通院を重ねて、主治医と、やり取りする中で尚樹のなにを見いだしたのか、
「この病院でプログラムの進行役をやって貰えないか?」という
まさに「藪から棒」の主治医の発言に尚樹は面喰らった。
尚樹の根っからの性分である「頼まれたら断れない」ことから承諾した。
毎週土曜日、患者が昼食を食べ終わった後の13時半から90分間の
「言いたい放題、言ったことに意見しない」という
発言者の安全が担保されるプログラムであった。
尚樹はそのプログラムの「差配役」であり、参加者と同じ「発言者」でもあった。
病院からの報酬は、「図書カード1000円分」という
なんだか訳の分からぬ報酬であった。
自宅から私鉄を使って往復440円。
その当時、尚樹は「障害者手帳」を持っていなかった為、
駅に向かうのは、「市バス代往復460円」到底採算の合うものでは無かったが、
その時の尚樹にとって、重要な「お勤め」になり、
その先の「更なるお勤めの前段階」となる事を尚樹の知るところでは無かった。
その二十三に続く