「姥ざかり」

田辺聖子著
昭和56年新潮社刊より

20、玉鬘 ⑩

2023年12月09日 08時56分59秒 | 「新源氏物語」田辺聖子訳










・年の暮れになって、
源氏は玉鬘の部屋の装飾、
新調の衣装のことなど、
ほかの身分の高い人々、
紫の上や花散里、明石の上などと、
同じように扱った。

玉鬘は思いのほか美しくはあったが、
何といっても田舎育ち、
趣味は野暮ったくないかと軽く見る気が、
源氏にはあった。

すでに仕立てた衣装を彼女に贈ることにした。

そのついでに、
細長や小袿に仕立てたさまざまのものを、
源氏は眺めて、

「またたくさんあるのだね。
どちらも公平に分けなくてはいけないな」

と紫の上にいった。

そこで紫の上は、
邸の裁縫所で仕立てたものも、
こちらで作らせたものも、
みな源氏のもとへ持って来させた。

いろいろを源氏は見比べ、
あれこれ選んで、衣筥へ入れさせた。

紫の上はそれを見ていたが、

「どれも劣り勝りなくよく出来ています。
だから、お召しになる方のお顔に、
よくお似合いになりそうなのを見立てて、
おあげなさいまし」

紅梅の模様の浮いた葡萄染め(赤紫)の小袿、
それにいま流行りの濃い桃色の下がさねは、
紫の上のもの。

桜がさね(表は白、裏は赤)の細長に、
つやつやした絹を添えたのは、
明石の姫君の春の衣装で、
いかにも童女らしく可愛い。

薄藍色に、
波や藻や貝を織りだした、
上品ではあるが地味なものに、
濃い紅のかい練を添えたのが、
花散里。

鮮やかな赤に山吹の花の細長は、
玉鬘への贈り物であった。

源氏は末摘花のために、
柳の織物(表は白、裏は青)に、
上品な唐草の乱れ模様を織りだしたものを選んだ。

明石の上には、
梅の折り枝、蝶、鳥が飛び交う、
唐風の白い浮き模様の小袿に、
濃い紫を重ねた、高雅であでやかなもの。

明石の上は趣味よく気品高き美女なのか、
今までの中で最高に洗練された、
衣装を与えられている。

紫の上は、
心の中で面白くないのであった。

空蝉の尼君には、
青鈍の趣ある織物をみつけた。

それに源氏自身のために仕立てられた、
梔子(黄色)の着物、
薄紅の着物を添えて贈った。

元日にはお召し下さいと、
源氏はどちらへも手紙を書いた。

春着の贈り物を受け取った女人たちの返事は、
みな立派で、
使者への禄もそれぞれ心を配ってあった。

その中で末摘花は、
六条院ではなく離れた二條の東の院に住むので、
六条院に住む人々よりも、
使者の禄など気が利いていなければならないのに、
ぞっとしないものを出すのであった。

几帳面で、
形式だけはちゃんとする人なので、
出すことは出したが、
山吹色の袿の袖口あたりが、
古ぼけてすすけたようなものを、
かさねもなく一枚きりであった。

末摘花があまりにもみすぼらしい禄を渡したので、
なんと気が利かぬ、
と源氏は機嫌が悪い。

女房たちは忍び笑いをしあっている。

全く、末摘花は時代遅れの、
間の抜けたところがあって、
それなら何もしなければよいのに、
人並みに出すぎたことをするので、
こちらが恥をかかされる。

源氏はもてあましてしまって、
紫の上に愚痴をこぼす。

紫の上は末摘花が気の毒になった。






               


(了)

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