明しました。そのディレクターは、「よくわかりました」と言って帰られました。ところが、できあがったドラマを観たら、私が話したことはまったく無視されていたのです。
噂通りの筋書きというか、洗脳通りの筋書きになっていました。つまり、日本政府が拒否したにもかかわらず、自分(杉原)の命の危険を冒してまでビザを発給してユダヤ人を救ったという美談としてドラマが作られていたのです。
私は、そのテレビドラマを観たときに、とてもやりきれない気持ちになりました。ところがその後も、杉原千畝に関しては、日本のメディアすべてこの美談のラインで一致しています。左右関係なく、未だにそうです。
例えば「慰安婦問題」についてはメディアの態度は右と左で分かれていますが、こと杉原千畝に関してはまったく同一なのです。
杉原千畝のビザ発給については、メディアは右も左も一致して日本政府を悪者に仕立て上げている。これはどう考えてもおかしいでしょう。背景に何かがあると、当然そう考えざるを得ません。
この問題が取り上げられたのは、1990年代のはじめです。その当時は、どうしても日本政府を悪者にしなければならない事情があったのだと思います。杉原千畝のビザ発給の話が出てきたのは、冷戦後、いわゆる日米の構造協議が始まり、アメリカと日本との間の経済関係が悪化したときです。「経済を巡って、日米の利害が対立していた時期」といってもいいでしょう。
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この杉原千畝の美談はドラマで数年前に観て感動していたのですが、昨年その真実を知りガッカリしました。そして、他にもビザを発給していた人物がいたことなどを知りました。
それは、数千人のユダヤ人の命を救った偉大な日本人
ゼネラルヒグチこと大日本帝国陸軍中将・樋口季一郎(ひぐちきいちろう)という人物です。こちらはドラマにはなっていないと思います。
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