![]() |
現代における平和と革命 (1959年) |
黒田 寛一 | |
現代思潮社 |
書棚の隅で茶褐色になった本を引っ張り出し読んでいる。姉の名で1970年1月29日(木)とある。昭和34年初版で、昭和44年18刷なのだから、相当に読まれていたと言えそうだ。
彼女も私も学生時代。しかも七十年安保を前に学生運動で世の中が激しく揺れていた時だ。読んだ形跡はない。私もこの本は目にしたことがある。革マル派の教祖と噂されていた著者だ。白いヘルメットに革マルと赤字で記したヘルメットで有名であった。早稲田に進んだ高校の同級生が中核派との内ゲバで死んだ時の故郷での壮絶な葬儀を思い出す。
よく聞くが、わからないままに放置してきたことに「スターリニズム」があり、スターリンは今や歴史上の最大の悪人独裁者ということ常識ではなっているがよく理解せずに放置してきた。
読み始めるなり驚いた。これでもかこれでもかと批判が続く。当時の時代の風潮なんだろう。恨みつらみ、ダメ出しが続く。特に左翼運動への批判が山積み。でも、黒田ももちろん左翼。世は新左翼とよんでいた。
3分の1くらいまで読んだところで、わかってきた。主張は極めて単純。
1848年、共産党宣言を出したマルクスとロシア革命を起こしたレーニンのみが正しく、その後の全ては裏切り者なのだ。何故裏切りなのか。それは世界共産革命を放棄し、平和共存だとか、目の前の戦争反対とか、自分たちのみが生き続ける利害を優先させている、一国社会主義と批判した。それをやり始めた始まりはスターリンなのだと。そういう自分たちのことしか考えない社会主義思想をスターリニズムと呼ぶ。それは帝国主義と並ぶ世界の敵。
平和より戦争があったほうが労働者たちの不満が蓄積する。貧しくなればなるほど不満が蓄積する。だから目の前の改良はそれらを覆い隠す悪でしかない。不満を解決するには世界共産革命しかないと労働者が気がつくように前衛が導かなければならない、と。
世の中不安定であればあるほど良い、貧しければ貧しい程よいとする、極めて危険な主張。彼らはその後、内ゲバを繰り返し、歴史のかなたへ消えて行った。
これ以上読むのは、気分が悪くなり時間が無駄。
でも、せっかくページを開いたのだから、しばらく置いておこう。もし読み進んだとしたら、追加して記してみよう。