<心臓病を体験復活した医者のアドバイスは、健康で高偏差値の医師アドバイスより心に響くか>
<心臓病患者は枕元には119番緊急通報携帯電話を準備し、心臓の痛みに襲われたとき何時でも緊急通報可能か>
:::::
富家 孝(ふけ・たかし) 医師、ジャーナリスト。医師の紹介などを手がける「ラ・クイリマ」代表取締役。1947年、大阪府生まれ。東京慈恵会医大卒。新日本プロレス・リングドクター、医療コンサルタントを務める。著書は「『死に方』格差社会」など65冊以上。「医者に嫌われる医者」を自認し、患者目線で医療に関する問題をわかりやすく指摘し続けている。
:::::
虚血性心不全の代表的な症状は、私が経験したような激しい胸の痛みです。ほうっておくと、痛みは胸にとどまらず、肩から腕にかけて広がり、発汗したり、おう吐したり、腹痛を起こしたりすることがあります。つまり、一刻も早い処置が必要です。
とくに、一人暮らしになった場合、痛みに襲われたとき自分で連絡=緊急通報119番=できなければ、そのまま苦しみのなかで、心臓は止まってしまいます。
野村さんの場合、妻の沙知代さんが亡くなってから一人暮らしをしていました。最近は、足腰も弱り、車椅子生活でしたから、体力的には手術できなかったかもしれません。
誰もが突然のことに驚いた野村克也さん(84歳)の死。 死因は「虚血性心不全」と発表されました。報道によると、11日の午前2時ごろ、東京・世田谷区の野村さんの自宅から119番通報があり、救急搬送された病院で死亡が確認されたといいます。発見したのは家政婦で、野村さんが浴槽の中でぐったりしているのを見つけて電話したそうです。とすると、野村さんは入浴中に心不全を起こしたということでしょう。
非常に残念な死であり、ある意味で防げた死でした。というのは、虚血性心不全というのは、自覚症状があり、そのときすぐに連絡、早く病院に搬送されれば、手術によって助かる可能性が高いからです。
実は、私も虚血性心不全に陥り、手術により助かっています。それも2回です。
野村さんの場合、妻の沙知代さんが亡くなってから一人暮らしをしていました。最近は、足腰も弱り、車椅子生活でしたから、体力的には手術できなかったかもしれません。
誰もが突然のことに驚いた野村克也さん(84歳)の死。 死因は「虚血性心不全」と発表されました。報道によると、11日の午前2時ごろ、東京・世田谷区の野村さんの自宅から119番通報があり、救急搬送された病院で死亡が確認されたといいます。発見したのは家政婦で、野村さんが浴槽の中でぐったりしているのを見つけて電話したそうです。とすると、野村さんは入浴中に心不全を起こしたということでしょう。
非常に残念な死であり、ある意味で防げた死でした。というのは、虚血性心不全というのは、自覚症状があり、そのときすぐに連絡、早く病院に搬送されれば、手術によって助かる可能性が高いからです。
実は、私も虚血性心不全に陥り、手術により助かっています。それも2回です。
私の場合、1回目は57歳のとき、2004年12月6日の朝方のことでした。左胸部が急に激しく痛み出し、冷や汗が出たのです。このとき、これは心臓の血管になにか異変があると直感しました。医学生のとき、心疾患を起こすと「胸痛、圧迫感、奥歯の痛み、左肩痛」という症状が出ると習っていたからです。それで、慌てて知己の心臓外科医・南淵(なぶち)明宏氏に連絡を取りました。彼は、心臓外科の世界では有名な凄腕(すごうで)を持つ名医です。
「すぐ来てください」と言われ、病院に駆けつけ、CT(コンピューター断層撮影)と心電図の検査を受けました。すると異常がないということでしたが、エコーを見ると左心室が動いていないのです。
「これはステントを入れないだめですね」と、南淵医師。心臓の冠動脈のうち一本の一部が詰まっているというのです。
ステントというのは、ステンレススチールやコバルト合金などの金属でできているチューブで、これを血管に入れて広げることで血流が回復します。こうして、緊急でステント挿入手術を受け、私はことなきを得ました。
2回目は、1回目の手術を受けてから8年後、2012年12月22日の朝方で、私は前回と同じような胸痛に再び襲われたのです。このときは背中にも痛みが出ました。それで、再度、南淵医師に連絡し、検査を受けると、今度は冠動脈の上のほうの90%が詰まっていました。このときは開胸して冠動脈バイパス手術を受け、約2週間入院して、お正月を病院のベッドで過ごしました。
南淵医師は、「ステントを入れても、何年かすれば、また必ず動脈が詰まることがありますから、結局、バイパス手術が必要ですよ」と、前回の手術時に言っていましたが、まさにそのとおりになりました。
以来、私は、降圧剤の「ブロプレス」、「テノーミン」、「アムロジン」(カルシウム拮抗薬)、血液をサラサラにする「プラビックス」などを服用し続け、枕元には血圧計を置いて、いつでも測れるようにしています。また、肉を中心とした食生活を改善し、軽い運動も欠かさないように努めています。
「すぐ来てください」と言われ、病院に駆けつけ、CT(コンピューター断層撮影)と心電図の検査を受けました。すると異常がないということでしたが、エコーを見ると左心室が動いていないのです。
「これはステントを入れないだめですね」と、南淵医師。心臓の冠動脈のうち一本の一部が詰まっているというのです。
ステントというのは、ステンレススチールやコバルト合金などの金属でできているチューブで、これを血管に入れて広げることで血流が回復します。こうして、緊急でステント挿入手術を受け、私はことなきを得ました。
2回目は、1回目の手術を受けてから8年後、2012年12月22日の朝方で、私は前回と同じような胸痛に再び襲われたのです。このときは背中にも痛みが出ました。それで、再度、南淵医師に連絡し、検査を受けると、今度は冠動脈の上のほうの90%が詰まっていました。このときは開胸して冠動脈バイパス手術を受け、約2週間入院して、お正月を病院のベッドで過ごしました。
南淵医師は、「ステントを入れても、何年かすれば、また必ず動脈が詰まることがありますから、結局、バイパス手術が必要ですよ」と、前回の手術時に言っていましたが、まさにそのとおりになりました。
以来、私は、降圧剤の「ブロプレス」、「テノーミン」、「アムロジン」(カルシウム拮抗薬)、血液をサラサラにする「プラビックス」などを服用し続け、枕元には血圧計を置いて、いつでも測れるようにしています。また、肉を中心とした食生活を改善し、軽い運動も欠かさないように努めています。