「報道部畑中デスクの独り言」(第319回)
ニッポン放送報道部畑中デスク
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ニッポン放送報道スポーツコンテンツセンター記者・ニュースデスク。
1967年岐阜県生まれ。
1990年3月早稲田大学理工学部卒業後、同年4月、ニッポン放送にアナウンサーとして入社。
1996年、報道部に異動となり警視庁担当、都庁担当、報道番組「土曜ニュースアドベンチャー」、「竹村健一のスバリジャーナル」ディレクターなどを経て現在、科学技術、防災、経済・政治の分野を取材・解説。
気象予報士・防災士・くるまマイスター検定1級。
ニッポン放送のウェブコラム「報道部畑中デスクの独り言」も好評連載中(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
『憎まれて死ぬか、愛されて死ぬか。政治家 石原慎太郎の日々 名物ラジオ記者と投げ合った言葉の変化球』より
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のニュースコラム。今回は、H3ロケットの打ち上げ失敗について---
「ようやくいったー」「いけーっ」「えっ……」「あちゃー!」「こんなことが……」
3月7日午前10時37分からの約15分間、私は本社のニュースデスクでJAXAチャンネルの中継画面を見ながら、こんな言葉をつぶやいていました。
JAXA=宇宙航空研究開発機構と三菱重工業が開発した次世代主力ロケット「H3ロケット」は、鹿児島県の種子島宇宙センターから打ち上げられました。
電気系統のトラブル、天候不良などで中止・延期を経ての打ち上げ。
この日は天気がよかったこともあり、美しく打ちあがったかに見えました。
ロケットが上空に消え、衛星分離まであと少し……と落ち着いたころに、状況は暗転します。
発射から7分50秒、JAXAチャンネルの解説でいち早くデータの異変が伝えられました。
「速度が……ですね……何か落ちていってますね……」
JAXAからのアナウンスで「現在、第2段のエンジン着火が確認されておりません。
引き続き状況を確認中です」と入り、ほどなく「ロケットはミッションを達成する見込みがないとの判断から、指令破壊信号を送信しました」……希望を打ち砕くアナウンスが続きました。
H3ロケットは前述のとおり、先月(2月)17日には電気系統のトラブルで打ち上げが中止されていました。このときはメディアの報道が「失敗」が「中止」かで物議をかもしました。
私は白煙を上げたまま動かないロケットを見て、一瞬、「発射コマンドを出したのに打ち上がっていないのか?」とも思いましたが、その後の記者会見で「異常を検知して止まっている状況」というJAXAの説明には、「中止」と表現すべき説得力があったと思います。それだけに、今回は破壊指令を出したことで、私どもも「失敗」と報じざるを得なくなりました。
打ち上げ失敗から3時間あまり、午後2時15分から事情を説明する記者会見がオンラインで始まりました。
JAXAの山川宏理事長が「失敗」と明言し、「深くおわび申し上げます」と頭を下げました.
指令破壊信号は打ち上げから約14分後、午前10時51分50秒に送出。
破壊された機体はフィリピン東方沖海上に落下したとみられ、人的・物的被害は確認されていないことが明らかにされました。
ロケットに搭載されていた地球観測衛星「だいち3号」も海へと消えました。
「当時の管制室の様子は覚えていない。私は呆然としていた……」
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JAXAH3ロケットプロジェクト関係者は、管制室画面モニターのロケットTLMを見ていなかったか?共同開発受託企業三菱重工業に全て依存か?
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運用を指揮するJAXAの岡田匡史プロジェクトマネージャ(以下 岡田プロマネ)は、このように語りました。
着火を示す温度変化がない、推力が確認されない、軌道が外れている……複数のデータで2段エンジンに火が入っていないことが確認された
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管制室画面モニター室でロケットTLMデータを監視していた共同開発受託企業三菱重工業からの報告か?
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ということです。
「2段エンジンに着火しなかった」……会見当時はそれしか情報がありませんでした。
私どもメディアは手を変え、品を変え、少しでも手がかりを得ようとしました。
質問が進むにつれ、より詳細な原因の選択肢が見えてきました。
「「「
(1)着火信号が電子搭載機器から出なかったのか?
