MRI検査結果、全く異常ありません‼️でした‼️
男の冷え性の原因は、不明です‼️
次は、何の検査するのかな?
脊椎のMRI検査結果は、
非常に正常な状態で、
神経を保護する袋部分が、大きい(太い)ことが、普通と違う部分であるが、男の冷え性との関係は、不明です。とのことで、もう一度、内科に戻ります‼️
2018年6月24日
大阪府北部を震源とする最大震度6弱の地震が18日午前7時58分ごろに起きてから25日で1週間になる。今回の地震(マグニチュード〈M〉6・1)では、強い揺れを観測したものの、全壊家屋の報告は少ない。阪神大震災(M7・3)や熊本地震(M7・3)に比べて地震の規模が小さかったことに加え、家屋にダメージを与える周期1~2秒の揺れも弱かったためとみられる。一方、ブロック塀や家具が倒れやすい0・5秒以下の短い周期の揺れは強かったと専門家は指摘している。
地震による揺れにはカタカタした短周期の揺れや、ゆったりした長周期の揺れが複雑に混ざっている。地下の断層のずれ方や地盤の状態によって、短周期の揺れが強く出たり、長周期の揺れが強く出たりする。構造物にはそれぞれ揺れやすい周期があり、地面の揺れと一致すると共振して大きく揺れる。小さいものは短い周期で揺れやすい。
筑波大の境有紀教授(地震防災工学)が今回高槻市で観測された波を解析したところ、阪神大震災で目立った周期1~2秒の揺れは弱く、0・5秒以下の短周期の揺れが強かった。こうした短周期の揺れがブロック塀の倒壊や家具の転倒、屋根瓦の破損などに影響したとみられる。
同じ震度6弱の地震でも、周期1~2秒の揺れが強ければ、木造や中低層の建物の被害は大きくなる。このため境さんは「今回、壊れなかったからといって、耐震性が低い建物が震度6弱に耐えられると思わないほうがいい」と指摘する。
京都大防災研究所の山田真澄助教(地震工学)は、茨木市で寺の門や灯籠(とうろう)、墓石の倒壊を確認したが、「古いものや重心が偏った形のものが倒れたようだ」と指摘する。ブロック塀も頑丈なものは壊れなかった。
山田さんによると、一般に地震の規模が大きいほど周期が長い地震波が出る。M7程度だと周期1~2秒の揺れ、今回の地震規模では短い周期の揺れが出やすいという。
短周期の揺れが大きいと、加速度の数値も大きくなりやすい。阪神大震災では、891ガル(ガルは揺れの勢いを示す加速度の単位)が観測された。今回の地震は阪神大震災に比べて規模は小さいが、高槻市では806ガルの非常に強い揺れを記録した。
2018年06月25日18:41
本記事は隔週火曜日に「コミュニケーション力」に関するコラムを書いている岡本純子さんによる番外編コラムです。
株主総会シーズン真っ盛りである。エグゼクティブへのコミュニケーションコーチングなどを生業としている筆者は、超少数株主の一員として、趣味と勉強を兼ね、役員たちの生プレゼンを見学に行き、勝手に採点して回っている。
残念ながら、まるでロボットのように無表情、無感情、無味乾燥のプレゼンと応答ぶりに、がっくりと肩を落として会場を後にすることがほとんどだ。典型的なおじさんプレゼンに食傷していたところ、たまたまつけたテレビで、衝撃的なシーンを目にした。
6月23日、沖縄慰霊の日に、自作の詩を披露した浦添市立港川中学校3年生の相良倫子(りんこ)さんの朗読シーンだった。ピンと背中を伸ばし、始まった瞬間から、その場の空気を支配する堂々としたたたずまいにくぎ付けになった。
この詩の巧拙については、専門家ではないので、評する立場にはないが、隠喩、倒置、反復、対照法、畳みかける、列挙法、省略法、韻などといったレトリック(修辞法)を余すところなく活用していることは見て取れた。しかし、こうした技巧を超越して、聞き手の心をとらえたのは、何よりも五感を刺激するその言葉と伝え方だ。
「マントルの熱を伝える大地」「心地よい湿気を孕(はら)んだ風」「草の匂いを鼻孔に感じ」「遠くから聞こえてくる潮騒」「岩に打ち寄せしぶきを上げて光る波」「山羊の嘶(いなな)き」「畑に続く小道」。聞き手の脳に情景が鮮明に浮かび上がる描写の数々。熱気、湿気、匂い、海のさざ波・・・・・・。筆者を含め、だれもが、摩文仁の丘に立っているかのような錯覚を覚えたことだろう。難しい言葉は一切ない。ただただ、美しい島の情景を写真でも見せるかのように、聞き手の脳裏に焼き付ける。
その美しかった島がまさに阿鼻叫喚の地獄絵図に変わる姿もまた、鮮烈に描き出す。「小鳥のさえずりは、恐怖の悲鳴と変わった」「優しく響く三線は、爆撃の轟に消えた」「青く広がる大空は、鉄の雨に見えなくなった」「草の匂いは死臭で濁り」と「平和」と「戦争」を対比させることで、その残酷、無常さを際立たせた。
