「姥ざかり」

田辺聖子著
昭和56年新潮社刊より

12、澪標 ⑪

2023年10月16日 08時30分37秒 | 「新源氏物語」田辺聖子訳










・源氏の兄帝朱雀院は、
斎宮の任解けて帰京なさったとき、
早速、母君の御息所にお申込みがあった。

しかし御息所は、
朱雀院にはたくさんの女御がたがお仕えに、
また院がご病弱であられることなどで、
迷っていられた。

御息所亡きいま、
再びねんごろにお申込みがあった。

源氏はそれを聞いて、
兄君の院がそうまでご執心でいられるものを、
横取りして幼少の帝(源氏の実子)に、
さしあげるのは気の毒な気がした。

源氏は藤壺入道の宮に相談申し上げた。

こういうとき、
内輪の秘密(二人は帝の実の両親)を、
腹を割って計り合える相手というのは、
この宮しかいないのである。

源氏はすべての事情を話し、
姫宮を朱雀院よりも、
帝にさしあげたい本意を洩らした。

「主上はまだ幼くしていられますから、
少しは物の分別のつかれた女人が、
おそばについておいでになるのもよかろう、
と存じますが、
むろん、これもお心次第でございます」

宮も心を割った返事をお与えになる。

「それは結構な配慮と存じます。
朱雀院がご所望になっていられるのに、
申し訳ないですが、
御息所のご遺言を口実にして、
知らぬ顔で帝にさしあげられれば、
いかがでしょう。
朱雀院は今は仏道修行に熱心と、
うかがっておりますし、
そうなっても格別のご不興も、
なかろうと存じます」

「では、帝からの思し召し、
というようにつくろって、
私は、姫宮に入内のお口添えだけ、
いたしましょう」

源氏は宮と微笑を交わした。
それは二人の長い心の交流を思わせる。

いつのまにか、
源氏もそして宮におかれても、
世を動かす権力者、大人の世界へ、
入りつつあるのであった。

おとなの策謀でもって、
若い世代を支配しつつある、
年ごろになっているのだった。

源氏と宮との会話に、
政治的思惑が入り組んでくるようになった。

二人の会話のうちに、
可憐な姫宮の運命は定められてゆく。

源氏は、宮のご助言通り、
知らぬ顔で、まず姫宮を二條の院に、
お移しすることにした。

紫の君に事情を話し、

「お話相手にはちょうどよいお方だ。
同じような年ごろだし」

紫の君は嬉しく思って、
姫宮を待ちかねていた。

入内といえば、もうひと方、
兵部卿の宮が姫君を入内させようと、
していられる。

入道の宮は、
源氏が兵部卿の宮と親しくないので、
心配していられる。

さきに入内された、
権中納言(かつての頭の中将)の姫君は、
弘徽殿の女御と申し上げる。

そのかみの弘徽殿の大后は、
母君の姉にあたるので、
伯母上にあたられる。

この新しい弘徽殿の女御は、
ういういしい少女の姫でいらした。

主上はおん年十一歳、
女御も同じような年ごろ、
よい遊び相手になさっていて、
結婚とは名ばかりである。

「兵部卿の宮の中の姫君も、
同じようなお年ごろで、
これではまるで、ままごとです。
お年上のおとなびた女性が、
お側について、何かとお話相手になれば、
主上のお心のご成長にも、
よろしいことでしょう」

と入道の宮は仰せられた。

それにつけても、
少年から青年に変わられる時期の帝の、
ご教育に必要なのは、
心ざま深い、たしなみある年上の、
女人の存在である。






          


(了)

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