(2)信号は出たものの、途中で途絶えたのか?
(3)信号はエンジン側に届いたが、受け付けなかったのか?
」」」
(1)ならば電子搭載機器、(2)ならば伝送経路、(3)ならばエンジン側が原因ということになります。
岡田プロマネは「最初に網をかけるのは、ロケット本体の電子搭載機器からエンジンが受ける部分の辺りを見ていく」と語り、まずは電気系統から調べていく方針を示します。
翌日
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2023年3月8日
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には文部科学省で開かれた有識者会合で、岡田プロマネから、第1段のエンジンが分離されたあと、機体から第2段のエンジンに着火信号が送られていたことが明らかにされました。
しかし、その後、エンジン始動のタイミング近くで、電気系統の異常が確認されたということです。
上記(1)の線は消えたようですが、原因が機体側か、エンジン側なのか……今後、さらに細かく調べていくことになります。
さらに、開発が難航した1段目、LE9エンジンは正常に機能したことも明らかになったことで、原因究明の矛先は、これまで信頼性が高いとされた2段目のエンジンにも向かいます。
2段目はH2Aにも使われているもので、電気的なネットワークに差異があるということですが、回路に問題があるのか、エンジンなのか、H2Aとの共通性がどこまであるのか……場合によれば、H2Aの今後の打ち上げスケジュールにも影響が出る可能性があります。
H3ロケットは将来が嘱望されているロケットです。
現行のH2Aは成功率が97.82%、2005年の7号機から40機連続の安定した実績を持ち、日本のロケット技術の象徴的存在でもあります。
しかし、いかんせん高コスト。打ち上げ費用は100億円前後ということで、これまで情報収集衛星、気象衛星「ひまわり」、月周回衛星「かぐや」など、数々の打ち上げ実績はあれど、国が主体の衛星がほとんどでした。
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ニッポン放送報道部畑中デスクは、諸外国のロケットについて、
横軸打ち上げ年に対して、打ち上げ機数対費用、打ち上げ重量対費用・・・価格性能比の評価指数を縦軸にしたグラフを作成し、報道か
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今後は海外にもウイングを広げて、さまざまな衛星を安く打ち上げ、本格的な宇宙ビジネスを展開していこう、それにはロケット自体の打ち上げコストを下げる必要がある……こうして開発されたのがH3ロケットです。
前述のLE9エンジンは、燃焼方式をシンプルにしたり、自動車用の民生品
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大気中の1気圧程度で動作する運搬手段装置・部品を数百キロ/30分で急上昇減圧・振動・衝撃環境相当でスクリーニング試験評価選択した部品か
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などを活用して部品点数も減らし、打ち上げコストを50億円程度に削減。
H2Aは50号機で終了して、その後はH3に段階的にバトンを引き継いでいくという算段でした。
しかし、まさに「産みの苦しみ」。2020年度に打ち上げられる予定だったH3はエンジンの開発で壁にぶち当たります。
燃焼室に亀裂が入るなどの現象に見舞われ、設計を変更。再三にわたって打ち上げが延期されていました。
その都度、宇宙基本計画が見直されてきたわけです。
記者会見でJAXAの山川理事長は信頼回復について、「どれだけ透明性をもって、早く対応できるか、改めて現象を解明し、対策を打っていくことに尽きる」と語りました。
計画の見直しについて、文部科学省の原克彦審議官は「何らかの影響があると想像はするが、どの程度の影響があるかは検討していく」と明らかにしています。
宇宙基本計画は今年(2023年)夏をめどに改定のための検討が進められる方針ですが、厳しい状況であることは否めません。
記者会見はオンラインという離れた状況でも、重苦しい雰囲気が伝わってきました。
岡田プロマネも憔悴した表情。
時折目をつぶり、言葉を選びながら話していました。
しかし、冷静に「原因を必ず突き止める」という強い意志も感じました。
まずは緻密な究明作業が求められます。(了)