彼女はまさに平和の尊さと戦争の残酷さを「語る」のではなく、我々に「見せていた」。英語圏では、コミュニケーション教育の過程で、小さいころから叩き込まれるルールがある。「Show. Don’t tell」というものだ。「語るのではなく、見せろ」。つまり、「戦争は残酷だ」「平和は大切だ」そんなありきたりな抽象論を語るのではなく、もっと生々しい言葉でイメージとして植え付けろ、と教えられる。
たとえば、「太郎は悲しかった」ではなく「太郎は歯を食いしばり、必死で涙をこらえた」となり、「秋になった」ではなく、「公園は色とりどりの落ち葉が敷き詰められ、歩くたびにかさかさと音を立てた」といったように、徹底的に彩りのある「生きた」言葉に言い換えるように訓練されるのだ。
過去と現在と未来、という3つの象限を切れ目なく行き来しながら、「過去」の過ちを再び「未来」に起こさないことを、未来につながる「今」、誓い、平和を発信しようと行動を呼びかける。
「命」「今」「生きる」という3つのキーワードをちりばめながら、躍動感のある言葉で織りなされる壮大な抒情詩は、激しい地上戦を生き抜いた曽祖母の体験をもとに紡がれたものだという。
わずか14歳だというこの少女の口から繰り出されたのはまさに「生きた言葉」の数々だった。紙やパソコンに書かれた「死んだ言葉」をただ、読み上げるのではない。「島民の平和への希求」という思いが結集して、まるで乗り移ったかのように、彼女はすべてをそらんじてみせた。シャーマンか巫女のように、自己を超越した「強い思い」に憑依(ひょうい)されていた。そのすごみはそのデリバリー(話し方)にも現れた。
堂々と、会場を見渡し、全方向に目を配り、たじろぎも恥じらいもない。「詩に込めたメッセージをしっかり伝えられるように読みたい」(琉球新報)と語っていたように、一つ一つの言葉の意味に情感を重ね合わせた。穏やかな言葉には、優しく包み込む口調で、「こみ上げるこの気持ち」という場面では、あふれ出る喜びを、そして、一転、戦争の場面では、厳粛さと悲しみを表現した。
熱量と気迫という点では、2014年にノーベル平和賞を受賞したマララ・ユスフザイさんの国連でのスピーチをも彷彿させた。
国内外のプレゼン・スピーチウォッチャーを自認する筆者ではあるが、これほどのスピーチを日本ではなかなか見かけることがない。
たった、14歳の子どもが、渾身の力を振り絞って、会場や視聴者の魂を揺さぶったのに、彼女の前後に登場したおじさん政治家たちは、「スピーチ」という名の「棒読み」に終わったのが非常に対照的だった。
特に残念だったのは、安倍晋三首相が、彼女のスピーチに対する感想も、コメントもないままに、淡々と下を向いたまま、「原稿を読み上げて」終わったことだ。
歴代総理の中でも、コミュニケーションには並々ならぬ努力をしていると一定の評価がある安倍首相。リオデジャネイロ・オリンピック閉会式での演出やアメリカ連邦議会での演説など、海外向けのスピーチやプレゼンでは努力が垣間見られる一方で、国内のオーディエンス向けのコミュニケーションは、なぜか、そうした細やかさが感じられないことが多い。
相良さんの朗読を目の前で見て、何も感じ入る所はなかったのだろうか。ああいった場面で、当意即妙にコメントを入れたり、自分の心の言葉を語りかけたりすることができていたら、印象はずいぶん変わっただろう。他人が作った原稿をただ、読むだけのスピーチ、判で押したような紋切り型のスピーチ、「死んだ言葉」の羅列など、人の心をピクリとも動かさないことを政治家も企業経営者も、肝に銘じておくべきである。
人々は生の言葉、生きている言葉を求めているのだ。
スーパーコンピューターの実用性能を評価する国際ランキング「HPCG」が25日発表され、3期連続で世界トップだった理化学研究所のスパコン「京」が3位に後退した。1、2位は共に米国のスパコンだった。
HPCGは、建物の構造解析やエンジンの熱伝導分析など、産業で使う計算速度を競う。約半年ごとに発表され、京は2016年下半期から首位だった。
スパコンの単純な計算速度を競う国際ランキング「TOP500」も同日発表され、産業技術総合研究所の「ABCI」が国内最高の5位に入った。ABCIは人工知能(AI)の研究開発用スパコン。省エネ性能を評価する「グリーン500」では、日本の新興企業「ペジーコンピューティング」などが開発したスパコンが1~3位を占めた。