関東暮らし

関西人から見た関東暮らしの出来事を記す

「妖怪」にわく境港

2012年05月05日 | 日記
5月4日昼すぎには、亀嵩を後にして帰路に着く。
まずは、峠を越えて比田から広瀬、安来、米子へ出る。
比田の道路が格段に良くなっていた。
米子で少し道に迷い、境港をめざした。
水木しげるの出身地で、ゲゲゲの鬼太郎をはじめとする妖怪キャラクターで町おこしをしているという。実際に見るのは初めて。
途中でまずびっくりしたのは、
夜見が浜半島を北進する左手に「米子鬼太郎空港」の看板・・・。
いつから「妖怪」の玄関口になったのか?

JR境線の境港駅から「水木しげるロード」(約800m)を歩いていく。
境港駅は、港町の終着駅の風情があり、それらしい哀愁のなごりがある。
しかし、ごった返す観光客で、観察する気にもならなかった。

〔水木しげるロードはこんな感じで混雑〕


〔道路の両側の各所に妖怪のモニュメント〕


元々は港町の商店街だったのだろうが、何せ地域ぐるみ「みやげ物屋化」している。
どこでも、携帯での記念撮影の順番待ち・・・。
案内や整理に精を出している皆さんのモノゴシや口調に、「町おこし」への意欲を感じ、自治体が率先して観光を売り出そうという姿勢は感じる。

ただし、その「ロード」から一歩外れるとこんな感じの家並になる。
〔境港の元歓楽街?・・パチンコ屋さんのある風景〕


元々の境港はどんな町だったのか。周辺を歩いてみた。
かつて中学生の時、亀嵩の山奥から自転車でやってきて、境港大橋を渡り、島根半島から松江方面をサイクリングしたときの、潮の香りが私の第一印象だったが。

〔大港神社〕

漁業と海運の要衝としての象徴。
全国各地の船乗り連中から様々な寄進があったと説明書きがあった。


〔境港漁港の漁船〕

これは蟹漁


これはイカ釣り船


漁船の上を境港大橋がかかっている


これらこそ境港の本当の地域資源なのだろう
確かに鮮魚センターなども大流行のようであり、今後の町づくりには、妖怪だけではない工夫があるのである。
それでも、周辺は閑散としていた。

ご近所の景色

2012年05月05日 | 日記
5月4日も雨が続いていたが、小止みになる隙に家周りの草取り。
墓にも線香だけあげにいけた。
ついでに、裏の尾根(丘)にあがり、周囲をパチリと「激写」。
雨模様の景色になった。
〔尾根の元畑〕






〔眼下に見下ろす屋根〕


子どもの頃のと比べ、自分のサイズが大きくなったので、目線が違う。
だから、違う風景に思えてしまう。
しかし、とにかく新緑が美しい。

〔墓所から見た「玉峰山荘と水田」〕

正面の建物が「玉峰山荘」
その前に、田植えを待つ田んぼの水面が光っている。

〔同じく城山(玉峰山の西方)〕

上部には平たい場所が何段にも重なり、立派な山城の形が出来ている

手前の新緑が萌え上がっていた。

〔ついでに墓所も一枚〕




雨中の帰省

2012年05月05日 | 日記
5月3日は、東日本は大雨だったが、西方面もまだまだ雨が残っていた。
前の晩の大酒が残っていたため、運転を相方にたのみ、後部座席で静かに移動。
中国道を一路亀嵩(島根県奥出雲町)をめざす。
暗く低い雲が続いていた。


午後3時半頃田舎の家に到着。
普段は空家なので、まずは掃除。
みんなで埃をふき取り雑巾がけ。
仏壇の花を換え、線香をあげる。
家の周りは、この冬の大雪にもなんとか耐えてくれたようだ。
裏の方が少し荒れていたが、一応問題なし。
隣のA部さんにご挨拶にいき、お礼を申し上げた。
何度も雪かきをしていただいた。本当にありがたいことだ。
水道元栓・ガスの元栓を開け、何とか泊れるようにして、
全員で近くの温泉(玉峰山荘)へ風呂に行く。
〔夕暮れの玉峰山荘玄関付近〕


夜は、奥の部屋に積み上げてあった本を整理。
ダンボールに入れながら、ついつい本を開いて読みふけりそうになる。
それでも、10箱ほど整理できた。
まだまだたくさん残っている。