・源氏の兄帝朱雀院は、
斎宮の任解けて帰京なさったとき、
早速、母君の御息所にお申込みがあった。
しかし御息所は、
朱雀院にはたくさんの女御がたがお仕えに、
また院がご病弱であられることなどで、
迷っていられた。
御息所亡きいま、
再びねんごろにお申込みがあった。
源氏はそれを聞いて、
兄君の院がそうまでご執心でいられるものを、
横取りして幼少の帝(源氏の実子)に、
さしあげるのは気の毒な気がした。
源氏は藤壺入道の宮に相談申し上げた。
こういうとき、
内輪の秘密(二人は帝の実の両親)を、
腹を割って計り合える相手というのは、
この宮しかいないのである。
源氏はすべての事情を話し、
姫宮を朱雀院よりも、
帝にさしあげたい本意を洩らした。
「主上はまだ幼くしていられますから、
少しは物の分別のつかれた女人が、
おそばについておいでになるのもよかろう、
と存じますが、
むろん、これもお心次第でございます」
宮も心を割った返事をお与えになる。
「それは結構な配慮と存じます。
朱雀院がご所望になっていられるのに、
申し訳ないですが、
御息所のご遺言を口実にして、
知らぬ顔で帝にさしあげられれば、
いかがでしょう。
朱雀院は今は仏道修行に熱心と、
うかがっておりますし、
そうなっても格別のご不興も、
なかろうと存じます」
「では、帝からの思し召し、
というようにつくろって、
私は、姫宮に入内のお口添えだけ、
いたしましょう」
源氏は宮と微笑を交わした。
それは二人の長い心の交流を思わせる。
いつのまにか、
源氏もそして宮におかれても、
世を動かす権力者、大人の世界へ、
入りつつあるのであった。
おとなの策謀でもって、
若い世代を支配しつつある、
年ごろになっているのだった。
源氏と宮との会話に、
政治的思惑が入り組んでくるようになった。
二人の会話のうちに、
可憐な姫宮の運命は定められてゆく。
源氏は、宮のご助言通り、
知らぬ顔で、まず姫宮を二條の院に、
お移しすることにした。
紫の君に事情を話し、
「お話相手にはちょうどよいお方だ。
同じような年ごろだし」
紫の君は嬉しく思って、
姫宮を待ちかねていた。
入内といえば、もうひと方、
兵部卿の宮が姫君を入内させようと、
していられる。
入道の宮は、
源氏が兵部卿の宮と親しくないので、
心配していられる。
さきに入内された、
権中納言(かつての頭の中将)の姫君は、
弘徽殿の女御と申し上げる。
そのかみの弘徽殿の大后は、
母君の姉にあたるので、
伯母上にあたられる。
この新しい弘徽殿の女御は、
ういういしい少女の姫でいらした。
主上はおん年十一歳、
女御も同じような年ごろ、
よい遊び相手になさっていて、
結婚とは名ばかりである。
「兵部卿の宮の中の姫君も、
同じようなお年ごろで、
これではまるで、ままごとです。
お年上のおとなびた女性が、
お側について、何かとお話相手になれば、
主上のお心のご成長にも、
よろしいことでしょう」
と入道の宮は仰せられた。
それにつけても、
少年から青年に変わられる時期の帝の、
ご教育に必要なのは、
心ざま深い、たしなみある年上の、
女人の存在である。
(了)