「北朝鮮に見られる異変=軍と外交のトップの交代(更迭)=」と「新型コロナウイルスの感染拡大の最悪のシナリオは「北朝鮮の体制崩壊」の兆候か>
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2020.2.5(水)
福山 隆のプロフィール
元陸将、現在は広洋産業(株)顧問
1947年長崎県生まれ、70年・防衛大学卒業(応用科学専攻)、陸上自衛隊入隊。89年・1等陸佐、93年・第32普通科連隊長として地下鉄サリン事件の除染作戦を指揮。98年・陸将補、2003年・西部方面総監部幕僚長、2004年・陸将、2005年・退官、山田洋行顧問。2009~17年に年ダイコー専務。
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●人事の刷新:軍出身の李善権氏の外相就任
朝鮮中央通信は1月24日、外務省が開催した旧暦の新年の宴会で、軍出身の李善権新外相が演説したと報じ、外相交代を確認した。
李氏は核問題や米国との交渉に携わった経験がないため、李氏の外相任命は北朝鮮事情に詳しい専門家には意外感を持って受け止められた。
米国務省のスティルウェル次官補(東アジア・太平洋担当)は李氏の外相就任について「変化があった。このこと自体が何かが起きたことを物語っている」と述べた。
また、人民武力相(国防相に相当)に金正寛陸軍大将が任命されたことが1月22日に確認された。
金正寛大将は、人民武力省副相兼中将からの格上げである。
これら軍と外交のトップの交代(更迭)がいかなる意味があるのかは不明であるが、北朝鮮内部で何らかの異変が起こっているのかもしれない。
ちなみに、李氏は対韓国政策分野の実力者の一人で、南北軍事実務会談の代表も務めた。
2018年、南北首脳会談に合わせて平壌を訪れた韓国企業のトップらに「よく冷麺がのどを通るなあ」ときつい皮肉を言ったことが明らかになり、物議を醸した。
●中国の新型コロナウイルスの感染拡大は冷戦崩壊直後の悪夢と同じ
中国が今次新感染症の拡大で大きなダメージを受け、一時的にせよ弱体化する事態は、北朝鮮の後ろ盾だったソ連が崩壊(1991年末)した事態に似ている。
北朝鮮はその混乱の最中に金日成が死亡(1994年)し、若い金正日が待ったなしで政権継承することになった。
このため、北朝鮮は体制崩壊の危機に瀕した。金正日が政権継直後の1995年から98年にかけて飢饉のために約300万人が餓死した。
今次新感染症のダメージで、北朝鮮の唯一の後ろ盾である中国が弱体化すれば、そのダメージの程度にもよるが、北朝鮮はソ連崩壊と似たような困難な状況に直面せざるを得ないだろう。
●北朝鮮は米国主導の経済制裁下にある
そもそも、北朝鮮は米国主導の経済制裁下にある。その効果を疑問視する向きもあるが、以下の中国・ロシアと北朝鮮の言動を見れば制裁の効果は明らかである。
中国とロシアは昨年末、北朝鮮の海産物や繊維製品の輸出禁止措置の解除や、北朝鮮からの海外出稼ぎ労働者受け入れの規制緩和を安全保障理事会に提案した。
これは、北朝鮮の切実な願いを受けたものであろう。加えて、金正恩氏は対米交渉の期限を年末とし、制裁緩和などで米国が譲歩しなければ「新たな道」を選ばざるを得ないかもしれないと警告した。
このことも、米国主導の経済制裁が一定の効果を上げていることを自認するものであると解釈できよう。
●食糧事情の悪化
金正日氏が政権継承直後の1995年から98年にかけて約300万人が餓死したが、現在、金正恩政権の下でも、深刻な食糧不足の危機が差し迫っている。
国連が北朝鮮のニーズなどについてまとめた2019年版の報告書によると、2018年の食糧生産量は495万トンと、2017年の545万トンから約9%減少した。
農地が不足して農業機械や肥料が入手できず、自然災害(乾燥や猛暑、洪水)が相次いだことなどが原因とみられる。
このことは、国連の統計図「北朝鮮の穀物生産は1990年代の飢饉以来最悪の落ち込み」に示すように、1990年代の飢餓以来最悪の落ち込みを見せており、約1010万人(人口2489万人の約40%)が深刻な食料不足に陥っていると見られる。
中国は新年から鉄道で食糧輸送を開始した模様だが、新型コロナウイルスの感染拡大による物流の低下(新型コロナウィルスによる“通せん坊”)により、人民の「命の綱」が絶たれる恐れがある。
事実、米政府系のボイス・オブ・アメリカ(VOA)が英国およびインド外務省の情報として伝えたところでは、「平壌と中国の北京・遼寧省・瀋陽などの間を行き来する高麗航空の往復路線や、北京と丹東地域などを結ぶ国際列車などがストップすることになった」という。
北朝鮮各地の農村では、例年、春から初夏にかけて、前秋に分配された収穫を食べ尽し、秋の収穫までの端境期に食糧難に陥る「ポリコゲ(春窮)」が発生する。
この期間に、中国の食糧支援が得られなければ、北朝鮮では1995年から98年の飢饉を上回る悲劇が起こる可能性がある。
北朝鮮人民は、飢餓に加え、疫病(新型コロナウイルス、コレラ、結核など)の惨禍に苛まれることになる。
●燃料不足
新型コロナウィルス感染拡大による国内の物流事情の悪化により、中国は、北朝鮮への石油供給の優先順位を下げざるを得ないだろう。
海上における瀬取りも、港湾の荷役や船舶の運航が労働者や船員の新型コロナウィルス感染で困難になる可能性がある。
さらにはイラン情勢次第では、事態がさらに悪化する恐れもある。そうなれば、北朝鮮の石油事情は、「爪に火を点す」ような事態に陥るだろう。
●軍の戦力低下
軍は、陸・海・空とも人と人の濃密接触が起こる場である。それゆえ、いったん感染が始まれば、全軍に蔓延する可能性がある。
そうなれば、北朝鮮軍による国防のみならず軍のクーデター対処や人民の暴動鎮圧能力も大幅に低下することになる。
皮肉な見方をすれば、ウィルスは金王朝の体制側も反体制側も弱体化するので“イーブン”と見ることもできる。
いずれにせよ、金正恩独裁体制を護持する軍の戦力低下はたとえ一時的にせよ、体制を動揺させる事態となろう。
最悪の事態は北朝鮮の体制崩壊
上述の「北朝鮮に見られる異変」と「新型コロナウイルスの感染拡大が北朝鮮情勢に及ぼす影響」で示した分析の結果を総合勘案すれば、最悪のシナリオとしては「北朝鮮の体制崩壊」が懸念されるところである。
このことは、他の重大案件を抱える米中にとっては共に「絶対に起こってほしくないシナリオ」であるに違いない。
もちろん、日本にとっても韓国にとっても迷惑千万なシナリオである。
しかし、現実には、北朝鮮の体制崩壊が東アジアの大動乱、それどころか米中を巻き込んだ世界的紛争の「引き金」になる可能性を秘めている。
3代続いた金王朝の終焉は、第2次朝鮮戦争ではなく、中国発の新型コロナウイルスの感染拡大によるものかもしれない。
いずれにせよ、中国発の新型コロナウイルスの感染拡大は、震源地の中国のみならず、周辺諸国、さらには世界規模で予期せぬ出来事を引き起こす可能性があることに注意すべきであろう。