・元日の午前中は年賀の人々で混雑したが、
夕方になって源氏は邸内の女人たちに、
年賀の挨拶に行くため身なりをととのえた。
まず、紫の上。
鏡餅に向かって、
「千歳のかげに」と歌って祝った。
「二人の千歳を祝おう。
一人だけ長生きしても仕方ない。
二人そろってこその幸福だよ」
そういえば今日は子の日、
この日は小松を引き抜いて千歳を祝う、
めでたい日なので、
永遠の愛を交わすにはふさわしかった。
小さい姫君のj部屋へ行ってみると、
女童や下仕えの女たちが、
庭の小松を引き抜いて遊んでいた。
北の御殿の明石の上から、
正月のために作らせた贈り物が届いていた。
果物や菓子など、
美しく盛った竹籠や、
料理を詰めた破子(わりご)である。
見事に作った五葉の松の枝に、
手紙が結び付けられていた。
「<正月をまつに引かれて経る人に
今日うぐひすの初音聞かせよ>
長らくお目にかかりませんね。
お丈夫でお幸せにご成長なさいますよう祈りつつ、
またお目にかかれる日を待っております」
源氏はそれを読んでまぶたが熱くなった。
「このお返事は自分で書きなさい。
代筆させたりしていい人ではないよ」
と姫君に書かせた。
姫君は八つになる。
愛くるしい童女だった。
それなのに別れてから、
明石の上には会わせてやっていないのを、
源氏は罪なことだと、
心痛んだ。
「<ひき別れ年は経れどもうぐひすの
すだちし松の根を忘れめや>
長いことお別れしていても、
お母さまのことは忘れはいたしません」
源氏は花散里のほうへ行った。
ここは夏の御殿と呼ばれ、
夏の風情を主にして作ってあるが、
今は時季外れなので、
物静かに上品に暮らしていた。
年月の経つにつれ、
源氏と花散里の仲は、
心の隔てもなくしっくりと寄り添い、
理解と信頼が二人をかたく結びつけている。
今では花散里のもとに泊ることはないが、
情愛のこまやかさでは、
世間の夫婦以上だった。
年末に源氏の贈った衣装が、
それぞれの女人たちに、
どのように似合うか、
楽しみにしていた源氏であったが、
花散里のかの小袿は、
なおこの人を地味に見せていた。
髪の毛も盛りを過ぎた風情で、
少なくなっている。
(かもじでも添えたらいいかもしれないなあ・・・
あれは、あまりいい趣味とはいえない)
と源氏は思った。
(ほかの男なら、
色香のあせた不美人として、
興ざめするかもしれないこの女が、
自分にとってはどんなに愛らしく、
美しく思えることか。
年月と共にこの女の値打ちがわかり、
この女もまた心変りしなかった)
二人の仲は、
一種の強い友情で支えられている。
そういう仲もまた、
源氏には理想の男女関係の一つであった。
(次回へ)